戻ってこない君の気持ち


「エイト、ハイブーメランができたわよ」

 馬車の中から顔を出してゼシカがそう声をかけてくる。どうやら先ほど錬金が終わったらしい。ハイブーメランはパルミドの闇商人に頼まれていた品物だ。持っていけば金か物か、どちらかと交換してもらえるだろう。

 手渡されたブーメランをしげしげと見つめ、エイトは「そういえば俺、ブーメランも使えたんだっけ」とぽつりと零した。
 それにククールが「え、そうなの?」と驚いたように言葉を返す。それもそうだ、彼と出会ってからは、というよりそもそもこの旅を始めてから、ブーメランを武器としたことなど一度もない。すべてヤリか剣なのだ。

「俺もあんまり使わないし、スキルポイントも振り分けてないからすっかり忘れてた」

 そう言いながら、エイトはブーメランを軽くひょいと上に放り投げた。落ちてきたそれをパシッと受け取る。なかなか様になるではないか。
 自分でその動作に満足していると、「じゃあ、闇商人に渡すまで、しばらくそれで戦ってみたら?」とゼシカが言う。

 それもいいかもしれない。そう思い今それを装備しているわけではあるが。


「どうして前に投げたはずのブーメランが、真後ろに飛ぶんだ?」
「それはオレが聞きたいわっ!!」

 エイトが放ったブーメランが何故か真後ろへ飛んでいき、まるで狙っていたかのようにククールの額へ直撃した。額を赤くしたククールが激昂して、首を傾げているエイトを怒鳴る。

「仕方ないだろ、ブーメランスキル0なんだから!」
「ゼロってったってほどがあるだろう!」
「俺は何でも突き詰めないと気がすまない男なんだ!」

 ゼシカとヤンガスが戦っている横で、怒鳴りあいが続く。仲間二人は対峙している魔物がザコだったこともあり、既に完全に彼らを放置することに決定したらしい。

「大体、あのモーションでどうやって後ろに飛ぶわけ」
「こうやって」

 そう言ってブーメランを放り投げると、何故かそれは前には飛んでいかず、今度は真横に飛んでいった。そこには丁度戦闘を終えたゼシカたちがおり、彼女たちは素晴らしい反射神経でその凶器を避ける。
 「何すんのよ!」という怒声とともに打ち込まれたメラミを「何でオレまで」と避けながら、ククールはエイトへ「ある意味器用だよ、それ」と感心したように言った。エイトの方は「なんで前に飛ばないんだよ」と不思議そうにハイブーメランを見やっている。

「普通は前に飛ぶんだよ」

 エイトからハイブーメランを借り受け、それを軽く投げる。
 ひゅるひゅると風を切って飛ぶそれは、ゆっくりと弧を描いてククールが投げた位置よりやや左に戻ってきた。もともとほとんど触ったことのない武器だ。完璧に元の位置に戻ってくるなどということができるはずもない。

 その様子を見たエイトは悔しそうに、「せめて前には飛ばしたい」とククールの手からブーメランを取り上げた。

「うりゃっ!」

 掛け声とともにブーメランを勢いよく投げる。

「あ!」

 それがようやく前に飛んでいったのを見て、エイトは嬉しそうに声を上げた。「お。やればできるじゃん」とククールもそのブーメランが飛び去るのを見やる。


 しかし、うまくいったのはここまでだった。
 待てども待てども投げたブーメランが手元に戻ってこないのだ。手元どころではない、そもそもこちら側にターンしてくる様子も見えない。つまりエイトが投げたそのブーメランは、真っ直ぐに飛んでいってしまったのだ。



「…………ブーメランってのは、あの形からいって普通戻ってくるよな」
「…………」
「戻ってこないって物理的にありえないんだけどな。そもそもどこまで飛ばしたの、お前」
「……規則に縛られない男になれって、近所に住んでた猫が言ってたよ」
「いや、物理理論くらいには縛られとけ、人間として生きたいなら」

 そう軽口をたたき合うものの、それでもブーメランは戻ってくることがなかった。


「君は今日、ぼくのもとから旅立ったんだね……」

 立派になって、と泣きまねをしながらブーメランが飛んでいった空を見上げているエイトの側で、

「……なぁ、ゼシカ、もうこいつにブーメラン持たすのやめようぜ」
「そうね、いくら作っても全部なくされたらたまったもんじゃないわ」

 と、ククールとゼシカが盛大にため息をついた。





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2005.02.15








うちのエイトさんはヤリ使いで補助に剣。ブーメランはほとんど使いません。
きっとノーコンだろうなぁ、という妄想。