朝のひととき エイトという小柄な少年は、自分の感情に面白いくらいまでに無自覚的である。彼のはた迷惑な行動がそれに由来している、とは言わない。あれはおそらく彼の地で、楽しんでやっているだろう。そういう性格なのだ。 そうではなくもっとより深いところで、彼はどこかおかしい。そう感じることは多かった。 たとえば彼は人に「俺って今嬉しいの?」と自分の気持ちを尋ねる。それが冗談ではなく本気なのだ。本気で分からないから尋ねている。 感情がないわけではないだろう。嬉しい、楽しい、悲しい、辛い、腹立たしい、それらの感情がまったくないわけではない。ただ、気付いていないだけだ。 だから、とククールは考える。 もし彼が感情だけではなく本能的な欲求さえにも無自覚的ならば、と。 ククールは壁際のベッドで眠っている男を見やった。時間的にはそろそろ起床しなければならない。ククールはほとんど規律を守っていなかったとはいえ、規則正しい生活を強いる修道院育ちだから朝は強いし、早い方だ。だから大抵彼と同室になった場合は、彼より先に目覚めてしまう。 しばらくすればエイトも目覚めるのだけれどその時間はまちまちで、最近は彼が目覚めるのを待たずにククールが起こしてやっていた。 起こし方は様々だが大体は体に蹴りを入れる。するとエイトはすぐに目覚めて、「何すんじゃい」と枕を投げつけてくるのだ。 寝起きがいいのは、彼に睡眠に対する欲求がないからだと思っていた。同じように空腹を訴えないのは、そういう欲求がないからだと思っていた。エイトにはそういった人間臭い欲を感じさせない何かがある。潔癖で非人間的な何かが。 その姿に多少呆れを感じていたのだけれど。 最近ククールは己の考えを改め始めていた。 「おい、エイト。朝だぞ、起きろ」 起こさなくてもそのうち起きてくる彼の肩を揺すってやると、エイトはゆっくりと目を開けた。むくりと上体を起こし、「おはよ」と挨拶。 のそのそと起き出してすぐに仕度を始めるあたり、本当に寝起きはいいと思うのだけれど。 「エイト、頭、爆発してる。お前、昨日髪の毛乾かさずに寝たろ」 寝癖の酷い彼の頭を指摘してやると、エイトはがしがしと頭を掻いて「流行最先端の髪型なのです」と答えた。 「オレには分からん流行だよ」 肩を竦めてそう言い、顔を洗うために用意していた水桶を彼へと差し出してやる。 水で濡らして直せ、とそう言うと、彼は顔を洗って濡れた手で髪の毛を弄くった。鏡を見ながら何度かそれを繰り返すが、そのうち諦めたように、 「直りませぇん」 とククールの方を見る。 びよんびよん、と明後日の方向にそれぞれ跳ねる髪の毛に、ククールも苦笑するしかない。 「何でこんな髪になるかね」 「知りませぇん」 もともと器用ではない彼に代わり、ククールがエイトの髪を直そうとしてやる。しかし、何度濡らして撫で付けようが髪はびよん、と跳ねた。 「何でククールの髪には寝癖つかないの」 ククールの背中に流れる銀髪をしげしげと見つめて、エイトは不思議そうに言う。 「そりゃあれだ、ほら、オレのしつけがいき届いてるから」 そう言うと、エイトは「俺、どこで教育を間違えたんだろう」と深刻そうな顔をして自分の前髪を弾いた。 「ほんとに直んねぇな」 「直んないね」 「バンダナで誤魔化しきれるかな」 「きれないかな」 「今日一日この頭でいる?」 そう言うと、ふとエイトがククールを見上げて言った。 「ライデインをぶちかまして、いっそのことアフロ頭にするってのはどうだろう」 真顔でそう言う彼に、ククールはこらえきれずに笑い出してしまった。 ククールは最近気がついたことがある。 エイトが「お腹がすいた」とか「眠たい」とか、そういうことをあまり言わないのは、空腹や眠気を感じていないわけではなく、感情と同じように単純に自分が感じているものが何であるのか、彼が分からないだけではないだろうか、と。 つまり、どれほど寝起きが良かろうと、それは単純に起こされたから起きただけに過ぎず、やはり寝が足りてなければ体は眠いと訴えているのではないだろうか、と。 彼は普段から突拍子もない言動を繰り返している。それだってほとんどわざと人が困ることをしているのだ。だから今交わした会話だって、別段普段と変わりはない。むしろ普段よりも大人しい部類に入ると思う。 その上彼が「眠い」と口にすることはなく、眠そうな様子も一切見せないので、ククールもはじめはまったく気付かず、いつもと同じように適当にあしらっていた。 しかし。 どこかぼうっとした目、舌足らずな口調。 ほとほと困り果てたように自分の髪の毛を延々と弄り続ける仕草。 「いや、『どうだろう』って聞かれてもなぁ。アフロのお前はちょっとヤだなぁ」 いつもなら「何馬鹿なことを言ってんだ」と返すところだけれど、朝だけはそういう気分になれない。 ククールは最近気がついてしまったのだ。 彼の朝のこのどこか抜けたような反応は、いつものようなわざと取るふざけた言動では決してなく、単純に彼が寝ぼけているだけだ、ということに。 ククールが起こしてやったときは特に、自発的な目覚めではないからか、その症状が酷いということに。 どうせすぐにこの状態からいつもの状態に変わってしまうし、変わったところで大きな違いはないのだけれど。 それでも、もしかしたら「エイトは朝が弱い」ということに気がついているのは自分だけかもしれない、そう思うとこの抜けた言葉のやり取りも、なんだか楽しくて仕方がなかった。 だからククールは、エイトと同室になったときにはいつも彼を起こしてやる。 あっさりと目覚め体を起こす機敏さとは裏腹な、その抜けた仕草を見て楽しむために。 ブラウザバックでお戻りください。 2005.02.12
ほのぼの。寝起きのエイトさんは天然。 |