致命的な選択ミス 町へ到着し、食事をとったのちの行動は各自の自由になっている。 宿屋へ引っ込むもよし、長風呂を楽しむもよし、酒を飲みにいくもよし、ひと時の快楽を求めるのもまたよし。共に旅をする仲間とはいえ互いにそういった部分へ立ち入ることはほとんどなかったし、口を出すこともなかった。 しかし、それでもやはりこれだけ長い間一緒にいる人間たちなのだ。それぞれのプライベートが交わる部分だって当然出てくるわけで。 同室であるヤンガスが、こっそりと町の外へ出かけるのを見て見ぬ振りをしたゼシカは、一人酒場へ来てカクテルを飲んでいた。言い寄ってくる男たちがうるさいが、それでも薄暗い雰囲気と話を聞いてくれるもの静かなマスタがいるので、何となく時間が余ったときに来ることが多い。 このカクテル飲んだら部屋に戻ろうかしら。 右手にまだ半分ほどオレンジ色の液体が残っているグラスを持って、ゼシカがそうぼんやりと考えていたとき。 バタン、と荒々しい音がして、酒場の入り口が開いた。 背を向けていたので騒音を立てた人間の顔は彼女には見えていない。しかしそれでも、このような登場の仕方をする知り合いに心当たりがあり、ゼシカは眉をひそめて溜め息をついた。 同時にふっと、彼女の側を風が通り抜ける。 何事かと思えば、彼女の予想通りの人物がとん、と軽く床を蹴ってカウンタを飛び越えたところだった。 突然の闖入者にマスタが驚いているが、ゼシカはその人物、エイトへ目をやって「あとで何か奢ってね」と言葉を口にする。それに頷く時間も惜しいのか、エイトはすぐに身を伏せてカウンタの裏側に姿を隠した。 「ゼシカ! エイト、こなかった!?」 そのすぐ後に、これもまたよく知った声が焦りを滲ませてそう叫ぶのが聞こえる。 それにすぐには答えずに、ゼシカは残ったカクテルを一気に煽ってから振り返った。そこにはいつもしているマントを外した騎士団員の姿。 どうして髪の毛も衣服も乱れているのに、立っているだけで絵になるのかしら。 どうでもいい疑問を抱きながら、「知らないわ」と答える。 そんな彼女をじっと見ていたククールは「そっか、じゃあ見かけたら捕まえといて」とだけ言って、再びバタバタと走り去っていった。 基本的に彼は女性の言うことを疑ったりしない。たとえ疑っていたとしても、それを口に出したり態度に出したりしない。エイトも、ククールのそういうフェミニストな部分を知っているからこそ、こうして毎回ゼシカのもとに逃げ込むのだろう。 「……行ったわよ」 ゼシカが告げると、エイトは恐る恐る顔を覗かせて自分の目で確認し、ようやくほっと息をついた。再びカウンタを飛び越えるとゼシカの隣に腰掛ける。 「飛び越えるのは止めなさい、行儀が悪いわよ」 ゼシカが注意すると、彼はマスタにカクテルを頼んだ後「ごめん、今度から気を付ける」と謝った。 この会話も何度交わしたことだろう。 「で。今日は一体なんで逃げてるわけ?」 ククールとエイトの追いかけっこは、ここのところ恒例行事のように続けられている。しかし、その理由はまた様々なのだ。いや、ククールがエイトを追いかける理由はただ一つである。理由が様々なのはククールを拒むエイトの方だった。 「いやだってさ、さすがにここんとこ連続で。このペースだったら、旅が終わる前に俺の腰がいかれる」 とんとん、と爺臭く腰をたたいたエイトに、ゼシカは盛大に溜め息をついた。 「一晩三回までとか、回数決めといたら?」 一体どうしてエイトが腰を痛めているのか、即座にその原因を推測し、適当な言葉を投げかける。 「決めてもムダなんだよ、あのケダモノ」 「あんたも拒みなさいよ」 あとで辛くなると分かっているのならそのとき拒めばいい。至極単純で、分かりやすい発想である。しかしエイトは「分かってないなぁ」と首を振った。 「ククール、ものすごい上手いんだ。一回捕まったらもう逃げられないの」 「知らないわよ、そんなこと」 っていうか知りたくないわ、とゼシカは吐き捨てた。 結局彼の悩みは自業自得でしかないのだ。一時の快楽に流されて、後で自分が痛い目をみているだけなのだから。 しかしエイトはそれを分かっているのかいないのか、 「気持ちいいことに逆らえないのは男の生理なんだよぉ」 と、涙声で言いながらカウンタに伏せった。 どうせそれが嘘泣きであるということは分かっていたが、それでもゼシカは基本的にエイトのことが好きなのだ。いやゼシカに限らず、あのパーティの面々で、どれだけ迷惑をかけられようとも心の底からエイトを嫌っている人間などいないだろう。その彼が困っているのなら、やはり力になってやりたいと思うのだ。 ゼシカはカウンタに肘を突いてから、「あら、もう空だわ」と自分のグラスを振って見せた。 すかさずエイトがマスタにカクテルを頼む。 「何だったらもう、ちゃんと事情を話して手加減してもらえばいいじゃない」 いくら己の欲望に忠実な行動をするククールとて、エイトの体に負担をかけることを好むとは思えない。体力的にきついのだと伝えれば、多少は譲歩してくれるのではないだろうか。 「……なんか、プライドが……」 「そんな下らんプライドは捨ててしまいなさい」 きっぱりとそう言われ、エイトは「ぐぅ」と唸って頭を抱えた。 「百歩譲って、俺がククールに頼んだとするよ? ……あいつが従ってくれると思う?」 カウンタの上に投げ出した腕に埋めた顔を、少しだけこちらに向けてそう言ってくるエイトにゼシカは「そうね」と顎に手を当てた。 「じゃあ、一回するための条件を出したら?」 例えば倒したモンスタの数にノルマを課すとか、ドロップアイテムの数とか。 ゼシカの言葉に「したらあいつ、死ぬ気でノルマこなしそうでヤダ」とエイトは唇を尖らせる。具体的にその状態がゼシカにも想像できて、確かにと彼女もため息をついた。 「……ねえ、エイト。基本的なことを確認してもいいかしら」 カラン、とグラスの中で氷をまわしながら、ゼシカが問う。ようやく頭を起こしたエイトは、自分もカクテルを頼んでから「何?」と彼女を見た。 「あんた、突っ込まれる方よね?」 あからさまなその言葉に、予期していなかったエイトの顔がさっと赤くなる。 「……ゼシカ、お嬢さまなんだからもっとぼかした言い方しろよ」 「あんた相手に恥らうなんて無意味なこと、したくないの」 あっさりと言い返されてエイトは「無意味ってどういうことだよ」と呟きながらも、ゼシカの言葉を肯定した。 「じゃあさ、こういうのはどうかしら」 ぼそぼそと耳打ちされたその内容に、エイトはカクテルを飲む手を止めて聞き入る。そして、しばらく考え込んだのちに、「試してみる価値はあるかも」と呟いた。 何やら光明を得たらしいエイトを見やり、ゼシカは「そろそろね」と振り返る。 まるであらかじめ話し合っていたかのようなタイミングで、バタン、と入り口の扉が開かれた。 「やっと見つけた!」 喜色満面でそう叫んだククールへ、「約束どおり、引き止めといてあげたわよ」と初めからここにいたことなど一切匂わせずにゼシカがにっこり笑った。 そんな彼女へ「ありがとう」と礼を言いながら近づいてきたククールは、当然のようにエイトの隣に腰掛けて彼の肩に手を置く。 「エイト、どうして逃げるんだ?」 オレはお前とただ恋人の営みをしたいだけなのに。 その営みが問題なのだ、とゼシカとエイトは思ったが、どうせ口に出してもククールの頭には届かないだろう。 エイトははあ、とため息をつく。 「ククール、今日はお前に一つ言いたいことがある」 エイトはそう言うと、バンとカウンタを叩いて立ち上がった。 何事か、とククールがエイトを見上げる。つい先ほどまで彼と話をしていたゼシカには、この先エイトが何を言い出すつもりなのかは分かっていたが、どうなるかしらね、と彼らから目をそらして肩を竦めた。 エイトはそんな彼女に構わず、ビシッとククールを指差す。 そして声高々に叫んだ。 「たまには俺にも突っ込ませろっ!!」 そう、それが先ほどゼシカが彼に伝えたことなのである。 ククールだって男なのだ、突っ込まれるのはさすがに躊躇うだろう。 そこに付け込んで回数を減らしてもらえばいいんじゃないの、と。 鼻息荒く放たれた言葉に、さすがに言われた当人は唖然としてエイトを見ていた。 これはいけるかも……! ククールの反応にこの機を逃すか、とばかりにエイトが言葉を続けようとした瞬間。 「別にいいけど」 その答えに、一番唖然としたのは他でもないエイト自身だった。 あっさりと発せられたその言葉をしばらく頭の中で混ぜっ返して、それでも意味がとれず「へ?」と間の抜けた声を出す。 「いや、だから、別にいいよって言ってんの」 エイトが相手ならどっちでも。 どうやらククールは本気でそう言っているらしい。 彼の表情を見たゼシカは大きくため息をついた。 ダメだわ、エイト。 この人、あんたとは経験値の差が大きすぎる。 エイトからそういうこと言ってくれるなんて嬉しいなぁ、と言いながらククールは、呆然としているエイトの腕をつかんだ。そして「じゃあさっそく」と彼を連れて部屋に戻ろうとする。 引きずられていくエイトが助けを求めるような眼をしてこちらを見ているが、責任を求められてもゼシカにはどうしようもできない。確かにあの言葉を提案したのは彼女ではあるが、そのあとのことなど知ったことではない。 「せいぜい頑張りなさい」 無責任なゼシカの笑顔に見送られていったエイトが、結局その晩をどうやって凌いだのかは本人と恋人であるククールしか知らない。 「で、結局突っ込んだの?」 「ゼシカッ!」 ブラウザバックでお戻りください。 2005.01.28
ごめんなさいごめんなさいすみません。 うちのククールさんは男相手ならどっちも経験有りな人なんです。 |