こんな日常 「ややっ、ククールさん、大変だ!」 ジャンケン負けで買出しを命じられたエイトとククールが、パルミドの町をうろついていたとき。隣を歩く頭一つ分だけ背の低いエイトが素っ頓狂な声を上げた。 背が高い奴は力持ち、とよく分からない理論を振りかざして、買った物資を全て持たされているため、ククールの視界はよくない。ひょこひょこと揺れる赤いバンダナを見下ろして、「どうした、エイトくん」と呼びかける。 「可憐な女性が悪漢に取り囲まれて困っていらっしゃる」 その声はひそめられたものでも何でもなく、距離からいって確実にその悪漢たちにも聞こえているだろう。 両手をふさぐ荷物の間から前方を確認して、ククールは軽く溜め息をついた。どうしてわざわざ相手に気付かれるように口を開くのか。 パルミドの裏道は細く汚い。近道だから、と選んだのが間違いだったのかもしれないが、もし大通りを通って帰っていたらきっと彼女はあの悪漢たちに暴行されていただろう。それは許せないな、と自他ともに認めるフェミニスト、赤いカリスマは眉を寄せた。 「これは大変だね、エイトくん。見たところ女性は酷く嫌がっているようだ」 ぴたりを足を止めたエイトに習い、ククールも立ち止まってそう言った。勿論、相手に聞こえる声量で。 体格のよい男に腕をとられている女性へ目をやる。そこまで器量よしではないが、十分に許容範囲内だ。 「そうだね、ククールさん。嫌がっているということは、きっと取り囲んでいる男たちに魅力がないんだね」 可哀想に、と同情を込めてエイトは首を振った。むしろ、お前に絡まれたことのほうが可哀想だよ、とは決して口にせずに、ククールは頷いて同意しておく。 「魅力がある男ならわざわざこんなことをせずとも女性を誘えるさ」 たとえばオレのように。 男たちが黙って聞いていたのはここまでだった。むしろ、ここまで静かだったほうがククールにとっては驚きである。おそらく、あまりにも二人の介入が突然すぎて、事態についていけていなかったのだろう。 ふざけんなくそが、舐めてんのか、ぶっ殺すぞ、などなど、個性のない台詞にうんざりしながら、ククールは一歩後ろに下がった。そもそもこれだけの荷物を抱えたまま戦えるはずがない。それに、先ほどから隣に立つエイトがごそごそと自分のカバンを探っていたのだ。彼の肩の上には小さなネズミのトーポ。 そういえば、錬金釜でチーズ、作ったっけ。 ククールが思い出すと同時に、それを与えられたトーポが男たちに向かって炎を吐き出した。 やけに楽しそうに格闘しているエイトを残して、ククールはさっさと女性を救出する。その彼女へいつも通り低い声で囁きかけながら成り行きを見守っていると、ほぼ無傷で勝利したエイトが逃げていく男たちに向かって中指を立てていた。 下品だから止めなさい、そう注意しようとしたククールの言葉より先に、裏路地に負け犬の遠吠えが響く。 「女みてぇな顔しやがって!」 瞬間、ククールのとった行動の素早さに恐らく誰もが拍手を送るだろう。パルミド住人全てから何らかの礼をもらってもよいくらいだ。 彼は両手に抱えていた荷物をその場に放り出し、一回り小さいエイトの体を抱きこんでその口へ右手を突っ込んだのだ。ただの買い物だから、と手袋を装備していなかったことを酷く悔やんだが後の祭り。がじっ、と思い切り噛まれ、鈍い痛みが広がった。 それでも尚何かを言おうとエイトは口を動かすが、がじがじとククールの右手を噛むだけで言葉にはならなかった。 男たちの姿が完全に見えなくなり、エイトの魔力が落ち着いたことを確認してから、ようやくククールは己の右手を彼の口から抜き取った。 口の端についたククールの血をぺろりと舐めてから、エイトは「ちっ」と舌打ちをする。 「何で止めた」 「馬鹿者。ここでギガデインなんぞ打ったらお前だけじゃなくオレも死ぬ」 きっぱりとそう言って、傷のついていない左手でエイトの頭を叩いた。 ただでさえ建物が密集している町、その中で魔法など使おうものならどれだけの犠牲が出るか想像もつかない。 ククールは、未だ流れる右手の血を軽く舐め取ってから、自分がばら撒いた荷物の元へと戻る。彼らが助けた女性が大半を拾い上げてくれており、ククールは礼を言って彼女から荷物を受け取った。 そんなお礼を言うのはこちらの方です、と頭を下げてくる彼女へ向かって、「縁があったらまたお会いしましょう」といつも通りの別れの挨拶を投げかける。そして突っ立ったままだったエイトへ「行くぞ」と言葉をかけて、宿屋へ向かって歩き始めた。 少し遅れてエイトがついてきているのが分かる。まだ機嫌が悪いままなのだろうか。そう思って軽く肩を竦めたと同時に、右手で持っていた荷物がひょいと取り上げられた。そして、癒しの魔法を右手に掛けられる。 多分悪いことをしたと思っているのだろう。 それを素直に言葉にしない彼がいやに可愛く思えて、ククールは笑いを零すと、完治した右手でエイトの頭をポンポンと撫でた。 「……子供扱いすんなよ」 「されたくなかったらせめて自分の感情を抑えることくらい覚えような」 すねたようなその呟きに間髪容れずそう言ったククールを、悔しそうな目でエイトが睨む。それに「おお、怖!」と大げさに肩を竦めてやると、尚更彼の目つきが険しくなった。 これだから、エイトをからかうのは止められない。くつくつと笑いながら、エイトの耳元へ唇を寄せた。 「ああ、でも確かに、お前は子供じゃねぇよな」 大人のカイカンってやつ知ってるしな。 低い声で囁かれたそれにかっと耳まで赤くしたエイトは、強くククールを睨んでから、何かを思いついたかのようににやりと笑って、彼の腕に自分の腕を絡める。人通りのあるところで彼から接触してくるなど皆無に等しかった状況に置かれ嬉しいのは嬉しいが、先ほどの笑みが物騒で素直に喜べない。ふ、と彼の魔力が高まる気配。 「ライデ」 イン、と言葉が続けられる前に口の中に突っ込まれたククールの右手を、エイトは加減することなく思い切り噛んでやった。 ブラウザバックでお戻りください。 2005.01.09
どうしてマホトーンを唱えないのかって話。 |