正気の沙汰


 のどかな日差しが道行く旅人を照らす午後。
 闇の遺跡に張られた結界を破るために必要だという鏡を借りるため、エイト率いる一行はベルガラックからサザンビークへ向かっていた。
 道なりに歩くもののなかなか目的地に辿り着かず、道はあっているのだろうかと不安になった頃旅の商人のテントに出くわした。そこにいた人からサザンビークの場所を教えてもらい、今また道なりに歩いているところである。
 テクテクと足を進めては現れた魔物を退治し、金と経験値を稼ぐ。それを繰り返していたところで、馬車の中から「チン!」と電子音が響いた。

「エイトー! 錬金釜で何かできたみたいー!」

 馬車の後方を歩いていたゼシカが、ミーティア姫の隣にいたエイトへ声をかける。彼は振り返って「開けて見といて。ついでにクロスボウとガーターベルトを突っ込んどいて」と指示した。

 どんな組み合わせなのよ、と思いながらも、ゼシカは馬車に乗り込んで錬金釜を開ける。中には一束の草が入っていた。

「薬草、じゃないわね。上薬草でもないし……エイト、何を錬金したのかしら」

 首を傾げながら先ほど言われたとおりのものを突っ込んで、蓋を閉める。カタカタと動く釜を見守っていると、すぐにその揺れが収まった。錬金可能という合図である。
 どうして弓矢とガーターベルトが化合できるのか不思議に思いながら、ゼシカは荷台から飛び降りた。そして今出来上がったばかりの謎の草を手にエイトを呼ぶ。

「ねぇ、これ何?」
「ああ、それ? ええっとね、薬草と満月草と毒けし草を錬金」
 したんだよ、と言いながら、エイトはそのまま大きく口を開けて欠伸をした。ぽかぽかとしたこの陽気がいけなかったのだろう。

「わっ!」

 しかしなんと間の悪いことだろうか、エイトの方へ歩み寄っていたゼシカが足元の石に躓いてしまったのである。瞬間彼女の手を離れたその草は、緩やかな放物線を描いてエイトの方へと飛んでいく。その行く先にはちょうど大きく開いたエイトの口。

「………………!?」

 狙っていただろう、と思いたくなるくらいにうまく口の中に入り込んできたその草に、さすがのエイトも驚いて目を丸くした。すぐに吐き出せば良かったのだろうが、口の中に勢いよく入り込んできたため思わずそれを飲み込んでしまう。
 エイトの意識があったのはそこまでだった。

「エイトッ!?」

 ゼシカの悲鳴にヤンガスとククールが駆けつけ、トロデ王も姫の足を止めた。
 どさり、と地面に倒れこんだ彼をゼシカが慌てて抱き起こす。頬をたたいても名を呼んでもエイトが目を覚ます気配はない。

「どうしたんだ?」

 突然のことにククールが驚いて尋ねた。彼は馬車の反対側にいたため一連の出来事を見ていなかったのだ。それはヤンガスも同じことで、意識のないエイトを見て慌てている。

「それが……」

 ゼシカが今起こった出来事を話すと、聞いた二人は呆れたような顔をした。それもそうだろう、そんな偶然が起こったというだけで笑い話になる。
 実際それを引き起こしたゼシカでさえ、あまりの出来事に笑い出しそうだった。

「で、結局エイトは何を食ったんだ?」

 どうして彼が意識を失って倒れたのか、それが分からないことにはどうしようもできない。薬草や気付け薬などだったらそもそも意識を失ったりはしないだろう。
 ククールがそう尋ねたところで、ゼシカの膝に横たわっていたエイトが「ん」と声を上げた。
 皆が一斉に彼を見やる。どうやら意識が戻ったようだ。
 ゆっくりと目を開けてその漆黒で自分を取り囲む三人を見やった彼は、驚いたように飛び起きた。

「ご、ごめんなさい!」

 そしてものすごい勢いで頭を下げる。下げられた三人は一体何に対し謝っているのか分からず、首を傾げて彼を見た。しかしエイトはその勢いのまま言葉を続ける。

「ぼ、ぼく、なんだか迷惑かけちゃったみたいで……もう大丈夫ですから、心配しないでください。ね?」

 首を傾げて上目遣い。
 普段のエイトもよくする仕草と表情ではあるが、いつもならそれは完全に計算されたものである。
 今度は一体何が始まったのだろう、と眉を寄せた三人へエイトは何を勘違いしたのか、にっこりと笑みを浮かべた。

「本当にもう大丈夫ですから! それよりも早くサザンビークへ行きましょう?」

 そう言って、足を止めたままだった馬車の方へと行ってしまった。
 残された三人は唖然としたまま顔を見合わせる。

「……あれは、いつものアレか?」
「や、でも、どうしていきなり芝居を始めたのかが分からないんだけど」
「兄貴……どうしたんでがしょう」

 顔を合わせてひそひそと囁く。
 そんな彼らへエイトが「どうしたんですか? もう出発しますよ」と声をかけてきた。それへ答えて、進み始めた馬車の後方を歩きながら話を続ける。

「やっぱりさっき食ったもんが悪かったんじゃないのか? 結局何なんだよ」
「えっと、確か、薬草と満月草と毒けし草を錬金したって言ってたから……」

 ゼシカが錬金レシピを取り出した。

「おかしな薬、ね」


『おかしな薬』
 戦闘中に使うと敵一体が混乱する。



「戦闘中じゃないと使えないんじゃないんでがすか!?」
「あいつ、モンスター判定されたってことじゃねえの?」
「スカモンたちと一緒にバトルロードに出場させられるかしら」
「二人とも、それはちょっと言いすぎでがす……」

 ぼそぼそと声を落として会話をしている間にも、エイトはトロデ王やミーティア姫の世話をあれたこれやと焼きながら目的地へと向かっている。

「でも、混乱してあの状態なの? あれじゃいつもと変わらない……っていうか、むしろいつもより」

 ゼシカはそこで言葉を切った。
 しかしククールは彼女の肩をたたいて悲しそうに目を伏せる。

「大丈夫、ゼシカ。みんな思ってることだ。言いよどむ必要はないって」

 首を振ったククールの手を払いのけて、ゼシカは口を開いた。

「あれじゃあむしろ、いつもより断然マシじゃない!」

 そうなのだ、今のエイトの様子を見る限り普段の彼と比べれば数倍良い性格になっているのである。

 普段の彼と言えば歩きながら突然一人しりとりを始めたり、一人芝居を始めたり、錬金釜にアイテムを四つ突っ込んで紐で縛ってみたり、小石を垂直に放り投げてそれをヤリで打ってみたり、ヤンガスに無理やりフィールド上のたから箱を見つけさせようとしたり、ゼシカに無意味な投げキスをねだってみたり、ククールに覚えてもいない皮肉な笑いをさせようとしたり。
 とにかくめちゃくちゃな行動を繰り返すことが多いのだ。そんな彼が短い時間とはいえ何の問題も起こさず、三人に迷惑をかけていないということ自体明らかに異常だった。

「……あー、そうか、つまりあれか」

 事態が理解できず考え込んだゼシカとヤンガスの側で、ククールが顎に手を当てて言葉を漏らす。


「普段から既に混乱状態だから、混乱してむしろ正気に近くなってる、ってことか」


「………………」
「……………………」
「…………………………なんていうか、こう、あれだな」
「……そうね、なんか、こう……」
「……ちょっと、空しさを感じるでがす」

 あまりの事実にそれを告げたククールでさえもショックを受け、溜め息をついて空を仰いだ。
 普段から混乱状態であると、アイテムにそう判断されたリーダについていってる自分たちとは一体何者なんだろう。
 そんな疑問を三人は懸命になかったことにしようとした。

「みなさん、どうかしたんですか?」

 それぞれに押し寄せてくる虚脱感を払いのけようと必死になっていたところに、エイトののんきな声が届いた。
 口調、表情からしていまだ混乱したままであるようだ。

「や、別になんでもない。……そう、何でもないよ」

 慌てて手を振ってククールが答えると、ゼシカとヤンガスも同じように「何でもない」と口にする。

「そうですか? それならいいんですけど……あ、そうだ、ヤンガスさん」

 ヤンガスの方を見てそう呼ぶエイトに、ククールは「ヤ、ヤンガスさんっ!?」と驚いて声を上げてしまった。呼ばれた本人はあまりのことに言葉も出ないらしい。

「え? なんですか、ククールさん」

 きょとんとしたままククールを呼ぶエイト。今度はククールが言葉を失い、助け舟を出すかのようにゼシカがエイトの肩をたたいた。

「……エイト、あんた……」
「どうかしましたか? ゼシカさん」


 …………このエイトはちょっと色々キツイものがあるわ。


 そうくるだろうと予想はできていてもそれでも、普段の彼を知っているため実際に「さん」付けで呼ばれぞわりと体が震えた。リップスやブチュチュンパあたりに全身を舐められたときと同じくらいに鳥肌が立つ。
 かたまってしまったゼシカを助けるかのように、我に返ったヤンガスがエイトを呼んだ。

「あ、兄貴、アッシに何か用でがすか?」

 ヤンガスが尋ねるとエイトは「うん」と頷いて、彼と共にミーティア姫の側へと移動する。
 離れていった二人に、残されたククールとゼシカは助かったとばかりに顔を見合わせて溜め息をついた。

「……あれはいつ戻るのかしら」

 しばらく無言で歩いたのち、ようやく言葉を発するだけの気力が戻ってきたゼシカが、前を行くエイトの背中を見ながらぼそりと呟く。

「さあな。魔物に使ったことがないから分からねえけど、でもまあ、そんなに長い時間ってわけでもないんじゃねえの」

 その言葉が彼の希望であることはゼシカにもよく分かっていた。

「そう、じゃあ少しの間だけ我慢すればいいってことね……」

 しかしゼシカは何の確証も持たないククールの言葉を信じ、奥歯をかみ締めて頷いた。


***


 サザンビーク国城下町へ辿り着いた頃、あたりは夕闇に覆われていた。
 城へ行ってもどうせ入れてもらえないだろうから、と今日はそのまま宿へ向かうことにする。一日の疲れを取ってからでないと、王族との交渉など望めないだろう。
 いつものとおりトロデ王とミーティア姫は町の外で夜を明かしてもらうことにし、そんな彼らへ食事を届けるためエイトが一人で外へ出かけている。
 残された三人は食事を取るために入った酒場で、顔を合わせて溜め息をついていた。

「……元に戻らなかったわね」

 ゼシカが疲れたように零す。
 そう、結局エイトは今日一日あのままだったのである。
 傍から見れば実害は一切なく、むしろいつもよりずいぶんと平和な道のりではあったが、三人の精神的疲労はいつもの比ではなかった。

「兄貴がずっとあのままだったら、アッシどうしたら……」
「泣くなヤンガス。男の子だろう」
「私も泣きたいわ。あんなエイト、もういやよ」

 何せあのエイトは魔物を倒したあとで泣き出すのだ。「命を奪ってごめん」と。仲間たちが傷を負っても泣き出すものだから、それを宥め、彼を立ち直らせなければ先に進めない。
 いつもなら見かけたたから箱へは真直ぐに突っ込んでいくのに、今日は「寄り道はしないでおこう」と見向きもしない。
 普段の彼とのあまりのギャップに、仲間たちはもう言葉も出なかった。

「それでどうする? もうあのまま放っておくの?」
「それは、ちょっと勘弁……」
「混乱って神父にゃ治せないんでがすか?」

 神父、という単語に、二人がククールを見た。

「あんた、僧侶でしょ。治せないの?」
「無茶言うなよ。自慢じゃないがオレは毒けしもできん」
 カリスマスキル0だもん。

 胸を張って言うククールに「使えない男ね」とゼシカが舌打ちをする。
 そう言われても、スキルポイントの割り振りはエイトが決めているのだ。ククールは今はひたすら杖だけを上げさせられている。

「普通、メダパニで混乱させられたら、殴れば正気に戻るでがすよね」
「……あんた、エイトを殴れる?」

 ゼシカの問いにヤンガスはぶるぶると首を横に振った。ゼシカだってエイトを殴るのはイヤだ。あとでどんな報復されるか分かったものではない。

「……仕方ないわね、とりあえず一晩待ってみましょうか。明日の朝戻ってなかったら、そのときはそのとき。もう一回おかしな薬食べさせるなり、何なり考えましょう」
「兄貴を元に戻すためだったらどんなことでもするでがす」

 そう確認して頷きあっている二人をよそに、ククールは一人考え込んでいた。
 おかしな薬を食べて、あのような状態になるということはまだいいだろう。もともとはモンスターに使うための薬だ。それを人間が食べた場合、どんなことがおこっても不思議ではない。
 しかし、その効果がこうも持続するというのはどう考えてもおかしいのではないだろうか。薬を食べた直後、あの時はおそらく本当に混乱していたのだとは思うが……

 エイトはもともと芝居が得意だ。ククール自身、何度も彼の演技に騙されてきている。騙されてもその瞬間ははらわたが煮えくり返るほどムカつくが、それでも翌日になれば何となく許してしまうのは、相手がエイトだからだと思う。


 酒場をあとにし宿屋へ向かっている途中で、外から戻ってきたエイトとばったり出会った。
 彼はこちらに気がつくとにっこりと笑みを浮かべて走り寄ってくる。

「今日の部屋割り、どうします?」

 酒場へ向かう前に先に宿屋へ寄って部屋をとっていたのだが、空いていたのは二部屋だけ。いつものように二人ずつに分かれることになる。
 エイトのその言葉を聞いてククールはにやりと笑みを浮かべた。こうなればもう駄目もとだ。思いついたことを試しておいて損はないだろう。

「おいおい、エイト。そりゃないだろ? お前はオレと一緒に決ってんじゃん」
「え?」

 ククールの言葉に驚いてこちらを見るエイトへ近づいて、彼の腰へ手を回す。

「オレたち恋人だろ? 恋人が夜に離れ離れだなんて、世間の理に反する」
 二人で熱い夜を過ごそうぜ。

 耳元でそう囁いて、右手でいやらしく彼の身体を撫でる。くい、と顎を持ち上げ上を向かせ、その唇へ自分のを重ねようとした瞬間。



「誰と誰が恋人だ、この腐れエロ僧侶っ!」



 そう叫んで、エイトは力いっぱいククールを殴った。
 その衝撃で後ろへ飛ばされた赤いカリスマはそれでも「照れなくてもいいじゃないか、ハニー」と、脳みそが腐っているとしか思えない台詞を吐き続ける。
 それに「照れてねぇよ、それ以上言ったら頭頂の髪の毛だけ剃ってやるぞ」と唸ったエイトは気付いていない。彼が、完璧にククールの罠にはめられていることに。


「……エイトくぅん?」


 はっとエイトが我に返ったときには既にとき遅し、彼の背後には恐ろしいほどの笑みを浮かべたゼシカがいかずちの杖を握り締めて立っていた。

「もしかして今日一日ずっと私たちを騙してたってことかしらぁ?」

 疑問系なのにそれへの返答を一切許さない言葉。
 あまりの恐怖にエイトは口元を引きつらせながら、「ち、違っ……これは……そ、そう、ククールが……さっきの、ククールの言葉で、我に……」としどろもどろ言い訳を口にする。
 それを聞いて、ゼシカの笑みは更に深くなった。

「やっちゃってください、お姉さま」

 ささ、どうぞ、とククールが彼女を促す。助けを求めるようにヤンガスを見るが、彼も目を伏せて首を振っていた。

「ちょ、待っ……ゼ、ゼシカ姉さん、それ食らったら死ぬって! そ、その規模は俺、死ぬ……!」

 城壁の方へ追いやられたエイトは壁に背をつけて叫ぶも、ゼシカには一切届いていなかった。



「問答無用っ!!」




 翌日「ククールがザオラル覚えていてくれて良かった」と、珍しく僧侶に向かって心底感謝するエイトの姿が見ることができたとか。





ブラウザバックでお戻りください。
2005.01.28








自業自得。
色々無理がある部分は流しておいてください。
(サザンビークに酒場はねえだろ、とかね。)