2月14日


「チョッコレイト、チョッコレイト、チョコレートは、メイジッ!」
「ただそれをやるためだけにメイジキメラを捕まえてくるなっ! 可哀想だろう、離してやんなさいっ!」

 エイトの一発芸に無理やり付き合わされたメイジキメラを、ククールは慌てて野に返す。魔物に対して可哀想というのもどうかと思ったが、全ての魔物が人に害を及ぼすわけでもない。
 解放されて礼を言うかのようにククールの頭上でくるりと回ったメイジキメラは、すぐにどこかへと飛んでいった。それを見上げて満足そうに頷くククールとは対照的に、エイトは至極不満そうだ。

「だってさぁ、今日バレンタインじゃん? なんかそれっぽいことしておかないと駄目かなぁって」
「それがどうして一発芸になるんだよ。大体バレンタインに張り切るのは女の子。男が張り切ってどうすんだ」
「うわ、ククール、それってモテる男だから言えんだよ。モテない奴は大変なんだぜぇ?」
 朝も早から起き出してまずは念入りに洗顔、歯磨き、髪の毛のセット、服装のチェックから始まって……

 尚も続きそうなエイトの言葉を手を振って止める。

「その一日だけ頑張っても仕方ねぇじゃん」

 ククールが言うと、エイトは言葉を発するために開いていた口をそのままにこちらを見た。ビックリしたような表情で、大きな目が更に大きく開かれている。

「もしかしてそのことに今気付いた?」

 尋ねるとそのままの表情でこくりと頷く。

「分かってたけど、お前って案外馬鹿だよな」
「『案外』は余計だ」
「いや、そこかよ、突っ込むとこは」

 思わずそう言ったククールへ、「『案外』だろうが『存外』だろうが、曖昧なのは好かん。案外どころじゃないってくらいはっきりしてる方がいい」と訳の分からないことを言ってきた。
 それを聞いて、ククールはコホンと咳払いをし「じゃあ言い直そう」と口を開く。

「お前って、きっぱりはっきり疑いようもなく馬鹿だよな」
「そんなに馬鹿にすんなぁっ!!」
「どうすりゃいいんだよっ!」

 ちゃぶ台が欲しい。ククールは心の底から思った。
 あれさえあれば、今の彼の心にかかっているもやもやしたものも八割が晴れるはず。

「ゼシカ姉さーん! エイトの相手すんのに疲れたククールさんにちゃぶ台買ってぇ?」

 ミーティアの側を歩く彼女へ向かって声をかける。ゼシカは振り返って「そんなもんどうすんのよ」と尋ねてきた。

「ひっくり返すの。こう、がっしゃーんって」

 がっしゃーん、と言いながら両手でちゃぶ台をひっくり返すまねをする。
 すると、側でエイトが「ああ、止めて、あなた!」と泣きまねを始めた。

「あなた、お願いですからやめてください!」
「………………」
「やめて、あなた、乱暴は……!」
「こんなまずい飯が食えるか!」
「す、すみません! 今作り直しますからっ!」
「もう飯はいい! それより酒持ってこい、酒!」
「あ、あなた、もうお酒は……」
「何ぃ? もうないって? どうして買っておかないんだ!」
「そんな……もううちにはそんなお金は……」
「ふざけるな! 誰のおかげで飯が食えると思ってるんだ!」
「ああ、あなた、暴力だけは……!」

 よよよ、と泣き崩れたエイトの胸倉をつかんで右手を振り上げたところで、ふとククールは我に返った。それに気が付いたエイトが「何だつまんない。これから暴力夫が子供に手をあげそうになって、それを必死に守る母親、尚も蹴ろうとする父親、泣くしか術のない子供! 妻を蹴り飛ばした隙に子供を殴ろうとする夫を、背後から妻が刺すってシナリオがあったのに」と適度に真剣な表情で呟いた。
 ククールは縋るように前を行くゼシカを見る。

「姉さん、ちゃぶ台……」

 ゼシカは小さく肩を竦めて、「むしろあたしが欲しいくらいだわ」と言葉を返した。

「ほらみろ、お前が最後まで演じないからゼシカ怒っちゃったじゃないか」
「いや、オレのせいなの?」

 さすがに途中で正気に戻ると恥ずかしいもんがあるぞ、と文句を言うが、当然のようにエイトは聞いてない。

「あーあ。今日はゼシカ怒らせないようにしようと思ってたのに。お前のせいで台無しだよ」

 もうどこから怒っていいのか分からない。色々言いたいことはあるが、それをとりあえず飲み込んでおいて、「今日がバレンタインだから?」と尋ねてみた。そう、始まりはそこなのだ。

「うちのパーティって女の子、ゼシカしかいないじゃん。姫は馬だし。貰えるならゼシカだけかって思ってたのにぃ」
「お前さ、そんなにチョコ欲しいの?」

 どうも先ほどから話を聞いていると、欲しいのはチョコレートであり、それに付随してくる好意はどうでもいいようだ。普通は逆ではないだろうか。それ以前に、彼はここまで甘いものが好きだっただろうか。
 疑問に思い尋ねると、エイトはうん? と首をひねった。

「いや? 別にそこまで甘いものは好きじゃないけど」

 だよなぁ、と首を傾げるククールへ、エイトは言葉を続けた。

「なんつーの? ほら、回り見てたら皆欲しがってたからさ。俺もしとかなきゃいけないのかなぁって」
 ねだったらゼシカ、くれるかなぁ。

 そう言うエイトへ「どうだろうね」と返して、ぽんと彼の頭へ手を置いた。

「エイトくん。あんまりそういうことばっかしてっと、自分がどこにいるか分からなくなるぞ?」

 やんわりとした口調で言ったその言葉に、エイトがぴくりと肩を揺らせた。そしてゆっくりとククールの方へ視線を向けて、ふ、と笑みを浮かべる。

「元々どこにもいねぇもん」

 一言だけそう言った彼へ、不覚にもククールはすぐに言葉を紡ぐことができなかった。
 ぐ、と握り締めた手のひらから意識して力を抜いて、ぐりぐりと彼の頭を撫でる。

「そういうことは、探す努力をしてから言え」
 なんだったら、お兄さんも一緒に探してやっから。

 ぽんぽん、と軽く、優しく頭を撫でてやりながら言った言葉に、「頼りにならない助っ人だなぁ」と笑みを零したあと、エイトは先ほど浮かべたものとは打って変わった、明るい表情で言った。

「じゃあ、手始めに、バレンタインに何か頂戴?」
 チョコじゃなくてもいいからさ、とエイトは笑う。

「オレが? 男からでもいいってか。別にいいけどさ、今オレ、何も持ってねぇよ。次の町まで待つ?」

 ごそごそとポケットや懐を漁って几帳面にもそう尋ねてくるククールに、エイトは笑みを更に深くする。そう言うからには、本当に何か(多分女性が喜びそうなものだろうけど)プレゼントしてくれるだろう。ククールはそういう人だ。
 前を歩く二人へ「次の町って後どれくらい?」と尋ねているククールの服のすそを引っ張ってこちらを向かせる。
 どうした、と振り返った彼の唇を、素早く奪って、「今はこれで我慢しとく」と囁いた。

 ゼシカ、今日って何の日か知ってる? と、大声で尋ねながら彼女のもとへ走り去ったエイトの後姿を、ククールは顔を赤くして見詰めていた。
 今まで何十人もの女性を口説いてきた、それなりに経験もある、それなのにどうして。
 口づけ一つでこうも舞い上がってしまうのか。
 どうしてこうも翻弄され続けなければならないのか。
 リードされるのは好きではない、自分の思い通りに相手をリードする方がどれほど楽か。
 けれど、今この状況を嫌がっていない自分もまた確かにいるわけで。

「やっぱり読めないやつ」



 呟いたククールの耳へ、「ククール、敵よっ!」というゼシカの声が届いた。
 その声に慌てて馬車の前方へ走ると、そこにはなぜか満面の笑みを浮かべたいエイト。彼は本当に嬉しそうに笑いながら、魔物の群を指差した。


「チョコレートは、メッイッジッ!」
「もういいよ、そのネタはっ!」


 半分泣きの入ったククールが叫び声をあげるのと、ゼシカがメイジキメラの群へベギラゴンを放ったのはほぼ同時の出来事だった。





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2005.02.14








サイト立ち上げてすぐぐらいに書いた話。なんかノリが今と違うなぁ。
でもええ、うちのサイトですから、バレンタインだろうがそんなに甘くはなりませんよ。徹頭徹尾ギャグですよ。