「なんか、ゼシカってお母さんみたいだ」

 お嬢さまのくせして常日頃からあれやこれやと仲間たちの世話を焼く彼女を見て、ある日エイトは思わずそう呟いた。彼自身に母親という存在はおらず、人から聞いた話によるイメージしか持ち合わせていなかったが、それでもゼシカは限りなくそのイメージに近い。そう思ったから素直にそう言っただけのことだったのだか。

「あら、そぉ?」

 そう言ったゼシカの笑みがどこか引きつったものであったことに、幸か不幸かそのときのエイトは気付くことがなかった。




HEY! MOMMY!




 このまま進んだところで次の町に着く前に日が暮れてしまうのは確実だ。そう判断したエイトは一先ずこの町で今日の行程を終わりにしたい、と己が仕える王と仲間たちへ提案した。普段どれだけバカでめちゃくちゃな行動を繰り返そうとも、リーダである彼の判断はほぼ理に適っているものでこういう場面で反対する人間はほとんどいない。
 その日も例に漏れずエイトの意見は採用され、今日はまだ夕方と呼べるほど日は傾いていないが、たどり着いたその町に宿を取ることになった。
 町の中には入れないトロデ王と、姫のために安全な場所を探し、魔物対策に聖水をばら撒いておく。

「あー、もう聖水がないなぁ。買い足さねぇと」

 道具袋の中の残り少ない聖水を見て、エイトがそうぼやく。

「だったらあとで必要なものと一緒に買いに行きなさいよ。王さまと姫さまの食事の用意は代わりにやっておくから」

 彼の言葉を聞きとめたゼシカが背後からそう声をかけると、エイトは「ん、そうする。頼む」と素直に頷いた。そのまま流れでエイトが買出し係、ヤンガスとククールが情報収集、ゼシカが王と姫の食事を用意するついでに宿をとることになった。
 既に馬車の中でくつろいでいたトロデ王へ、すぐに夕食を持ってくることを告げ、四人はそろって町の中へと向かう。

「一応必要なもの書き出しておいたんだけど、何か要るものある?」

 ゼシカが白い紙切れを手に仲間を見回して問う。それぞれ「薬草」だの「キメラの翼」だのと、思い当たる道具を上げていくが、既にゼシカによってリストアップされていたらしい。

「じゃあ、これで全部ね。結構数があるから、そのまま店の人に見せて揃えてもらうと良いわ」

 そう言って、ゼシカはメモを折りたたんでエイトへ手渡す。それを受け取ってから、エイトは「分かった、ぼくお使いがんばるよ!」と緊張したような表情で言った。
 どうやら『初めてのお使い』に不安と期待で胸を膨らませている子供、というキャラクタらしい。

「…………そうね、頑張ってくれる?」

 ゼシカが頭を抱えて言うと「うん、ママのために頑張る!」とエイトは続けた。ゼシカはお母さんというキャラ付けらしい。やり取りを見ていたククールは、じゃあお父さんは誰だろう、と考える。自分か、ヤンガスか。ヤンガスをちらりと見ると彼も同じことを考えていたらしく、激しく首を振られた。辞退する、ということだろう。
 仕方ない、とククールは肩を竦めた。

「知らない人についていったら駄目だからな」

 エイトの肩に手を置いて顔を覗き込むように言い聞かせると、彼は神妙な顔で頷く。それを見て、我慢しきれなくなったらしいゼシカが盛大にため息をついた。しかし、そのあとすぐに口を開いた彼女は、エイトへ「寄り道しちゃ駄目だからね」と言う。

「道が分からなくなったら、近くの大人に聞くんだぞ?」
「馬車と人に気を付けるのよ」
「井戸を見かけても覗き込んじゃ駄目だからな」
「ツボとタルの破壊は後回しにしなさいね」

 思いつく限りのことをククールとゼシカが交互に口にし、エイトはいちいちそれに「うん、分かった」と頷いた。
 ネタを出し尽くしたククールが、最後に「父さんと母さんは宿屋で待ってるからな」と言うと、エイトは、

「うん、じゃあ、ぼく行って来る!」

 と、ようやく道具屋へと向かって行った。

 その後ろ姿を見やっていたところでゼシカがぼそりと「あんたと夫婦ってのは嫌ね」と呟いた。それを聞かなかったことにして、ククールは彼女へ尋ねる。

「ところでエイトに買出し頼んで良かったのか?」
 ぶっちゃけ、今オレらそんなに余裕ないぞ。

 五人と一匹(中身を見れば六人)の旅は何かと支出が多い。どれだけ魔物を倒して金を稼ごうとも、いつの間にか減っているのだ。
 しかしエイトは買出しをする際に、大体何か余計なものまで買ってくるのだ。彼の性格なのか趣味なのか。鼻眼鏡だとか、万華鏡だとか、小さなカスタネットだとか、大体が子供の遊び道具であるが、今や馬車の中には彼専用のおもちゃ箱まで用意してある始末。実際には野宿で暇なときに仲間たちの格好の暇つぶしの材料になっているのであまり彼をとがめることも出来ないのだが、金銭的に余裕がないときにそういう小ネタをされると困る。いつもならしつこいほどそれを注意するはずなのに、今日のゼシカは何故か一言もそれについて触れなかったのだ。
 尋ねられたゼシカはククールを見上げて「ふふ」と笑みを浮かべる。

「大丈夫よ、ママに抜かりはないわ」

 楽しそうにそう言って、「じゃあ私は部屋を取って、王さまたちの食事を用意してくるわね」と宿屋へと行ってしまった。
 彼女が浮かべた笑みが、悪戯を考えているエイトが浮かべるものとそっくりで。

「母さんを怒らせたら怖そうだなー」

 思わずぼやいてしまったククールの側で、全く同意、というかのようにヤンガスが深く頷いた。



 一方買出し役のエイトはというと、たどり着いた道具屋でいつものように小道具を物色していた。メモは既に店の主人に手渡してある。店主は開いた瞬間何故か微妙な顔してエイトとそのメモを見比べていたが、すぐに「今揃えますから」と笑みを浮かべた。

 この間クラッカーを買っていったからなぁ。タンバリンにするか。トライアングルとかもいいなぁ。

 店の片隅に置かれている雑貨類を眺めながら、エイトは真剣に考え込んでいた。

 なんか「どうすんの、そんなもの!」って思えるものが良いな。ピンポン玉、大量に買って帰ろうかなぁ。

 腕を組んで悩んでいたところで、背後から「お客さま」と店主が呼ぶ声がした。商品を揃え終えたのだろう。それに答えてからとりあえずエイトは大きなスーパーボールを四つ、手に持ってカウンタに置いた。

「これも一緒に」

 そう言うと、店主は眉根を寄せて苦笑する。どうしたのだろう。不思議に思って首を傾げると、「お母さんに怒られるよ?」と子供に言い聞かせるように言われてしまった。

「…………は?」
「え、だって、ほら」

 そう言って店主はカウンタに、先ほどエイトが渡したメモを広げる。そこには何故か平仮名ばかりで必要物資とその個数が書き出された後に、こう続けられていた。


『いらないものは かってこないこと
 かってきたら おこるからね
 がんばってね えいとくん
 ママ おうえんしてるよ』


 左隅の方に可愛らしくデフォルメされたゼシカ自身の似顔絵が描かれており、噴出しの中に「ふぁいと!」の文字。
 どこからどう見ても、子供に頼むお使いのメモそのもので。
 さすがのエイトもこれには赤面するしかない。

「ゼシカのやつ……っ!」

 結局エイトはスーパーボールを諦めて、逃げるようにその店を後にした。


 両手に物資を抱えてもうダッシュで宿屋に駆け込んだエイトが、店主から奪い取ってきたメモをゼシカに投げつけると彼女は「あら、だって私、お母さんなんでしょ?」とにっこりと笑みを浮かべる。

 そこでようやく彼は気が付いた。
 彼女を「お母さんみたい」と称したことが全ての原因だったのだ、ということに。
 しかし今さら気が付いたところで、過去の発言を取り消せるはずもなく。
 目の前でニコニコと笑っているゼシカに、エイトはぞっと背筋を震わせるしかなかった。



 翌朝。
 宿屋の食堂に現れたゼシカの顔には昨日と同じような怖いくらいの笑み。

「夜なべして作ったのよ」
「……何、これ」
「迷子札」
「要らねえよっ!」





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2005.03.01








……あー、なんか、うん。まぁいいか……(何なんだ。)
スーパーボールってのは、あれです、あの、祭りの出店で水の中をぐるぐる回ってて、すくい取るあれ。大量にあってもどうしようもないもの。
とりあえず、ゼシカお母さんを怒らせたら駄目なのです。