最高の物語


 女神像の中から蘇った暗黒神。
 聖地と呼ばれるその町に眠っていた闇の城。
 どこまで世界は人間に皮肉にできているのか。

 蹂躙され尽くされたゴルドの町を目に、エイトは軽く溜め息をついた。
 今まで神殿があったその場所にはぽっかり大きな穴ができている。その先には女神像があったはずの場所。今はただ白い岩が転がっているだけで、あの壮大な女神を望むことはできない。

 大穴の側に男が一人、両膝をついて祈っていた。
 赤い服に綺麗な銀髪が映える彼は、おそらく女神の欠片に祈っているのだろう。どうしてそんなことをしているのか、エイトには分からなかった。そもそも祈るという行為自体エイトには理解できない。理解できないからといってその行為を否定するつもりは毛頭ないが、それでも壊れてしまった女神像に対して祈って何が得られるのだろう、と疑問に思う。


「こっから蹴飛ばしたらお前、穴の中に真っ逆さまだよな」
「そゆこと言うの、止めてくれる?」


 後ろからエイトが声をかけると、ククールはそう返してからゆっくりと立ち上がった。大穴から吹き上がる風に赤いマントと銀髪がふわりと揺れる。

「大体オレが落ちて困るのはお前さまでしょうが」
「何で?」
「あら、オレいなくても良いの? 夜、寂しくない?」
「……どうして夜限定なんだよ」
「ふむ、つまりは昼間も寂しいってことだね」

 にやり、と笑ってそう言ったククールにエイトは肩を竦めて、「まぁ、いないよりはいたほうがマシだな。ザオリクが減ると困る」と答える。それに「酷い言い方」と笑っておいて、ククールはエイトから視線をそらせた。
 彼が見るその先は大穴と、壊れた女神像。

 どうして女神像の欠片に祈っていたのか、エイトには分からない。
 きっと、分からないままだろう。


「逃げたい?」

 何から、という言葉を省略して問いかける。ククールは前を向いたまま「そりゃ死にたくはないね」と答えた。彼は自分の気持ちに正直だ。特にエイトやパーティメンバが相手の時にはそれが顕著になる。

「でも、オレが逃げてもお前は一人ででも突っ込んでいくだろ」
「まあね。逃げ込む場所なんてどこにもないし」

 振り返ったククールの顔には穏やかな笑みが浮かべられていた。「それはオレも同じ」
 その笑顔にどこか寂しさを覚える。もしエイトが同じような表情をしているのだとしたら、彼もまた同じように寂しさを感じてくれているだろうか。そんな想いを振り払って、エイトは口を開いた。

「ここまで来たんだ、どうせなら最後まで付き合うさ」
 それこそ、俺が果てるまで。


 女神像の中から蘇った暗黒神。
 聖地と呼ばれるその町に眠っていた闇の城。


 まさか、自分の旅がこのようなところまで、世界の平和だの、暗黒神だの、そういったレベルまでくるとは思いもしていなかった。
 自分はただ、仕えるべき彼らの、城の皆の呪いを解きたかっただけなのに。
 今でも呪いさえ解ければそれでいいと、思わないこともない。ただ、想像力が欠如していると罵られることのあるエイトでさえ分かる、このまま暗黒神を野放しにしておけば、そのうち呪いどころではない騒ぎになるだろう。
 ならば、ここまできたのならば、とことんまで行くしかない。
 どうせ引き返すことのできぬ旅。
 先ほど言ったように、エイトには逃げ込む場所などどこにもないのだから。


「大丈夫、エイトさまがついてんだ。主人公はハッピーエンドを迎えるって決ってんだよ」


 女神像の欠片へと視線を向けたままエイトが言うと、「いつからお前、主人公になったの」と呆れたような声。

「俺の物語の中ではいつでも俺さま主人公」

 そう答えると、なんじゃそりゃ、と笑いながら伸びてきたククールの手が、わしゃわしゃとエイトの頭をバンダナの上から撫でた。暗黒神との戦いが終わったあと、この手のぬくもりを感じることができるだろうか。

「お前の物語ってことはハッピーエンドもお前用ってことじゃん。オレが幸か不幸かは分からねぇよな」
「バカ言え。俺用だからこそ、お前もハッピーよ?」


 言外に、彼の幸せがなければ己の幸せもありえない、とそう告げて。


 見上げたククールは「そりゃあ、最高の物語だ」とどこか照れたように笑っていた。




 闇の城が眠っていた巨大な穴。
 転がる女神像の欠片。
 蹂躙し尽くされた聖地。



 自分が思っていた以上に大げさな方向へと転がる物語に軽く眩暈を覚えながらも、まるで自分たちしかこの世界には存在していないかのような、そんな雰囲気にもう少しだけ酔っていよう、エイトはそう思った。




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2005.06.21








melodramatic「大袈裟に騒ぎ立てる、芝居がかった」
neo「新〜、近代の〜」
ずいぶんとずれた気がする。