6.呪われし 「わたしと世界と」 ふ、と誰かが起き上がる気配にククールは目を覚ました。位置からいって、部屋に唯一あるベッドを使用しているエイトだろう。 上半身を起こしたまましばらくじっとしていた彼は、ゆっくりと足を下ろし、床に転がっているヤンガスとククールを器用に避けて外へ続くデッキへと姿を消した。 それを確認してからククールも身を起こす。隣へ目をやるとヤンガスは熟睡したままだ。 つい先ほどまでエイトが横たわっていたベッドへ視線をやる。 彼の母親が使っていたという部屋、彼の母親が使っていたというベッド。屋敷の主さえいない状態が長かったにもかかわらず、この部屋もベッドもすぐに使える状態に整備されていた。おそらくあの使用人たちがこまめに掃除していたのだろう。 寝心地が悪かった、などという外的な理由でエイトが起き出したわけではないことくらい、誰もが分かることだった。 本当につい先ほどのことなのだ、竜神王の正気を取り戻し、ここへ戻ってきてからエイトの出生の秘密を明かされた。あれだけ複雑な過去を突然突きつけられたにもかかわらず、そのときのエイトは「ふぅん」と頷いただけで他には何も言わなかった。形見であるアルゴンリングを渡されたときもとくに何かを思う表情でもなく、本当に彼にとってはそれほど大きなことではないのではないだろうかと思っていたが。 軽く溜め息をついて、ククールは立ち上がった。上着を着るのも面倒で、シーツを羽織ってエイトのあとを追う。 室内とデッキとを隔てるカーテンをくぐってエイトの背後に立った。彼は恐らくククールに気付いているのだろうが、それでも振り返りもせずただ空を見上げている。 こういうとき一人にした方がいい人間と、しない方がいい人間がいる。さて、エイトはどちらだろうか、と考え、はっきりした性格の彼のこと、邪魔ならばそう言ってくるだろう。言わないということは恐らく。 くつり、と笑って、ククールは後ろから彼を抱きこんだ。羽織っていたシーツで自分とエイトを包み込む。 「何笑ってんだよ」 顔をこちらに向け不機嫌そうにエイトが言うが、「別に」と答えるとそれ以上追求してくる気はないらしい。すぐに視線を空へと向けた。 「お前、空嫌いなんじゃねぇの?」 いつだったか、それが理由でケンカをした覚えがある。尋ねるとエイトはあっさり「嫌いだよ」と答えた。それならばなぜ、わざわざ外へ出て空を見ているのか。問い掛けても明確な答えが返ってくるようには思えず、ククールもただ静かに空を見上げながら別のことを尋ねた。 「何で空、嫌いなんだ?」 前から何となく気になっていたこと。尋ねてもいいものかどうか悩んでいたのだ。 空が嫌いだ、という人はあまりいないだろう。どちらかと言うと好きだと答える人の方が多いのではないだろうか。 しばらく沈黙が落ちた後、ぽつりとエイトが言葉を零す。 「刷り込み現象ってあるじゃん? 雛が生まれた瞬間見たものを親と思うって奴。呪いを掛けられて放り出された俺ってのは、多分そんな雛と同じだったんだと思う」 脳裏へ蘇るのは一番古い記憶。 どこまでも続く空、どこまでも続く大地。 ただ一人、たたずむ自分。 「広い空見て、広い草原を見て、俺は思っちゃったんだよ」 取り囲む景色があまりにも雄大で。 取り囲まれた自分があまりにも卑小で。 このままとけて、なくなってしまうのではないだろうか。 全てを奪われた精神は、真っ白い紙と同じようなもので。 ぽつり、と黒いインクを落とせば、それはみるみるうちに白を侵食していく。 一度染まった色が、そう簡単に落ちるはずもなく。 「今でも空を見たり、広いところにいるとそう思う」 このまま飲み込まれて、とけてなくなってしまうんじゃないかって。 自分で言った言葉を恐れるかのように、エイトは小さく震えると自分の体を抱きこんだ。 とけてなくなってしまえたらどれほど楽だっただろうか。 けれど実際には飲み込まれることも溶け込むこともできず、ただただ空にも大地にも拒否され続け、漠然とした言いようのない不安だけがこの身を蝕む。 どうして自分がこんなにも恐怖を感じているのか分からず、その恐怖を取り除く方法も分からない。どうすることもできず、仕方がないからひたすら空と大地を憎み続けた。 「だから俺は空を見るたびに、この世界は呪われた、可哀想な世界なんじゃないかって思ってたんだ」 実際に呪われてたのは俺の方だったってオチ、とくつくつと己の腕の中で肩を震わせて笑うエイトを見下ろして、ククールは彼を抱く腕に力を込める。 そんなエイトを「可哀想だ」と思うことさえ許されないような気がした。 ブラウザバックでお戻りください。 2005.01.15
バカな話を書きすぎた反動か。 「見渡す限りの〜」って言うキャッチコピーから思いっきりずれた主人公でごめんなさい。 |