美しい人


 綺麗だと、その姿を見るたびに思う。
 おそらく彼はそのような賛辞はもう聞き飽きているだろう。
 それでも語彙の乏しいエイトにはそれ以上の言葉は思いつかなかった。
 綺麗だ、と。
 その透き通るような青い目も、絹糸のような銀髪も。
 容姿はさることながらその立ち振る舞い。行動の一つ一つが洗練されていて、まるで見るものがいることが前提であるかのような、そんな動作。
 ふとした瞬間に彼へ視線を向け、そういった仕草に気付くたびに思わずにはいられなかった。

 綺麗な人だ、と。


 そんな綺麗な彼が、今、エイトの目の前で酷く辛そうに顔をゆがめていた。その原因を作ったのはエイト自身。
 ただ、それを分かっていても、エイトにはどうしようもできなかった。
 今さら、どうすることもできなかった。


 エイトは渇いて空気の張り付く喉を無視してひゅ、と不快な音をたて呼吸をすると、もう一度、先ほどと同じ言葉を吐き出す。


「今さらお前に、何ができる」


 そう、今さらなのだ。
 何もかも、全てが今さら。
 何もかも、全てが手遅れ。

 今さら。
 今さら彼に何ができるというのか。
 エイトではない、別の人間へ目を向ける彼に何ができるというのか。


「今さらお前に俺を抑えることができるのか?
 今さらお前に俺の目をふさぐことができるのか?
 今さら、
 今さらお前に、俺を、
 救うことができるのか?」


 彼からの答えを待つ必要などない。
 エイトには分かっているのだ。
 そのようなことができるはずがないことを。


 綺麗な彼を見るたびに心の中へ積もっていく貪欲な想い。
 今さら抑えることなどエイトにだってできないのだから。


 ただ口を閉ざし、辛そうに顔を顰める彼を、綺麗な彼を真正面から見つめ、睨み、エイトは、絞り出すような声で言った。


「だから、だから」

 もう、二度と、お前には惹かれない。


 彼はとても綺麗な人だった。
 綺麗で綺麗で、一度目にとめたら視線を外せなくなるほど、美しい人だった。
 だけれど、いやだからこそ。


 もう二度と惹かれない。


 ぴくりとも動かない彼へ背を向けてエイトはその部屋を後にした。
 後ろ手に扉を閉めて、そのままずるずると座り込む。
 立てた膝の間に埋めるようにして頭を抱え、エイトは小さな、本当に小さな声で呟いた。



 ただ静かに、お前を愛すよ。




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2005.05.26








片恋。