3.ケンカしてしまった 「我侭を聞いて」 「あ、ちょ、お前、何やってんだよっ!」 風呂から上がり、まだ濡れた髪の毛を拭きながら姿を現したエイトは、室内を見た途端そう声を上げた。 本日は厳正なるくじ引きの結果、彼の同室はククールである。扉を開けたままだったので相当声が響き、隣の部屋から何事か、とゼシカ、ヤンガスの二人が顔を出した。 「何って本読んでる」 ベッドに寝転んで文字を追っていたククールは少しだけ顔を上げてエイトを見てから、端的にそう答えた。 今日はどうも気分が乗らず、いつものように酒場へ出かける気も、女の子を誘う気にもなれなかった。こういう日はおとなしく部屋にいるに限る、と思ってその通り実行していたのだが。 「そうじゃねぇよ、誰の許可を得てそっちのベッド使ってんのかって聞いてんの!」 ぽたぽたと濡れた髪の毛から落ちる水滴を気にすることなく、指をさしてククールを非難した。その後ろから、上半身が裸のままだったエイトへヤンガスが「兄貴、何か着ないと風邪ひくでがすよ」と上着を羽織らせてやっている。 「許可って、何でベッド使うのにお前の許しを得なきゃなんねぇんだよ」 めんどくせぇな、と思いながら身を起こし、見せ付けるようにそのベッドヘッドへ背を預けた。 二人部屋であるためこの部屋には二つ、ベッドが並んでいる。片方が窓の下のベッドで、もう片方は壁にぴったりとくっついたものだ。ククールが寝転がっていたのは壁際のベッド。 ククールの言葉に、エイトが言葉を詰まらせる。 「そ、そりゃそうだけど! 今までのことから言って、俺が壁際使うってことぐらい分かんねぇの?」 腰に手を当ててそう言うが、これもまた随分と自分勝手な言葉である。 そういえば、と今までのことを思い出してみれば、彼と同室になった際、必ず彼のほうが先にベッドを決めるのだ。ククールに拘りはないため残った方を使っていたが、今日はエイトは直接湯へつかりに行ってしまったため、彼の荷物をククールがここまで運んだのだ。 「確かにお前はいつも壁際使ってたけどさ、そんなん言われなきゃ分かるわけねぇだろ」 こちとらまだ彼と知り合って日が浅いのだ。幼い頃から共に育ったような間柄ではない。理不尽な要求を突きつけられたようで、軽く腹を立てたククールが文句を言うと、エイトは「はん」と鼻で笑った。 「お前、女口説くのが趣味なんだろ? そういう小さいとこに気付かずに、よく女口説き落とせてたな」 「……そういう経験のない奴に言われたくない台詞だな」 「今は経験の有無じゃなくて能力の有無が問題だろ」 「って何か? オレが無能だって?」 「理解してもらえたようで嬉しいよ」 目の前で交わされる言葉の応酬に、ゼシカもヤンガスも口を挟むことができずただ見ているしかなかった。いつものことよね、と肩を竦めるゼシカとは対照的に、ヤンガスはおろおろと二人を見比べている。 「ああ、別に無能でいいさ。小さなことに拘って、それを人に押し付けあまつさえ察することを要求するような無神経に比べたら随分マシだね」 「無神経はどっちだよ、仲間の好みさえ気付かない奴に言われたくないっ!」 「気付けるわけねぇだろ、こんな些細なこと」 「些細? 俺には重要なことなんだよ!」 「だったら尚更先に言っとけばいいだろうが! 知っておけなんてどこまで我侭なんだよ」 「――ッ! もういい!」 ふん、と鼻息荒く、エイトはククールから視線をそらせた。そして適当に羽織ったままだった上着をきちんと着なおすと、肩の上に乗っていたトーポをゼシカに預け、静かに口を開く。 「もうあなたとはやっていけません。あたし、実家に帰らせていただきます」 「……勝手にしなさい」 エイトの言葉にククールが開いたままだった本をぱたん、と閉じて答えた。 それを聞いて更に顔を顰めたエイトは、「いーっ」とククールに歯をむいてから部屋を出て行く。途中ヤンガスへ目を止めると、「ごめんね、いつか必ず迎えに来るからね。駄目なお母さんを許してね」と泣きまねをして、それにヤンガスが反応をする前に、駆け出していってしまった。その背中に向かってゼシカが「明日の朝までには帰ってきなさいよー」と声をかけている。 そして室内にいるククールへ向かって、「遅くなりそうだったらあんたが迎えに行きなさいね」とエイトに言ったこととは違うことを言い捨てて、ヤンガスを連れて部屋に戻っていった。おそらく最後のエイトの捨て台詞を聞いて、真面目に取り合うのも馬鹿らしいと判断したのだろう。 確かに彼女の判断は正しい。こういったケンカは既に日常茶飯事となっているのだ。一つ一つを真面目に相手をしても益になることは一つもないだろう。 どうせエイトは自分から戻ってくることはしないのだ、今日はそれほど暖かいわけでもないのでいつもより早めに迎えに行ってやるかな、と再び本へ目を落としながらククールは考えた。 *** *** 「ククールのアホカリスマ、バカリスマ。絶対年取ったらあいつ禿げるんだぜ。兄貴がエムっぱげだもん。禿げないわけねぇもん」 エイトは抱え込んだ膝へ顔を埋めたままぶつぶつと文句を言い続ける。 町を取り囲む塀と、ほぼそれに隣接するように建てられた教会の壁との間に挟まれるようにエイトはうずくまっていた。すぐ近くに墓場があるが特にそれは気にならない。彼にとって重要なのは見上げたら空が見えないことだった。 この場所なら見上げても教会の屋根が邪魔をしてあの広々とした空を見ずにすむ。 「騎士団員の癖に弱いしさ。すぐ寝るし、すぐ呪われるし、ぱふぱふされて喜んでるし、唯一ザオリク使えるくせにすぐ死ぬし。役に立たなさすぎ。むしろあれが僧侶だってのが驚きだよ。謝れ、世の中の僧侶に謝れ」 どうしてこう次から次へと悪口が出てくるのか、自分でも不思議だった。きっと相手がククールだからで、他の仲間だったらこうはいかない。どうしてだろうか、と考えて、あまり面白くない結論に至りそうだったので途中で止めた。 「エロカリスマ。性欲の権化。女の敵。あと俺の敵」 ぼそぼそと続けながら、ぎゅうと膝を抱え込んだ。 エイトが窓際で眠るのを嫌っているということを直接仲間へ伝えたことはない。ゼシカ辺りなら何か気付いているかもしれないが、基本的に大雑把なヤンガスがそれを知っていることはないだろう。王や姫へ伝えるなどエイトには思いもよらぬことだ。ククールだってそれほど鈍いわけではないだろうが、如何せんまだ付き合いが浅い。気付かれていなくても当然だ。 確かに彼が言う通りに、察してしかるべきだという態度は自分でもどうかと思う。我侭ここに極まれり、だ。 しかし。 「どうしてかな、お前相手だとああいう態度に出ちゃうのな」 エイトがそう呟くと同時に、ざりっと土を踏みしめる音が響く。ゆっくりとこちらへ近づいてくる気配。それがふわりと空気を震わせて、すぐ側にしゃがみこんだのが分かった。 「俺、空嫌いなんだよ。空が見えるとこで寝るなんて死んでもごめんなの。野宿のときは我慢するけどさ、宿屋にいるときくらい安心して寝たい」 か細く、聞き取りにくい声ではあったが、はっきりとそう言った声に、はあ、と溜め息が重なった。 「だったら初めっからそう言ってりゃいいだろ」 いくらオレでもエイトくんの心のうちまでは見透かせません。 伸びてきた手がわしわしと頭を撫でる。いつもはバンダナをしているので布越しで感じる彼の体温が、今日は直接感じられた。 「オレとお前は違う人間だから、言われなきゃ分かんないことが多いけど、言ってくれれば分かるんだから」 言い聞かされるような言葉づかいに、ああ子供扱いされているな、と思う。 けれど、実はそれが嫌いではない。 そう、多分自分は、それが嫌いではないのだ。 うん、と小さく頷いたエイトの頭をククールはもう一度強く撫でてから、手を引っ張って彼を立たせる。服についたほこりを叩き落としてやっていると、エイトは小さく震えてくしゃみをした。 「湯冷めした」と鼻をすすりながら、彼は顔を上に向け、空を仰ぐ。つられてククールも上を仰いだ。 そこには張り出た教会の屋根が広がっており、黒く広い夜空は望めなかった。 「エイトくんが安心して眠れるようにお兄さんが胸を貸してやろうか。そうしたら空なんて気にすることもないと思うぜ?」 自然とそのまま手を引かれて宿屋へ戻る途中、ククールが振り返ってにやりと笑みを浮かべた。 それに同じような笑顔を返しながら。 「お前さ、人の話し聞いてた? 俺は安心して眠りたいの」 お前と一緒じゃそもそも寝かせてもらえねぇだろ。 その言葉にククールが「よく分かっていらっしゃる」と笑いながら答えた。 ブラウザバックでお戻りください。 2005.01.11
……この二人は一体どういう関係なんだ。恋人じゃないのは確かだけど。 どんどんエイトが子供帰りを起こしております。それに伴い、ククールもどんどんお母さんみたくなっていってます。 主人公の空嫌いは小具之介の妄想。 |