+1.その後のお話 「戦いの終わり、冒険の始まり」


「え? お前、城出ちゃうの?」

 ククールがトロデーン城を訪れたのは偶然だった。
 あの命をかけた戦いを終え、彼は宣言通り一所に落ちつこうとはせずあちらこちらをふらふらしていた。ここへくる直前にリーザス村にいるゼシカの顔を見に行き、彼女に付き合って彼女の友人の女盗賊ゲルダの顔も見に行った。そこでやはり偶然ヤンガスとも顔をあわせ、どうせなら当時のパーティリーダや王さま、姫さまの顔も見ておこうと思っただけだ。

 たまたま訪れた城の、友人に与えられた個室を尋ねると、彼は何故か部屋を掃除していた。普段する掃除とは違い、まるでここを出ていくかのような徹底した掃除。
 初めは部屋でも移るのかと思った。出世したとか、仕事が変わったとか。しかし理由を聞いてククールは非常に驚いた。
 ありえない、と。
 そう思っていたのだ。たとえどんなことが起ころうとも、彼がこの城を出て行くことは絶対にありえないだろう、と。

 しかし彼はあっさりと「明日、ここを出て行くんだ」と、そう告げた。

「……初耳なんですけど」
「言ってねえもん」

 多少の非難を込めてそう言うと、エイトはあっけらかんと答える。彼がそういう人間であることは知っていたが、それでもそんな重要なことを知らされないままだったというのも随分酷いものである。彼らの関係が友人という言葉で表せるかどうかは微妙だが、それにしても友達甲斐がなさすぎる。
 しかし、そのあとすぐにエイトは、

「……知らせようかどうしようか迷ったんだけど」

 と言葉を濁した。
 以前の、出会った当初の彼ならばおそらく王や姫以外の人間への気配りなど、する気も起きなかっただろう。それを考えると、迷ってくれただけでも十分に成長しているということではないだろうか。
 そう思い直して、先ほどの怒りはとりあえず抑えておく。

「で。何で出て行くの?」

 片付けられた部屋にぽつりと取り残されたベッドへ腰掛けて尋ねると、彼も隣に腰掛けてきた。部屋には既に机もイスもないのだから、ほかに座る場所がないのだ。

「城に迷惑がかかるから」

 単純な答えにククールは首を傾げる。どういうことだろうか。その疑問を読み取ったエイトは、やはり淡々とした口調で説明した。

「俺、半分とはいえ竜神族の血が流れてるだろ。だから生粋の竜神族に比べるとそれほどじゃないけど、人間よりは成長が遅いし、寿命が長い。そういう奴が城にいて近衛兵をやってたらいつか怪しまれるだろ?」
 だから、今のうちに人として死ぬ方法を探しに行こうかと思って。

 竜神族は人間より長いときを生きる。そのこと自体は知っていた。
 おそらくその血が流れるエイトも例外ではないだろう、ということも気付いてはいた。しかし実際彼の口からそのことを聞くと、やはり軽く衝撃を受ける。
 ククールが小さく「それは確かなことなのか?」と尋ねると、「竜神王に確かめたから」と答えられた。
 一族を最もよく知るであろう王がそう答えたのだとしたら、間違いはないのだろう。

「……でもなんで『人として死ぬ方法を探す』ことになるわけ?」

 彼の思考回路が分からない。いつまでも年をとらない、成長が遅い人間が城にいて、しかも人目に付くよな近衛兵という職務につくことに問題がある、というのはよく分かる。それならば姿を現さずにすむ王直属の部下だとか、城に居辛いというのならばせめてどこぞへ身を隠すとか、自分のように旅をするとか、他にもいろいろあるだろうに。
 どうしてそういう選択肢になるのだろうか。
 疑問に思うと、彼はククールを見て苦笑を浮かべた。

「それはお前のせいだよ」
 正確にはお前らのせい、なんだけど。


 竜神王へその真偽を確認したとき、彼は『すべてが終わったのなら里へ戻るが良い』とそう告げた。それはおそらく、人間と竜神族は生きるときが違うから共に生きることはできないだろうという、彼なりの配慮からの言葉だったのだと思う。
 しかし、エイトはそのときふと思ったのだ。

 どうせならせめて、人間として死にたい、と。
 共に戦った仲間たちと同じときを生き、彼らと同じように人間として老いて死にたい、と。


「竜神王が竜としての姿を保つ術を使ってただろう。結局失敗しちゃったけど、もしかしたらその逆ってのがあるかもしれないじゃん? だからそれを探してみようかな、って」

 逆というのはつまり、竜神族の竜としての部分を封印するようなものであるのだろう。
 そんなものがあるのだろうか、と疑問に思うのも確かだが、この世界は広い。あれだけ世界中を飛び回ってもまだ訪れていない場所もある。決してないとは言い切れない。

「……随分とまあ、我侭な理由だな」

 呆れたようにそう口にしたククールへ、エイトは肩を竦めた。その通りだと、彼自身も思うのだ。しかし、それでもトロデ王と姫はそれを許してくれた。エイトにはそれだけで十分だった。

「まあいいや、お前がどんな理由で旅しようがオレには関係ないし。オレがどんな理由で旅をしようがお前に関係ない」
 そうだろう?

 分かりきったことを尋ねてくるので不思議に思いながらもエイトが頷くと、ククールはしてやったりというように笑みを浮かべた。

「じゃあ、明日からよろしく。
 あ、ちなみに言い忘れてたけど、明日の朝、ヤンガスとゼシカがこっちに来るって言ってたぜ?」
 あいつら、お前がまた旅に出るって言ったらどうするかなぁ。

 にやにやと笑ったまま放たれたその言葉の意味をエイトが理解するのに、しばらくの時間がかかった。
 楽しそうにエイトを眺めていたククールの方へ目を向けて、ようやく頭が回転し始めたらしい彼は慌てたようにベッドから立ち上がる。そしてそのまま部屋を出て行こうとした。
 ククールはその彼の手首を素早くつかんで引き寄せる。

「どこ行くの」

 どさり、とククールの上に倒れてきた彼を受け止めて耳元で囁いてやる。くすぐったいのかぴくりと身を捩ったあと、エイトは「今すぐ出て行く」と予想通りのことを言ってククールの腕の中から抜け出そうともがいた。

「でも、トロデ王や姫さまには明日って言ったんだろ? 約束、破るの?」

 彼が王や姫と交わした言葉を決して違えることがない、ということを知った上での質問。エイトはククールを睨みつけて、悔しそうに呟いた。

「お前、城に来るタイミング悪すぎるよ」



 明日の朝、やってくるヤンガスやゼシカがエイトの旅立ちを知ってどういう行動をとるのか、など考えるまでもない。
 きっと彼らは今のククールと同じように、迷わずエイトへ同行すると言い出すだろう。

「だって、全部が終わったらみんなでまた旅をしようって言ったじゃない」

 ゼシカはそう笑いながら。

「兄貴の行くところがアッシの行くところでがす!」

 ヤンガスはそう胸を張って。

 先ほどククールが言ったように、エイトが旅に出るその理由は酷く自分勝手なものだ。だから誰も巻き込まず、一人で行こうとそう決めていたのに。
 図ったようにこのタイミングで現れた彼の姿を見て、どこかほっとしている自分を見て見ぬ振りをしていたのに。

 それでも、これから(人数は減っているものの)以前と同じように、彼らと共に旅ができるかもしれないということに、どこか胸が高鳴っているのもまた事実。



「ばぁか。タイミングがいいって言うんだよ、この場合は」

 どこか拗ねたような表情のエイトの額を突付きながら、ククールは笑いを含んだ声でそう言った。





 明日からまた、新たな冒険が始まる。





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2005.01.26








捏造捏造。この時点でククールとエイトの関係は限りなく恋人に近い友人かなぁ。
小具之介は四人が好きなんです。いつまでも一緒に旅をしながらバカなことをやっててほしいんです。