2.背の高さ 「利益不利益」 トロデーン城中庭に面した図書室。 これだけ多くの蔵書があるのなら、知りたい情報もまた得ることができるかもしれない。そういうトロデ王の提案に従って訪れたはいいが、むしろ蔵書が多すぎてどこから手をつけていいのか分からない、というのがククールの感想だった。 本を読むのは嫌いではない。口にしても誰も信じてくれないが、静かに文字を追って新しい知識を得ることだって好きな部類に入る。しかしそれでも、この量の書物を見てうんざりしないという方がおかしいだろう。 「あっちが大体歴史系。こっちは物語、神話とかはこの辺り。この辺が魔導書、政治とか経済とか社会系の専門はこっち」 並び立つ本棚を指差しながらエイトが説明する。 「可能性が高いのは歴史、神話、魔導書、この辺りかな。ゼシカは魔導書の辺りを頼む、ヤンガスは……字、読める?」 ひどいでがすよ兄貴っ! と文句を言ってくるヤンガスへ「ごめんごめん」と笑いながら謝って、 「じゃあ、神話の辺りを頼む。俺とククールは歴史んとこ見てるから」 量多いんだよな、歴史書って。 そういうエイトに連れられて、歴史書が並ぶ棚まで移動。ざっと眺めるに棚三つ分。確かに多い。しかもエイトが出した指示というのが、「何の手がかりもないから、それっぽいのをそれなりに探してみて」という非常にアバウトなものなのだ。どうしろってのよ、と隣に立つリーダを睨むが、彼は既にしゃがみこんで下から順に本の背を追っていた。 ククールも手の届く部分から順番に、開いては目次を目で追い、閉じて棚へ戻しては次の本を手に取る。 それを繰り返しているうちに、ぽつりとエイトが、 「物理学とか科学の領域だったらどうしよう」 と零した。 確かに、あの大きな船があのような荒野にあるというメカニズムが、もし科学的に証明されうることならばそういうこともありうるだろう。 「むしろ地学とか、そっちじゃねぇの? 地震や火山や津波なんかで地形ってよく変化するし」 だから歴史を調べてるんですけど。 歴史的に記録されているような自然現象、そういうものを手がかりにすれば何か分かると思っていたのだが。 ククールが手にしていた本を棚へ戻しながら言うと、エイトは「ああなるほど」と今気付いたかのように頷いた。 「お前さんは、一体何を手がかりに調べてたんだ?」 「いや、だからそれっぽいの」 それで見つけられるわけがないだろう、と思いはするが、言うだけ無駄だということも分かっているので、ククールは大きく溜め息をつくにとどめておいた。 そんな彼の側で、よいしょ、とエイトが壊れていない椅子を引きずっている。 「取ってやるのに」 「お前でも届かねぇだろ」 ぽつりと零せば、背が低いことを気にしているのか、エイトがこちらを睨みながら上を指差した。 確かに天井近くまである棚の上段にある本は、ククールが手を伸ばしても届かないだろう。しかし、と椅子とエイトと棚を見比べてククールは言った。 「椅子に乗って届く?」 「お前、俺を馬鹿にしてねぇか?」 ぎし、と嫌な音を立てる椅子へ恐る恐る足をかけて、その上で背伸び。手を伸ばしてようやく一番上の棚にある本の背表紙の下端に指が引っかかる程度。 「……変わりましょうか、姫」 「要らん」 くすくすと笑いながらそう提案するククールへ、案の定不機嫌な拒否の言葉が投げつけられた。何とか本を引き抜いて、ぺらぺらとめくる。外れだったらしく元に戻そうとするも、取り出すのにあれだけ苦労したものがそう簡単に戻せるはずもなく、エイトは諦めてそれを床に放り出すと次の本を取ろうと手を伸ばす。 本が床に落ちた衝撃で舞い上がったほこりに咳き込みながら、軽く肩を竦めてククールも自分の作業に戻った。恐らく、あの本を元通り棚へ返すのは自分の仕事になるだろう。初めからこちらへ頼んでくればいいものを、と思いもするが、それをしないところが彼の可愛いところなのだ。 しばらく黙々と文字を追っていたところで、突然隣から「うわっ」と小さな悲鳴が上がった。 ぐらり、と体が傾くのに気付き、思わず手を伸ばす。抱きとめた体は想像以上に軽いもので。突然の事態に緊張していたエイトの体から力が抜けるのが分かった。 腕の中におとなしくおさまっていた彼が、ふと顔を上げてククールを見る。そしてすぐに俯いて顔を逸らすと。 「あ、ありがとう」 と小さな声で言った。 「いえいえ、どういたしまして。君に怪我がなくてよかったよ。こんな綺麗な顔に傷が付くのを許すことはできないからね」 俯いたエイトの顔へ指をかけて上を向かせる。真正面から見詰める形になったエイトは、小さく笑みを零して、 「嘘ばっかり」 「いや、本心だよ、こんなに美しい人を俺は今まで見たことがない。今すぐにでも」 食べてしまいたいくらいだ、と低い声で囁いた。 窓から差し込む明かりも徐々に少なくなり、薄暗い図書室の片隅で二人の顔がゆっくりと近づいていく。 が、あとほんの数センチで唇が重なる、というところでぴたりと双方の動きが止まった。 「………………」 「……………………」 今までの親密さが嘘であるかのようにあっさりと体を離す。 「……以上、図書館で生まれる恋でしたー」 「観客もいねぇのに、なんつーもんにつき合わせるんだ」 「もうワンパターンあるけどやっとく?」 「あれだろ、どうせ、こう……」 言いながらククールは本を探す振りをする。見つけた、という表情をして、すっと手を伸ばすと、隣からも同じように手が伸びてきた。 触れ合った瞬間弾かれたように互いを見て、エイトは慌てて顔を赤らめて「ご、ごめんなさい」と手を引き俯く。 が、すぐに顔を上げて満足そうに笑った。 「やっぱりお約束は踏んどかないとな」 「つーかさ、だから、オレらは一体何をやってんのかって話」 「いや、だってククールってばノリいいんだもん」 ノリがいいついでに棚の上は任せた、と、エイトは椅子をククールの方へ押しやった。 どうせそのうちこうなるだろうと思っていたから文句は言わない。エイトが投げ捨てた本を彼の手から受け取ってもとへ戻しながら、「ある程度背があって良かった」と思わず零す。 あ、と気が付いてエイトの方を見やると、彼は「うふふー」と気味の悪い笑みを浮かべていた。 「この辺はもう大体調べたから、次のとこ、行こう」 あっちに書庫があるんだよ、とエイトが入り口近くを指差した。 先ほどの彼の失言に対しては何も言わない辺りが怖くて仕方ない。かといって自分から何か尋ねる気にもならず、ククールは「ああ」と頷いてエイトに従った。 途中でヤンガスとゼシカの様子をうかがってから、その書庫へと向かう。 本棚の間を歩きながら、エイトがにっこりと笑ってククールを見上げた。 「でもねー、僕ねー、これくらいの背で丁度良かったと思ってるんだー」 語尾を延ばすのは止めなさい、あと頼むから一人称「僕」も止めてくれ。 怖いから。 ククールにそう言う隙を与えずにエイトが言葉を続ける。 「だってほら、これくらいだと丁度いいでしょ? ククールと並んだら」 ね? と首を傾げるその姿が、(たとえ演技であると分かっていたとしても)思わず抱きしめたくなるくらいに可愛くて。 ここだよ、と古びた扉を開けて中に入り込むエイトを追って、ククールも薄暗いその室内へ足を踏み入れ、 ゴツン。 「――――ッ!!」 「あー、言い忘れてたけど」 痛みのあまりうずくまって頭を抑えているククールを振り返って、エイトが笑って言った。 「そこ、ちょっと鴨居が低いから気をつけてね?」 背の高いククールさん。 「エイトッ!!」 そろそろ日も暮れようかというトロデーン城図書室内に、額を思い切り鴨居へぶつけ、こぶを作ったカリスマの声が響いた。 ブラウザバックでお戻りください。 2005.01.10
既にやり尽くされてそうなシチュエーションでごめんなさい。 アホさ具合は主人公>カリスマ>>(越えられない壁)>>ヤンガス>ゼシカ。 エイトくんはきっと、一昔前の昼ドラとか少女漫画が好きなんです。某韓国ドラマとかにハマってたりとかするんです。 |