彼の災難 とある町のとある宿屋のとある一室にて。 目覚めて身支度を整えた彼女が一人呟いていた。 「あら? 私、マジカルメイス、どこにやったかしら?」 顎に手を当ててぐるりと室内を見回す。きちんと直した布団を一度はぐってベッドの中を確認、サイドテーブルの側、その裏側、ベッドの下、ありえそうな場所を一つずつ確認していくがどこにも見当たらない。 そもそもゼシカは眠りにつく際、自分の武器をすぐ手に届く場所へ置いておくのが常だった。 昨日は珍しく宿に部屋が空いており、しかも懐に余裕があったので一人一部屋ずつとっている。だから誰も彼女の武器を持っていくような人間はこの部屋にはいなかったはずなのに。 首を傾げながら部屋を出て隣の扉をノックする。現れたのはヤンガス。まだ半分眠っているような顔だったが、ゼシカは構わずに尋ねた。 「ねぇ、私のマジカルメイス、知らない?」 しかし彼から返ってきた答えは「知らない」であり、尚且つ「アッシの覇王のオノもないんでがすが」という追加の失せ物の知らせだった。 廊下に出てどこにいったのかしら、と話しているところへ反対隣の扉が開いた。珍しくも朝早くから身支度を整えているククールが姿を現す。 「ああ、丁度良かった。なあ、オレのはやぶさの剣、知らねぇ?」 彼は廊下でかたまっている仲間二人を見つけると、安心したように息をついたのちそう言った。 それを聞いてゼシカとヤンガスは顔を見合わせて首を振る。二人の様子がおかしいことに気付いたククールは近づいてきて「どうした」と尋ねた。 「…………こうなったらもう犯人は一人しかいねぇな」 事情を聞いたのちぽつりとククールが呟くと、ゼシカとヤンガスは同じ方向を、ある一つの扉を見ながら賛同するように頷いた。 「おい、エイト! 起きてんだろ!」 どんどんと扉を叩いて唯一姿を現さない仲間を呼ぶ。 メンバのうち三人が、確かに就寝間際まで室内にあった己の武器を紛失しているのだ。もしかしたら彼のものも、という心配が0.5パーセントほど、確実にこいつが犯人だという思いが残り99.5パーセント。 しかしどれだけ扉を叩いても中からの返事はない。 「兄貴、もう外に出てるんじゃないでがすか?」 あまりにも反応がないため、ヤンガスが廊下の窓から外を眺めて言った。 彼の行動はあまり予測ができない。朝早くから外でシャドウ千本ノックをやっていたとしても、まったく不思議ではない。 しかしその言葉をククールが否定した。 「いや、中に誰かいる気配はある」 ククールは気配に敏感だ。それが僧侶の能力かどうかは分からないが、人ならざるものだろうと人であろうと、そこにいるものを確実に感じ取る。その彼が言うのだから、エイトかどうかは置いておくにしても中に誰かいるのは確かだろう。 「まだ寝てるんじゃないの?」 ゼシカがもっともなことを言った。 それなら呼んでも出てこないことも頷ける。 試しにノブを回してみるが、きちんとカギはかけられていた。意識が回らないのか単なるバカなのか、たまにカギをかけ忘れて眠ってしまうことがあるエイトに仲間たちは何度も「カギをかけなさい」と言ってきていたが、ようやくその教育が実ったらしい。 が、今この場合にはその彼の行動は裏目にしか出ておらず。 「……仕方ねぇな」 ククールはため息をついて、少し考えたあとドアの前で声を張り上げた。 「あ! なんだアレッ!?」 突然のことのに成り行きを見ていた二人が驚いたようにククールへ目をやるが、彼はそれを無視して言葉を続ける。 「宿屋の前で、首に花輪下げて腰みのまとったキラーパンサーが、バックにしましまキャットとプリズニャンとベロニャーゴをしたがえてフラダンス踊ってるぞ!」 「何ィッ!?」 バタン、と大きな音をさせて、部屋の扉が開かれた。現れたエイトが真っ直ぐ窓に駆け寄って「どこ、にゃんこダンサーズ、どこ!?」ときょろきょろしている。 「そんなおちゃめなキラーパンサーがいるならオレが見てみたい」 窓に張り付いているエイトの首根っこを捕まえて逃げられないようにする。そこでようやく気がついたらしいエイトは、自分を押さえつける彼を見上げて「大人って卑怯だ」と呟いた。 「さてエイトくん。何でオレらがここでこうしてるのか、分かってるよな?」 ずるずると窓際から引きずり離し、彼の部屋の前に立たせる。エイトはいつものように「え? なんのこと?」と首を傾げていた。 「とぼけんな。オレらの武器が全部なくなってんだよ。どうせお前がとっていったんだろ?」 ん? と尋ねると、エイトは酷くショックを受けたような顔をつくって「そんな!」と叫ぶ。 「酷ぇよ! どうして俺の話も聞かずに疑うの!?」 「おうそうか、だったら聞いてやるよ。言うてみ?」 「俺は何もやってない、とってない、そんな『主人が構ってくれなくて……』って嘆く専業主婦のストレス発散みたいなことしない!」 「どんなたとえだ、それは」 「とにかく、みんなの武器なんて知らないって!」 「……ふぅん、じゃあちょっと部屋の中見させてもらうぞ」 振り返ってゼシカたちに合図を送る。二人が頷いてエイトの部屋の扉へ手をかけようとしたとき。 エイトは恐ろしい反射神経でククールの手元から逃げると、ゼシカたちの前に立ちはだかった。 「エイト、そこのきなさい? 何も隠してないんだったら部屋見られても困らないでしょう?」 ゼシカが声をかけるも、彼は首を振ってその要請を拒む。 「だ、だめ。絶対ダメ。ベッドの下にエロ本とか隠してるからダメ」 「どこの思春期の子供なんだよ、ってか古くねえかその隠し場所は」 「でも今そこにあるって言っちゃったから、もう問題はないわよね」 そう言ってゼシカは軽がるとエイトを押しのけると、躊躇することなく室内へと足を踏み入れた。 しかし、ここでエイトは再び素晴らしい運動神経を披露する。開いた扉とゼシカの間を抜けて彼女より先に室内に入り込むと、ベッドに飛び乗ってそこにあったものをかき抱いた。 「……やっぱりお前がとってたんじゃないかよ」 そう、彼が大事そうにかき集めたものはどこからどう見ても仲間たちの武器だった。 「兄貴、どうしてこっそり取ったんでがすか? 言ってくれればいくらでもお貸ししやすよ?」 ヤンガスがゼシカの後から顔を覗かせて言う。 確かにそうだ、彼が貸してくれと言うのなら多少いぶかしみつつもそれを拒むメンバはこの中にはいない。どうしてわざわざ隠れて取って行ったのだろうか。 するとエイトは「だって、みんなに知られないうちにやろうと思ったんだ」と俯いた。 何を、とあっさりと聞けたらいいのだが、その答えを得るのが怖くてなかなか聞き出せない。ゼシカとヤンガスと、二人からの視線を受けて、仕方なくククールは口を開いた。 どうもエイトの子守りや会話の相手を二人から一任されている気がしてならない。 「エイト、お前オレらの武器に何を、」 尋ねかけて、ふとベッドの上に一本のペンが転がっていることに気がつく。ククールの視線がそのペンに落ちていることに気付いたエイトは、急いでそれを取り上げて隠した。 「……何を落書きしたんだ?」 しかしククールがそれで質問の手を止めるはずもなく。 具体的に尋ねるとエイトは「あー、」と唸り声を上げて、自分が抱える武器に目を落とした。誤魔化しきれない、と判断したのだろうか。そもそもこの状態でこれ以上誤魔化せるはずがない。 「み、みんなが間違えないように、名前を少々……」 えへ、と可愛らしく首を傾げて、エイトはそう言った。 予想外の答えにククールは目を細めて彼が持つ武器へ目をやる。 確かに抱え込まれたマジカルメイスの持ち手の部分に、ミミズがのたくったような字で「ゼシカ」と名前が書き込まれてあるのが見えた。 「お前、さっきのペン、油性とか言わないよな?」 「油性じゃなきゃ消えちゃうじゃないか」 何を当たり前のことを、とエイトが言い返す。 ククールが冷静だったのはここまでだった。 「バカか、お前はっ! 武器に名前書く人間がどこにいるんだ!?」 「ここに」 「お前しかいねぇよ。ってかそもそもこのメンバで自分の武器間違うはずねえだろうが」 「それでも! やっとかなきゃいけないことってのは世間にあんだよ。大人の世界なの!」 「意味分かんねぇよ、他に何やる気だよ!」 「これからみんなの装備にゼッケンつけるんだ! あとお道具箱とか、ピアニカとか用意するの!」 「お前は子供の入学式を控えた母親か!」 内容のない言い争いを大声で続けることの、なんと体力を使うことか。 言葉が途切れたところで、はあはあと肩で息をする。先に立ち直ったのはククールだった。 「いいからそれ、返せ。武器ないとどうしようもできねぇだろ」 一歩近づいて手を伸ばすも、エイトはそれらを大事そうに抱えてベッドの上であとずさった。 「返せ」 再度言うも、首を振って武器を抱く手に力を込める。 「いいから返せっつってんだろうが!」 「いやだって言ってるだろ!」 「ああもう! お前は一体オレらに何を求めてるわけ?」 「キスして好きって言って!」 ククールの後で、スコンとヤンガスがこけた。 「……はい?」 「本当に私のことを愛してるなら、キスして好きって言ってよ!」 何とか体勢を保っていたゼシカが頭を抑えながら、「そういえば昨日、ああやってケンカしてるカップルを見たわ」と呟いている。おそらくその真似をしているのだろう。エイトはどうも見かけた面白い光景を自分でこうして演じて遊ぶことがよくあった。大体その相手役として選ばれるのがククールであり、思わず乗ってしまうこともあるのだが。 「できないの? やっぱり私のことは愛してないのね」と武器を抱きしめたまま、泣き崩れる真似をするエイトを見下ろしてククールは肩を竦めた。 「なんだ、それくらいのこと」 そう言ってさくさくとエイトに近づくと、俯いて泣いている(どうせ真似だ)エイトの顔を上げさせる。そのまま唇にキスをして、うっすらと開いていたのを幸いについでにとばかりに舌も差し入れて内部をかき回し、しばらく堪能してから唇を離した。伝う唾液を舐め取ってから、耳元で「好きだぜ」と甘く囁いてやる。 「じゃ、オレのは返してもらうから」 呆然としているエイトの腕の中から、ククールは自分の武器だけを抜き取ってた。そしてゼシカたちへ「お前らもさっさと返してもらえよ」と、部屋の扉へ背を預ける。あとは完璧に観賞するつもりのようだ。 それを見てゼシカが腰に手を当てて「ふぅ」とため息をついた。 「私も唇にしてあげたいとこだけど、あいつと間接キスになるのは嫌だからおでこで我慢してね」 そう言うと、エイトの頬を両手で包んで「好きよ、エイト」と額にキスをした。 「わざわざこんなことしなくても、これくらいならいつでもしてあげるわよ」 と、笑って自分の武器を手に取る。「あらほんと。名前書いてあるわ」と苦笑を浮かべるも、怒っている様子はなかった。 エイトとしては別にこれが目的だったわけではない。単純に剣を扱う人間が自分とククールと二人いて、いつもどの剣を自分が使っていたのか分からなくなるので、何か目印をつけておこうと思っただけだったのだ。だったらついでにみんなの武器に名前を書いてしまおう、と。きっとみんな怒るだろうなぁ、と。いつもの悪戯のうちだったのだけれど。 こういうのも悪くないなぁ。 そう思ってエイトは照れたように笑みを浮かべた。 彼らとこうして話していることは嫌いではない。楽しいし、かまって欲しいと思う。だからキスと「好き」という言葉ももらって、嫌な気分であるはずがない。 「ヤンガスは?」 もう一つ、手の中にある武器へ目を落とし扉の近くで固まっているメンバへと視線をやった。 彼はククールがエイトにキスをしたときから、一切動けない様子だった。 「ヤンガスはしてくれねぇの?」 もう一度尋ねると、ようやくその声が頭に届いたのか、ヤンガスは顔を真っ赤にして首を振る。 「そ、そ、そんな! ハレンチな!」 ぶんぶんと手を振って嫌がるヤンガスの後で、ククールとゼシカが笑いながら、 「やってあげなさいよ」 「じゃないと武器返さねぇぞ、あいつは」 と言葉を零す。 それを聞き振り返ったヤンガスは「で、でも……」と言葉を濁した。 「……ヤンガスは俺のこと嫌いなんだ」 そんなヤンガスを見て、エイトが涙声でそう呟いた。もちろん演技であるが、ヤンガスは「そんなことあるわけないでがす!」と慌てて否定する。 ヤンガスにはあまりこういう冗談や悪戯が通じない。だから普段は適度に付き合ってくれつつ、適度に流してくれるククール相手にことを起こすことが多かったのだが、たまにはこういうのもいいだろう。 そう思って泣き真似を続けていると、ついにヤンガスが「わ、分かったでげす!」と覚悟を決めた。 「あ、兄貴。す、好きでがす!!」 そこまで大声で叫ばなくてもいいだろうにと思いながら、右頬にキスを受け、エイトはにっこりと笑みを浮かべた。 ブラウザバックでお戻りください。 2005.02.06
……………… ……だ、誰か……エイトに「お前一体何がしたいんだ?」と尋ねてきてくれませんか。 タイトルの「彼」はもちろんヤンガスのことです。 |