ある休日の風景 ゼシカは一人でゆっくりショッピング。ヤンガスも旧友のところを訪ねていった。結果休息日として割り当てられたその日、宿に残っていたのはエイトとククールの二人だけ。 昼間から酒場も不健全だし、何よりもエイトと一緒にいたい。暖かな部屋で二人で過ごすのもいいけれど。 そう考えていたところで、「散歩、行かね?」と声が掛かった。外の気温は低くあまり快適とはいえないが、エイトからの誘いを断る理由などククールにはない。 宿の側の小屋にはミーティア姫とトロデ王。村の中でモンスタに襲われる心配もない上に、小屋は程よく暖められている。覗いてみると親子揃って仲良くお昼寝中。起こすのも悪いから、と差し入れのお茶とお菓子をそっと置いて、二人はゆっくりと村の外れへと向かう。 外はモンスタに脅かされているというのに、どこまでもこの村は平和で長閑。 さらさらと静かに流れる小川の側を、エイトは軽やかに進む。彼が歩くたびにオレンジ色のバンダナが揺れた。 そんな彼の後ろをポケットへ手を突っ込んだままククールは歩く。冷たい風が髪の毛を攫い鬱陶しいが、手でそれを押さえる気にもならない。髪を風に遊ばせるだけ遊ばせ、ただゆっくりとエイトを追う。 しばらく川の側を歩くと、ぽっかりと開けた空間へとたどり着いた。 どうやらエイトはそこを目的地として定めたらしい。小川の側に座り込んで、拾った小枝で水面を叩いて遊び始める。 「もうちょっとマシな遊び、したら?」 「これも意外に奥が深いんだぞ?」 「意味分かんねーし」 二人の間の会話などこの程度で、特に意味があるものなどない。それでも互いに互いの声が聞きたくて、他愛もないことを話し続ける。 「エイト、平べったい石見つけて来い」 「平べったい石? 何すんの」 「投げる」 「……俺に?」 「どんな虐めよ」 小川だからそれほど幅があるわけではない。だからこそ上手く石を渡らせるのが難しい。 二人並んで平らな石を川へ向かって投げる。相手が失敗すれば笑い、相手が成功すればやっぱり笑い、何が楽しいのか自分たちでもよく分からないまま、ただ笑いながら話をした。 「棒倒しとか、そういうので勝負できねーかな」 「ラプソーン?」 「そう。○×ゲームでも五目並べでもいい」 「そんな暗黒神、ヤダ」 「わがまま言わないの」 石投げに飽きたら適当な木にもたれて座り込んで、小枝で地面を引っ掻きながらやっぱりどうでもいいことを言葉にする。別に話をするだけなら宿屋でもできただろう。実際、宿で二人きりのときも似たようなことばかり話している。 「でも、あの小説の賢者って主張に一貫性ないと思う」 「所詮作り話だし? むしろ作者の主張に一貫性がないってことだろ」 「作者、誰?」 「忘れた」 それでもわざわざ外に来たのは、何故だろうか。考えるが、誘ってきたのは彼のほうで彼の考えなどククールに分かるはずもない。 ただ、誘いに乗った自分の心はよく分かる。 二人になりたかったのだ。二人きりだと、そう思える場所へ行きたかったのだ。 「入れるだろ、普通」 「入れねえよ、普通」 「えー? 俺今までそれが普通だと思ってたんだけど」 「誰だよ、初めてお前とミートスパゲティー食ったやつ」 「覚えてないけど、何で?」 「どうせそいつがマヨネーズかけて食ってたから、それが普通だと思い込んだだけだろ」 「…………や、でも、ふつーに食えるぞ?」 時が止まればいいと、そう思う。今このときが、こうしているときがどれほど大切か。彼には分かってもらえないかもしれないが、それでも自分がそう思っていることを伝えたい。だけれどそのまま口にするのは照れくさくて、「何か、たまには良いな、こういうのも」とだけ言っておいた。 それだけで何が良いのか伝わったようで、「そうだな」とどこか照れたようにエイトは笑う。 「自分のベロにじゃれるプリズニャン」 「それはアホ過ぎるだろ」 「でも自分の尻尾にじゃれる猫はいるじゃん」 「尻尾は遠いけどベロは近い」 「その理論もアホくさい」 冷えた空気を少しでも暖めようと、健気に降り注ぐ日の光を浴び、不意に会話が途切れた間に同時にあくびが零れる。「あくびって移るよな」「移るな」といいながら、もう一度ずつ大きなあくび。 「お前はいいが、オレはここで寝たら風邪引く」 「何で俺はいいの、って言わなくていい、想像がついた」 彼の言葉に笑いながら立ち上がる。はたはたと土と葉っぱを払い、座ったままのエイトを見下ろした。 「戻って昼寝ってのはどう?」 立ち上がったエイトはにっこりと笑みを浮かべる。「それ、いいね」 来た道をそのまま戻る。小川の上を吹く風は少し冷たくて、「もうちょっとあったかい風がいい」とエイトが唇を尖らせた。 そんな小さな仕草さえも可愛くて、愛しくて。 彼が欲しいと、そう思った。彼が欲しい、彼の愛が欲しい。もっと、もっと欲しい。 「エイト、手、繋ごーぜ」 「何で」 「いいじゃん、ほら」 差し出すと、少し逡巡したあとおずおずと手を伸ばしてくる。小さいけれどごつごつとした少年の手。 これが今、一番愛しくて、大事な手。 手のひらが触れ合った瞬間、二人を取り巻く世界が少しだけ変わったような、そんな気がした。 ブラウザバックでお戻りください。 2006.06.20
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