仁義なき真剣勝負


 いくら仲の良いパーティであったとしても、四六時中一緒にいれば当然喧嘩をすることもあるだろう。ましてやこのパーティには三度の飯より騒動と揉め事が好きなのではないか、と思うほど、何かしら問題を起こすエイトがいるわけである。軽い小競り合いや言い争いはいつものことだし、ときには互いに本気で怒鳴りあう争いにまで発展することもある。
 その日もまた、いつも嵐の中心地点にいるエイトと、いつも巻き添えを食らうククールがいつものように言い争いをしていた。

「だから、俺は何も知らねぇっての!」
「嘘をつくな、お前以外の誰があんなことするんだよ」
「偏見だ、それは! 差別だ、言葉の暴力だ!」

 何やら責め立てるククールに対し、エイトも負けじと否定を繰り返す。

「エイト、今謝るんなら許してやれる、かもしれない。だからさっさと吐け」
「吐くもんもないのに吐けるわけないって!」
「どこまでシラ切るつもりなんだよ、いい加減にしないと怒るぞ?」
「もう怒ってんじゃん」

 ああ言えばこう言うエイトの態度に、ククールの怒りは限界をこえようとしていた。むしろここまで彼と会話を交わしたこと自体奇跡と言えよう。

「お前な、ふざけるのもいい加減にしとけよ」

 声色を低く抑え、これ以上はないというほど怒りを滲ませた雰囲気を作る。これでこちらの怒り具合を悟れない人間はただの馬鹿だ。そう思ったが、ククールは完全に失念していた。彼が今相手をしている人間は、筋金入りの馬鹿である、ということを。

「ふざけてなんかねぇよ。お前の顔じゃあるまいし」

 美形と自負し、また他人からもそう認められる容姿のククールへ向かって、エイトが吐き捨てた言葉は暴言以外の何ものでもない。
 ぴくり、と口元を引きつらせたまま、ククールは冷静になれ、と今さらのように自分へ言い聞かせていた。

「お前、オレに向かってよくそんな言葉が吐けるな」
「お前こそ、よくそんな言葉が言えるな。自意識過剰じゃねぇの?」
「経験に基づく評価を自分に下してるまでだ! 自慢じゃねぇがな、オレはこの顔でずいぶん女を落としてきたんだよ。それに、お前の顔よりずいぶんマシだ!」
「なっ!? プリティーフェイスでトロデーンのアイドルだった俺の顔にケチつける気か!?」
「先にケチつけたのはお前の方だろう!? そもそもプリティーフェイスってどうよ、単なる童顔ってだけじゃねぇか」
「いつまでも若く見られた方が特だろうが!」

 誰がどの角度から聞いても子供の喧嘩にしか聞こえないが、言い合っている本人たちはいたって真面目である。これがいつものように演技や小ネタだったらよいのだが、残念ながら大真面目なのだ。
 はん、と鼻で笑って、ククールは尚も言葉を返す。

「そりゃ女の話だ。それにお前の場合は若いってよりただのガキだ」
「年寄りの僻み?」
「そう離れてもねぇだろうが!」
「やだねぇ、ククールさんってば。もしかしてあっちの方も干上がってる?」
「何つーこと言うんだ! オレが現役だっての、お前はよく知ってるだろ。それともなにか、鳥頭だから散々泣かされてイかされたの、全部忘れたってか!?」
「その発言、セクハラだっ!」
「先に言ったのはお前の方だろうが! 何でお前はそう、自分の発言を棚上げにするんだ? 馬鹿だからか? 自分の発言も覚えてられねぇって?」
「そんなに馬鹿馬鹿連呼すんなっ! いくら本当のことでも言って良いことと悪いことがあるんだぞ」
「本当って認めてるんじゃねぇか、馬鹿」
「だから馬鹿って言うなってば! お前に言われるとムカつくんだよ!」

 そう叫ぶと、エイトは背中に背負っていたヤリを構えた。同時にククールも腰に下げていた剣を抜く。二人ともゼシカには及ばないが、そこそこの素早さはあるのだ。しかもほとんど同じ程度の素早さが。

「体力のねぇヘタレカリスマが俺に敵うとでも思ってんのか?」
「お前とは頭のできが違うんだよ!」

 言葉を投げつけると同時に突き出されたヤリの先端を避けて、するりと間合いに入り込んだククールはそのまま構えていた剣を振り下ろす。エイトは素早くヤリの逆先端でその切っ先を跳ね飛ばし、一度後ろに飛んで距離を取るとすぐにまた相手へ向かってヤリを突いた。

「いい加減力の差に気付けよ、バカリスマ!」
「レベル差、たったの1だろうが! ザオリクできねぇくせに、偉そうなこと抜かすな!」

 振り下ろされた剣をヤリの柄部分で受け止める。そのまま力任せに弾き飛ばすと、ククールは自ら進んでエイトから距離を取った。彼自身力で敵わないことを知っているのだ、だから余計なダメージを食らう前に進んで退く。
 二人とも、なまじある程度レベルがあるものだからその戦闘もすさまじい。少しでも加減をすれば確実に相手はこちらの命を狙ってくるだろう。それが分かるから尚更手が抜けない。相手がよく知った仲間だからこその真剣勝負。もとがくだらない口喧嘩であったことなど、今の彼らを見て分かるはずがない。

「さみだれ突き!」
「いちいち技名叫ぶの、やめた方がいいぜ!?」

 傍から見ていたら素晴らしい、と感動したくなるほどの速さで繰り出された連続の突きを交わし、剣で受け止め、自らの言葉を実践するかのようにククールは無言ではやぶさ斬りを繰り出す。ちなみに今彼が装備しているのははやぶさの剣であるため、実際に繰り出される斬撃は四つ。
 エイトは「わ、っと」と危なげな声を出しながら器用にそれらを受け流し、とん、と軽く地面を蹴ってククールから離れた。ふわり、と魔の波動が彼を取り巻いたと思ったと同時に、「食らえ、ギガデインッ!」と雷を放ってくる。

「うっわ! お前、いきなりそういう大技は卑怯だろうが! マホトーン!」

 突然放たれた魔法をギリギリで避けたククールが、体勢を整えるまもなく魔封じの呪を放つ。見事にそれにかかってしまったエイトは「封じるなんてそっちの方が卑怯だろうが!」と騒ぎ立てた。

「そっちがその気なら、こっちだって!」

 ちまちました攻撃のやり取りに業を煮やしたエイトが、そう叫んで構えていたヤリを水平に持ち直した。

「ちょ、お前! その構え……!」

 戦闘中、大量に発生するザコモンスターを退治する際に、非常に役に立つ技を思い出す。確かに全体攻撃をできるため重宝しているが、エイトは何もそこまで、と言いたくなるほどその技を多用していた。おそらく、彼の信念が「何事もとことんまで突き詰める」だからであろう。

 そんな彼の姿を見て、慌ててククールも同じように剣を水平に構えた。
 「目には目を」が彼のモットーなのである。

「死ねや、ヘタレアホカリスマッ!」
「こっちの台詞だ、童顔チビの脳足りん!」

 罵倒を投げつけて、それぞれ構えていたヤリと剣を地面に突き刺した。同時に「ジゴスパーク!」という声が重なる。バチバチ、と大きな音をさせて、二人が呼び出した地獄からの雷がぶつかり合った。

「誰が脳足りんだ、この甲斐性なし!」
「散々人に回復を頼っておいて、どの口がそういうこと言うんだ!?」
「この口だ馬鹿野郎!」
「そういうこと聞いてんじゃねぇっ! だから馬鹿だってんだよ!」

 辺りを覆う閃光の中で二人は尚も延々と言い合いを続けていたが、その声も次の瞬間に響いた爆発音にかき消された。ぶつかり合った雷がエネルギィに耐え切れず爆発してしまったらしい。なんともお決まりな展開である。


 しばらくして、音と煙と、彼らが引き起こしたものすべてが納まったころ、ようやく仲間たちがひょっこりと顔を出した。今までどこに隠れていたのやら、あれだけ派手だった二人の喧嘩に巻き込まれることもなく皆無傷である。そこは彼らも既に慣れた身、騒動から逃げる術などいくらでもあるのだ。

「ジゴスパークで相打ち、ね」
「そうみたいでがすね」

 ぶすぶすと黒い煙を昇らせて、地面に横たわる二人を見下ろしてヤンガスははぁ、とため息をついた。側では御者席から降りてきたトロデ王が顔を覆って、「なんということを」と嘆いている。
 そんな彼らに視線をやったゼシカは、何故か一人だけ笑みを浮かべていた。

「二人のラストの技と勝敗、全部当たったわね。私の勝ちよ」

 どうやら彼女のその表情は勝利の笑みだったらしい。「全部当てたらボーナスで32倍になるんだったわよね」と笑ったまま続ける。

「200ゴールドの32倍で一人6400ゴールドね。トロデ王も、ちゃんと払ってよ」

 有無を言わさぬその口調にヤンガスはしぶしぶと「分かったでがすよ」と頷き、トロデ王も「そのうち取り返してやるわい」と悔しそうに言った。



 口喧嘩から発展し互いに大技を繰り出すという仁義なき真剣勝負の横では、これまた仲間の喧嘩の行く末に金を賭けるという仁義なき真剣勝負が行われている、ということに黒焦げの二人はいつ気付くことができるのか。
 この調子ならば、まだ当分は気付くことはないだろう。





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2005.02.18








途中の言い合いで、続きが思い浮かばず削った台詞。

「大体なオレの顔がふざけてるってんならヤンガスはどうなるんだよ?」
「あれは一生懸命頑張っててあんななの! 一生懸命頑張ってる人を馬鹿にすんなよ!」
「お前の方が酷いだろう、その言い方は!」