5.困った人 「許される余地」 「どうしてあんたたちはケンカさえ最後まで真面目にできないのかしらね」 ゼシカがあきれたような声で溜め息と共にそう吐き出した。彼女の視線の先には「ククールのバカ、もう知らないっ!」と泣きまねをしながら走り去っていったエイトの背中が見える。 「オレはいつでも真面目だよ。エイトがふざけてるだけ」 ゼシカの言葉にそう返すが、「最後には付き合ってあげてるじゃない。あんたも同罪よ」と切り捨てられた。ふぅ、ともう一度溜め息をついて、ゼシカは空いている方のベッドへ腰掛ける。そして、エイトから託されたトーポ(ククールとケンカをして飛び出す際、エイトは必ずトーポをゼシカに預けて行った)の頭を指先で撫でながら、「まあ、あれがエイトなりの気の使い方なんでしょうね」と零す。 「真面目にケンカしたら空気が悪くなっちゃうから、最後にふざけてシリアスにならないようにって」 「そこまで深く考えてるようには見えないけどなぁ」 ククールが言うと、ゼシカも「確かに」と頷いて笑った。 「でも、兄貴が本気で怒ったら多分こんなもんじゃすまねぇでがすよ」 くすくすと笑いあっているククールとゼシカの間に、扉の近くに立ったままだったヤンガスが言葉を放った。彼は今でも心配そうにエイトが走り去った方向を見ている。 「兄貴、負けず嫌いで意地っ張りだから。ギガデイン連発くらいはするでがす」 「町が滅びるわね」 「それくらいはやる男でがす」 さすが兄貴、とよく分からないところで感心しながら、ヤンガスが腕を組んで頷いた。 「んー、オレはどっちかってとエイトは静かに怒るタイプだと思うけど」 ギガデインを連発しているエイトの姿も確かに想像できる。リアルに想像できる。マホカンタを覚えておいて良かったと、心の底から思えるほどに。 しかし、そのときのエイトもやはりまだどこかに許してくれる余地を残しているように思えた。そう、先ほどゼシカが言ったように、わざとふざけてシリアスさを消し去ろうとしているかのように、大技を連発して大げさに物を破壊して、怒っているということを周りにアピールしているだけのように見えるのだ。それが終われば、つまりは彼の気がすめば、きっとその怒りは綺麗さっぱり消え去っているだろう。 「静かに怒るって?」 ゼシカに尋ねられ、ククールはうーん、と顎に手を当てた。 「ほら、あの豚王子の儀式があったじゃん?」 もう仲間内では誰もあの王子の名を呼ばない。「豚王子」あるいは「ハム」で通じる辺り随分と気の合う仲間たちだと思う。(さすがにトロデ王やミーティア姫のいるところではそう呼べなかったが、あだ名の元は「紐巻いてハムにするぞ、この豚王子」というエイトの陰口である。) 「宝石を取って城へ戻ってから、あの豚、闇商人からアルゴンハートを買い取っただろう。あの後からだよ。あいつはもともと王子が嫌いだったみたいだけど、あの後更に王子への態度が悪くなった」 城の中で何度か彼の姿を目にしたが、エイトは話し掛けることはおろか、そちらを見やることさえしなかった。向こうから近づいて話し掛けられても相手をするのはゼシカやククール、ヤンガスだけであり、エイトはするりとその間をすり抜けて先へ進んでしまうのだ。 「そういえばそうでがすね」 思い出してヤンガスが相づちを打つ。彼自身もあの王子に対してはあまりいい感情を抱いていないが、それでも話し掛けたら答えるくらいはする。エイトだって、たとえそれほど好きな相手でなくとも会話を交わすことくらいはしていたはずだ。あの性格ではあるが、ククールに言わせるとエイトは愛想「だけ」はいいのだ。 「要は無視ってことでしょ?」 何にしろ子供っぽいわね。 ゼシカの言葉にククールが苦笑を浮かべる。 「でも、本気でずっとそれをやられたら随分堪えると思うぞ?」 何せ、存在そのものを全否定されてるんだ。 静かに紡がれたその言葉をそれぞれが胸のうちで反芻する。しばらくの沈黙の後、ゼシカがはぁ、と溜め息をついた。 「確かに、キツイわね。私、エイトにそんな態度取られたら立ち直れないわ。勿論、あんたたちにそういう態度取られてもね」 きっとそれはゼシカだけでなく、ここにいる人間皆がそうだろう。互いにあっさりと他人へ戻るには、多くの時間を共にしすぎている。 以前の自分ならばそういった厄介な関係を築こうとは決して思わなかっただろう。ふと、ククールは思う。自分で築こうと思ったわけではなく、結果的に築かれてしまっただけではあるが、それでも彼もゼシカと同じように、この関係をあっさりと切り捨てられてしまえば酷く堪えるだろうことが自分でも分かった。 「ってことは、さっきみたいに大声で怒鳴ったり、ギガデイン連発したりするうちはまだ全然許してもらえるってことでがすね」 兄貴って分かりにくいなぁ、とヤンガスが鼻をかきながら呟いた。 「ギガデインの場合はこちらが死んでないことが条件だけどな」 本気で殺しにきそうで怖いよ、あいつは。 ククールの言葉に、「兄貴は強ぇからなぁ」とヤンガスが笑って言った。 「それにしてもエイト、遅いわね」 そろそろ帰ってきてもらわないと明日に響くんだけど。 言葉を零したゼシカが責めるようにククールを見た。同じような視線をヤンガスからも感じ、ククールはやれやれ、と肩を竦める。 「分かった、分かりましたよ。迎えに行けばいいんだろ、迎えに行けば」 そう言ってベッドから下ろした足をブーツに突っ込んで立ち上がる。「それじゃま、うちのお姫さまを迎えに行ってきますよ」と、ひらひらと手を振りながら部屋を出て行こうとしたククールを、ヤンガスが呼び止めた。 「で、結局あんたと兄貴は、何が原因でケンカしたんでがすか?」 ククールはそれに振り返りもせずにただ一言、「忘れた」と返しただけだった。 ブラウザバックでお戻りください。 2005.01.14
エイトはきっと、ケンカの理由どころかケンカしたことすら忘れている。 しかし、こいつらケンカしてばっかりだな。 |