7.手を差し伸べる 「ただそれだけでいい」


 ぐ、と見詰めていた手のひらを握り締める。
 彼の手をあのように握ったのは初めてかもしれない。
 彼に対し手を伸ばしたのも、初めて会ったあの時以来。

 多分、自分はずっと彼から手を差し伸べられるのを待っていた。
 初めて彼から伸ばされたあの手が暖かくて、あの温もりがもう一度欲しくて。
 しかし、二度とそういったことがないだろうことくらい容易に想像が出来て。
 悔しさや悲しさを抑え込むように手のひらを握り締めてきた。

 そんな彼の手をあのように握ることになろうとは。
 あの頃は思いもしなかった。
 何のことはない、伸ばしてもらえないなら自分から手を差し伸べれば良かっただけだ。
 結局彼はこの手からすり抜けていったけれど。
 別に彼をここへとどめておきたかったわけではない。
 ただ、伸ばした手を払いのけずに受けれてもらえただけで、それだけで十分だったのだ。

 それに気が付いて、ククールは、ふ、と笑みを浮かべた。


「自分の手のひら見つめて楽しいか?」


 そんな彼へ静かな声が掛けられる。
 影が落ちていたので随分前からそこにいたのは知っていた。
 ただこちらから話し掛ける気分になれず、向こうから話し掛けてくる様子もなかったので放って置いたのだ。
 ククールはゆっくりと顔を上げて、目の前に立つ男の姿を目に止めた。


「エイト」


 名を呼ぶと、どうしてか彼が顔を歪める。


「エイト」


 もう一度名前を呼ぶと、何かに諦めたかのようにゆっくりと近づいてきた。
 伸ばせば捕らえられる距離まで来たところで、ククールは彼の手を取る。

「お前はさ、オレに手を差し伸べてくれる?」

 少し冷たい彼の指先へ唇を落としながらそう尋ねる。
 いつもなら払いのけるはずの彼はおとなしくその口付けを受けながら、「いや」と首を振った。

「お前は俺が手を出す前に、自分から差し出してくる」

 だから差し伸べない、とエイトははっきりと言った。
 確かに、とククールは笑みを浮かべる。

「じゃあさ、オレが伸ばした手を振り払わずに、ちゃんと取ってくれる?」


 いつもよりも細い声、こちらを見つめてくる瞳は頼りなく揺れていて。
 けれど、こういう彼も嫌いではないな、とエイトは思った。

 ただ重ねられているだけの自分の手へ視線を落とす。
 自分から彼へ手を差し伸べる、という状況は想像できない。
 エイトの頭の中には、常に彼から伸ばされる手が存在しているのだ。
 そうして伸ばされた手を、きっと自分は。


「握り返してやるよ」


 ぎゅう、とその手を握り締め言ったエイトを、ククールは驚いたよう見つめる。
 そして握られた手に視線を落としてから、彼は嬉しそうに微笑んだ。


 そのときの顔があまりにも綺麗で、思わず見とれてしまった、なんて、絶対何があってもククールには内緒にしておこう、エイトはそう思った。





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2005.01.16








ヘタレクク。前半の「彼」はマルチェロ氏を指しております。分かりにくくてごめんなさい。
ククールさん美人なので、微笑めばきっと綺麗だと思うのです。