希薄な期待


 この想いが叶うなど、始めから考えてさえいなかった。これに関しては自覚と諦念が同時で、同義。厄介な相手に惚れたと自分でも思う。
 どこがそんなにも引き付けられるのか、自分で考えても分からない。気づいたときにはもう手遅れで、終わらせることなどできない、そんな状態だった。

 彼の登場は突然で、まるで世界を切り裂いて現れたかのように感じられた。
 眩しいほどの光を纏い、それでも何処か憂いが見え、その裏側には果てしない闇。
 しばらく彼を見ていて、ふとあれに似ている、と思う。
 鮮やかな羽を広げて優雅に舞い遊ぶアゲハ蝶に。
 彼に蝶のような羽があれば、それはおそらく何もかもを呑み込み、それでいてすべてを拒絶する漆黒なのだろう、漠然とそんなことを考えた。

 この想いが叶うなど、始めから考えてさえいなかった。
 彼が望むのならばどんなことでもするだろう、それほど彼に惹かれているというのに、当の本人はこちらへ眼を向けることもしない。
 どうせなら、彼にも他に愛する人がいるだとか、そういった拒絶ならばどれほど良かっただろうか。
 それならば叶わぬ想いを胸に秘め、ただただ彼を想うだけで満足していられたかもしれなかったのに。
 出会うことができたと、その喜びだけを抱いて生きていくことができたかもしれなかったのに。


 ただ一羽、色の無い荒れた世界に咲く鮮やかな蝶。
 その姿を見て、自分にも愛される余地があるかもしれない、そんな希薄な期待を思わず抱いてしまった。
 間違えて、抱いてしまった。
 その一瞬の判断の誤りが悲劇の原因。いやむしろ喜劇と呼ぶべきかも知れない、滑稽な現実。



 水が欲しい、と切に想う。
 この荒みきった心の中に、ほんの一掬いで良い、冷たい水が欲しい、と。
 その水を与えてくれるのは、その水の在り処を知っているのは漆黒の羽を纏う彼に他ならず、その美しい羽が傷まぬよういくらでも休む場所を差し出すからその代わりで良い、冷たい水を。
 そしてできれば、愛を。


 自分にも愛される余地があるかもしれない、そんな希薄な期待が胸を占める。




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2006.02.16








「アゲハ蝶」は永遠の名曲だと思う。
一応提案いただいたのはクク視点でしたが、
クク→主、主→クク、どちらにも取れるように書いてみました。