君との距離


 エイトは今追い詰められていた。
 相手は当然、赤い騎士団員バカリスマのククールである。
 油断したと軽く舌打ち。もしここに青い二頭身猫型ロボットがいたら、タイムマシンで過去へ戻って、過去の自分の頭を殴ってやりたい。スリッパでゴキブリを叩き潰す勢いで、思い切り殴ってやりたい。
 それくらいに、エイトは今追い詰められていた。

「ええ、と、あの、く、くくーるさん?」

 引きつった笑みを浮かべながら後ずさりをするが、生憎と後ろには壁。いつも通りエイトは壁際のベッドを選んだのだ。好みだからたとえどんなところであろうと壁際のベッドを選ぶが、それでも今日ばかりは深く反省する。
 壁に張り付くエイトを閉じ込めるように、ククールが両手を付いていた。

「そろそろ観念しても良いんじゃね? トーポはゼシカんとこに預けてきたんだろ? 二人の部屋は少し離れた位置にあるし、王さまに酒も毛布も届けた、姫さまも今日は小屋で寝ることができる。お前が気に掛けることは何もないだろ?」

 耳元で低い声で囁かれ、ぞくりと背筋を嫌なものが這い上がる。狙って声質を変えているのだろうが、エイトはククールのこの声には本当に弱かった。
 唇を噛んで何かを堪え、睨みつけてやろうと思ったがきっと逆効果になると考え、ふい、と顔を逸らした。
 しかしエイトは気付いていない。今この状態ではどのような反応を示そうともククールを煽る以外の効果を持たない、ということに。
 案の定、ぱさりと揺れた髪の毛と、露になった首筋を目にし、ククールは小さく笑ってそこへ舌を這わせた。「ひ、」と小さな声が漏れたが、慌てて口を閉じたらしい。その姿があまりにも可愛くて。

「悪ぃ、オレ、これ以上我慢できそうにねぇ」

 耳朶を舐めながらそう言葉を落とし、ゆっくりと彼を抱きこんだ。エイトはそれにびくり、と必要以上に緊張させる。そういうところが煽っているのだ、と彼に言ったところで、決して分かってはもらえないだろう。
 額、両頬、鼻、唇と顔中にバードキスを落としながら、青い服のすそから手を差し入れる。
 それに気付いたエイトが何とかククールから逃れようと身を捩った。

「ク、ククール、待てってば……頼む、待って」

 ククールの体を引き離そうと、懸命に押し返しながらエイトが言った。
 もしこれがエイトの言葉でなければ、ククールはあっさり無視して行為を続行したであろう。しかし、彼の腕の中にいるのは彼が愛してやまない存在である。可愛い顔で可愛い声で「待って」と言われてしまえば、待つほかないだろう。
 手を止めて「どうした?」と抱きこんだ小さな彼を見下ろすと、エイトは少しだけ潤んだ目で「その前に、ククールに話しておきたいことがあるんだ」と呟いた。

「話しておきたいこと?」

 尋ねると、エイトは小さく「うん」と頷く。

「もしかしたら、ククールは俺のこと嫌いになるかもしれない。でも、ちゃんと話して、俺のこと知ってもらってからじゃないと……」

 俯いてどんどんと小さくなっていく声。ククールは堪らずエイトの体をかき抱いた。

「たとえどんな事実があったとしても、オレがお前を嫌いになるわけねぇよ」
 言ってみ? ちゃんと聞いてやっから。

 ククールに促され、エイトは口ごもったあとに、決意したような目をして口を開いた。

「前にも言っただろ、俺、ガキの頃の記憶がないんだ、自分がどこの誰かも分からない。気が付いたら王に拾われたあとで、トロデーン城にいたんだ」

 ただ、とエイトは言葉を続ける。

「ドニの村が、見えるんだ。行ったことなかったはずなのに、頭の隅にその景色が引っかかってて……この間から、そう、丁度お前と会ったときくらいから、どうしてもそれが頭から離れない……」

 一度言葉を区切り、エイトはふ、と遠くを見詰めるように顔を上げた。

「俺、もしかしたら、お前の親父さんの……」
「お、俺の親父の……?」

 突然の打ち明け話にククールの頭は軽くパニック状態である。鸚鵡返しにそう尋ねると、エイトは言いにくそうに顔を逸らせて「子供……」と小さく呟いた。


 ってことは何か? オレとエイトは兄弟だってか? エイトが弟? オレが生まれたあとにあのくそ親父はどっかの女にエイト産ませたってか? ありえる、それくらいやってのけそうだぞ、あの親父なら。つーことはだ、マルチェロとオレとエイトの三兄弟? オレってば真ん中の次男? 自分が一番次男? いや、そこはどうでもいい、うんどうでもいいぞ、血の繋がった兄弟ってことは、やっぱりこういうことやっちゃまずいのか? まずいよな? さすがに近親相姦は、いやでもその前にまず男同士だし、子供は生まれないし、


 ぐるぐるといろいろな思考が頭の中を回り、その断片が所々口から漏れている。よほど混乱しているのだろう、彼自身は自分が言葉を発していることに気付いていないようだった。
 そんなククールを目の前に、エイトはここぞとばかりに言い募る。


「の母親の、弟の恋人のいとこの友達の、父親の兄貴の嫁さんの生き別れの息子かもしれないんだ!」
 だからごめんっ!


 大声で叫んで、パニックで力の抜けたククールの体を思い切り突き飛ばした。ベッドから転げ落ちたククールを尻目に、「じゃ、そういうことでお休み」とさっさと自分の布団の中へもぐりこんでしまう。

 しばらくして我に返ったククールはゆっくりとエイトの言葉を反芻し、


「結局赤の他人ってことじゃねぇかっ!!」


 そう声をあげるが既に完全に眠りに落ちていたエイトが目覚めることはなく、眠ってしまった彼を相手にことを起こすことなど怖くてとてもできないククールは、今日もまた悲願を達成することができず枕を涙で濡らしながら床に付くのであった。





ブラウザバックでお戻りください。
2005.01.12








初めて物語序章。
実際やっちゃえば、開き直って結構大胆なことをしてくれそうなうちの主人公。
やるまでが大変。がんばれ、ククール。