騙し騙され 所用があってマイエラ修道院を訪れた。夕闇が空を覆う時間帯だったのだが、修道院に休める場所はなく一番近いドニの町へ向かうことになる。 一度通り過ぎた場所であり、また今までこの辺りに特に用事もなかったため、ククールが仲間になったときからこの町にはあまり訪れてはいない。仲間のなじみの町だから訪れる回数を増やすべきなのか、それとも逆にまったく訪れない方がよいのか、迷っているうちに時間が経ってしまったということもある。 どんな反応を返すだろうか、とククールの顔をうかがうも、嬉しそうとも嫌そうともとれない表情をしていた。案外どうでもいいのかもしれない。 宿に部屋を取って荷物を置いてから向かいにある酒場へ向かう。持ち運びができる食事と酒を頼んで、「じゃあ皆は適当に食べてて」とエイトはそれらを持って外へと出て行った。 四人がけのテーブルを選んで座ったヤンガスとゼシカ。ククールはどうするだろうかと見やれば、なじみの町のなじみの酒場だけあって、すでに彼の周りには常連の女性客や給仕の女性やらが群がって甘い声を上げていた。 「ククール、久しぶりじゃない」 「ほんと、最近ちっとも顔出してくれないんだもん」 そんな彼女たちを微笑を浮かべたまま対応する彼を見て、ゼシカは「ほっときましょ」と肩を竦めた。 エイトが町の外にいるトロデ王へ食事を届け、馬車の中の寝床を整え聖水で魔物対策をしてから戻ってきたときも、状況はほとんど変わっていなかった。いや、夜がふけるにつれ酒場に訪れる女性の客が増え、同時に彼を取り巻くその人数も増えている。 「……ムカつく光景だな、ありゃ」 ヤンガスたちがいるテーブルへ着きながらエイトが漏らすと、「本領発揮、って感じ?」ともう何もかもを諦めたかのような笑みを浮かべてゼシカが言った。 数人の女性の相手を一度にしているのに、一人一人への対応がおざなりなものではない。器用としか言いようのない彼の行動に、もはや感心するしかなかった。 「……注文取りにこないなぁ」 テーブルに肘をついて給仕の女性を待つも、どうやらククールを取り巻く女性の中に入り込んでいるらしい。周りを見てみると、運んでもらうのを諦めたらしい客たちが自らマスタの所へ注文をしに行き、自分で酒や料理をテーブルまで運んでいた。 「いつからこの酒場はセルフサービスになったんでがすかね」 ジョッキに入った酒を一気に飲み干して、「兄貴、なんか食うならアッシが貰ってきやしょう」とエイトを見た。 そんな彼を制してエイトは、「や、いいよ、俺が行ってくる」と彼らの注文を聞いて、自らカウンタのマスタの元へと行った。 酒と腹のたしになりそうな料理を頼んで、それが出来る間、カウンタ席に座って女性たちの相手をしているククールを眺める。彼はエイトが戻ってきたことに気付いているのかいないのか、ずいぶんと手馴れた様子で(実際に手馴れているのだろう)にこやかに会話をしていた。 「ククールゥ、いつか一緒に飲んでくれるって言ったじゃない。あたし、ずっと待ってるのにぃ」 「ああ、悪い悪い。でもオレ今大事な旅をしている最中なんだよ。また時間が取れたときにな」 「そんなこと言って、はぐらかす気でしょ」 「まさか。オレが美女との約束を忘れるはずがないだろう?」 「あたしとの約束も覚えてる?」 「勿論。すごくキレイに海が見える場所を見つけたんだ。君と行こうと思ってね」 「ヤダ、嬉しい!」 うっわ、背筋痒くなってくら。 会話を聞いていて何やらむず痒いものが背中を這い上がってくるのを感じたエイトは、さっさと彼らから離れようと、ようやく出来上がった料理と酒を手に持った。 それらをテーブルへ届け、とりあえず食事を済ませてから、まだもうしばらく酒を飲むというゼシカたちを置いてエイトは一足先に宿へ戻ることにする。 ちらり、とカウンタをうかがうもそこに広がる光景に変わりはなく。 今日は帰ってこないだろうな、と考えたところで、ふと、いつもの悪戯心が湧きあがってきた。 昔から、悪戯をすることは多かった。 城にいたときも仲間の兵士たちに色々なことをやっては怒られていた。 自分が悪戯を楽しんでいるのかどうかは分からなかったが、いつも他愛無いものばかりだったので仕掛けられた方も最後には笑ってくれる。その瞬間が好きだった。 エイトは酒場の入り口へ向かっていた足をくるりと反転させ、カウンタへ向かう。 女性たちを掻き分けて背後から忍び寄り、綺麗な彼の銀髪がすぐ側にきたところでエイトは耳元で囁いた。 「ねぇ、ククールゥ。あたしにもスパンコールドレスをプレゼントしてくれるって約束してたじゃなぁい」 「ああ、勿論覚えているよ、あれはベルガラックの」 そこまで言って何かに気がついたらしいククールは、ものすごい勢いで振り返った。 「あ、あはははっ!! おまっ……お前っ! ものすっげぇ流れ作業じゃねぇか!!」 振り返ったククールの顔を見てエイトはぶはははっ! と腹を抱えて笑い出す。 彼の女性への態度は丁寧で隙がないのかと思いきや、何のことはない、言われたことにマニュアルどおりの対応を返しているだけだ。相手が誰であるかなどほとんど考えていないのだろう。約束した覚えもないのにあっさりと「覚えている」と言ったのがその証拠だ。いつもより少し高い声を出した程度だったから、ちゃんと考えればエイトだと分かったはずだ。 未だにこちらを指差したまま笑い続けるエイトに、ククールは言い返す言葉もなく顔を赤くして「エイト、お前なぁ」と額を抑えていた。 「いやぁん、ククールってば、あたしとの約束も覚えててくれたのねぇん。嬉しぃわぁ」 笑いながらくねくねと身体をくねらせてそう続けるエイトへ、「気持ち悪いからやめろ」と蹴りを入れる。 それをものともせずにエイトは「あー、笑わせてもらった。じゃ、良い夜を」とククールと、彼を取り巻く女性たちへ挨拶をしてから酒場を後にした。 冷たい夜風で火照った頬を冷ましながら、エイトは宿屋へ向かう。この空は自分のものだとでも言うかのように中天にかかる満月を眺めて、ぷ、と噴出した。 した覚えもない約束に何の疑問ももたずに返事をした彼の声と、その後のククールの顔を思い出したら笑いが止まらない。これだけでしばらく笑いのネタには困らないだろう。 久しぶりにここまで笑える悪戯をしたことに満足して部屋に戻り、ベッドに寝転がったところでガチャリ、と部屋のドアが開いた。 「あら? 戻ってきたの?」 今日は戻ってこないとばかり思っていた同室相手が、不機嫌さを隠そうともせずに部屋に入ってくる。 「あのままあの場に居れるはずねえだろうがよ」 いつもより数段低い声でそういう彼に、それもそうかもな、とエイトは思う。 彼のあの対応が丁寧に見えて非常に適当なものであるということを、彼自身が示してしまったのだ。あの後女性たちに責められているククールの姿が容易に想像できる。 「そりゃそうだ。居られるわけねぇな」 「お前のせいだろうがよ」 「よく言うよ、自業自得だろ」 確かに悪戯を仕掛けたエイトも悪いが、ククールがきちんと相手を確認して話をきいてさえいればこんなことにはならなかったのだ。 憮然とした顔のまま、もう今日は外へ出ることを諦めたのか、肩のマントを外してククールも眠る準備を始める。 怒っているのだろう、その動作がどこかぶっきらぼうに見えるのはエイトの気のせいではないはずだ。 それでもその姿はやはり十分絵になるもので。 女性があれだけ群がるのも仕方がない容姿をしている、ということは、エイトも分かっていた。それでいて表面上は丁寧でフェミニスト。これでもてないはずがない。 ほんと、イヤミな男だよな。 そう思ってエイトは立ち上がり、こちらに背を向けているククールの後ろへ忍び寄って「ねぇ、ククールゥ」と囁いてやった。 それはわざとらしい高い声ではなく、いつもの地の彼の声で。 びくり、と身を震わせたククールに満足し、クスクスと笑いを零しながら自分のベッドへ戻ろうと、エイトが背を向けた瞬間。 「エイト……」 背後から抱きすくめられ、耳元で囁かれた。 「おいたが過ぎる子にはお仕置きが必要だな」 低く甘い声。息がかかる距離で言葉を続け、うっすらと赤くなった耳朶に軽く噛み付くと、エイトが身体を竦ませる。 緊張した彼の体を腕の中で回転させてこちらを向かせる。逃れようともがいているが、いつものバカ力が出せないらしくそれを抑えるのは容易かった。 頬へ添えていた手を顎へ下ろし、上を向かせる。 「エイト」 もう一度耳元で名前を呼んで、震える唇に口付けた。 女性ほどの柔らかさがある唇ではないが、舌で撫でれば誘われるようにうっすらと開かれる。そこへすかさず舌を差し入れ、熱い内部を蹂躙する。戸惑うように口腔の奥に引っ込んでいた彼の舌を引きずり出して自分の舌を絡め、唾液を混ぜ合わせるかのようにかき混ぜた。歯列をなぞり、上顎をなぞり、同時に後頭部を押さえ込んでいた左手で耳朶を摘まんで愛撫してやる。 びくびくとそれに反応を返す彼から「んぅ」と甘い声が漏れたところで、ゆっくりと唇を離した。 目じりにうっすらと涙を浮かべて「はぁ」と吐息を零すその姿が妙に色っぽい。溢れて顎をつたっていた唾液を舌で舐めとって、もう一度軽く口付けてやるとエイトはようやくきつく閉じていた目を開けた。 「こっの、ケダモノ……ッ」 いまだ整わぬ息の下で罵られたところで、ククールを煽ることにしかならず。 悪戯を仕掛けてククールから今夜の相手を奪ってしまったその代償をしっかりと自分の体で払うことになり、自業自得はむしろ自分の方だったとエイトは深く反省することになった。 ブラウザバックでお戻りください。 2005.01.29
……この続きというか、代償を支払わされるエイトさんの図を、書こうかどうしようか。 え、えろかぁ……裏ページでも作る?(いや、誰に聞いてんの。) |