明日、明後日、明々後日


 人間など所詮不完全なものなのだ。だから自分ではない誰かを求める。それは完全を求めるからなのか、それとも己の寂しさを埋めたいだけなのか。どちらにしろ手を取り合える人が、背中を預けることのできる人が、名を呼ぶことのできる人が側にいるだけでかなり違うのだ、ということを旅に出て痛感した。
 そういった存在は自分にはいないのだと思っていた。
 自分は得ることができないのだ、と思っていた。
 しかしそれはただただ自分を悲劇の登場人物に仕立て上げ、そんな自分に酔っているだけの酷く醜く馬鹿らしい思考だということに気が付いた。
 得ることができないわけではなかった、得ようとしていなかっただけだ。名前を呼ぼうと、背中を預けようと、手を取ろうとしなかっただけなのだ。側にいてもらえるように努力していなかった、ただそれだけなのだ。

 この広い世界で、一人立つことのなんと心細いことか。
 行く先を見失い立ち止まってしまうことの、なんと不安なことか。
 なりふりなど構っている余裕は一切なかった。
 側にいるはずなのに触れ合えず、姿も見えない。
 どれだけ互いを想い合おうが所詮は別個の人間で、同じように考え同じように想うなどあり得ない。
 だから必死で名を呼び、彼を探す。
 伸ばした指の先に、ほんの少しでも彼の体温を感じ取ることができればいい。


「今はこうしてられるけどさ、そのうちお前も好きな女見つけて、結婚して子供作って、幸せな家庭を持つんだろうなぁ」

 しとしとと雨の音が窓の向こう側から響いてくる室内。壁に背を預けてベッドへ座り、本を読む彼の膝の上に寝転がってうとうとしていたところにそんな言葉が届いた。触れ合って体温を共有しているとき、大抵彼は髪の毛を優しく梳いてくれる。自分も本を読もうと思っていたのだが、そんな風に撫でられると気持ちよくて睡魔が襲ってくるのだ。
 少しだけ間延びした声で「んー、何で?」と問う。どういう意味なのか、と、何故突然そんなことを言い出すのか、の二つの問いかけが混ざったもの。彼は持っていた本の向こうからこちらを見やり、苦笑を浮かべて「悪ぃ」と謝った。

「今の、忘れて? 何でもないから」

 そう言う彼の表情がとても寂しそうで。


 もしかしたら彼も、とふと思う。
 明日のことなど誰にも分からない。これから先彼が側にいてくれる保証など何処にもない。
 だからこそ必死で名を呼び、彼を探し、つなぎとめようとしているのだけれど、もしかしたら。
 彼も必死で自分を呼び、探してくれているのかもしれない。
 明日や明後日や明々後日にも、こうして側にいることができるように。
 触れあい呼び合い、体温を共有する位置に互いが存在する明日を作り上げるために。


「なぁ、キス、しよう」

 寝転がったまま腕を伸ばし、彼が目を落としていた本を取り上げてそう提案する。突然のことに目を丸くして驚く彼が面白くて、思わずくすり、と笑みがこぼれた。さらり、と肩から流れ落ちる銀糸を引いて、「キス、しよ」ともう一度誘う。
 体を起こして伸ばされた彼の足を跨いで座る。頬を包み込むように手を添えてにっこり笑うと、彼も笑みを浮かべてくれた。そのままゆっくりと唇を重ね合わせる。
 互いに何かを言い合ったわけではないが、それでも二人とも目を閉じることなく、しっかりと視線を合わせたままただ唇を重ねるだけの可愛らしいキスをした。


 柔らかなその口付けに、結局は何でもないことなのだ、とそう思う。
 自分たちが意識しているほど難しいことでも大変なことでもない。
 細められた綺麗な青い目に、彼も同じようなことを考えているのではないだろうかと思う。
 そう、思わず笑みがこぼれるくらいに、何でもないこと。

 名前を呼び合い姿を探しあい、互いに繋ぎとめようと必死だったけれど、それでもきっとどこかで繋がっているのだから。




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2006.06.20








この曲を聴くためにアルバムを借りてレミオロメンにはまりました。