傾向と対策 サザンビークからリブルアーチを経てオークニスまで徒歩で向かっていたある日。北の関所への道の途中で、馬車の前を歩いていたエイトがふと振り返って、後方にいたゼシカに尋ねた。 「そういえばさ、ゼシカ、目がたくさんあるやつとか身体がぬるぬるしてる魔物、苦手だって前言ってなかったっけ?」 突然どうしてそのようなことを言い出したのか。首を傾げながらも、ゼシカは「ああ、言ったわね、そういえば」と彼の言葉を肯定する。そしてふと道端に目をやり、そこに北の関所と王家の山の道を示す立て札が立っていることに気が付いた。確かゼシカが苦手な魔物について口にしたのは、王家の山でのことだ。それでエイトも思い出したのだろう。 「で? それがどうかしたの?」 言葉の発端は分かったが彼の意図は読めないままで、そう尋ねるとエイトは「いや、何でだろうって思って」と言った。理由を聞きたいらしい。 「何で、って言われてもね。嫌いなものは嫌いとしか言いようがないわねぇ」 「ああ。好き嫌いってそもそも理由なんてないんだよなぁ」 ゼシカの隣を歩いていたククールがそう言って口を挟んできた。それを聞いたエイトが「そんなもんなの?」とヤンガスへと尋ねる。好き嫌いの概念をうまく捉え切れてないエイトには、よく分からないのかもしれない。 「うーん、しいて言うなら、リップスとかはやっぱり気持ち悪いからよね。ぬめぬめベトベト。塩撒いてやりたくなるわ」 「撒けば案外効くんじゃねぇの」 後方の二人がそう会話していたところで、「ねぇじゃあさぁ!」とエイトが呼びかけてきた。 「サイコロンとかは? 目が多いの」 「多けりゃいいってもんじゃないでしょ」 「数が多いのが嫌う理由かよ」 呆れたようにククールが言うと、彼女は「それも一つあるわね」と腰に手を当てて頷く。個性の強いエイトやヤンガス、トロデ王のようなメンバのパーティにいても引けを取らぬほど、その存在を主張している女性だけある。思考回路も非常に特殊だ。 多分このパーティで一番まともな考えを持っているのは自分なのではないだろうか。 最近ククールはよくそう思うようになっていたが、他のメンバから言わせると彼も十分にまともではない。 「六個も目が並んでるの見るとね、右上から順番に潰したくなるのよ」 「俺、絶対目がこれ以上増えるような進化は遂げないと今決めた」 真剣そうな声でそう言ったエイトへ「兄貴、進化するつもりだったんでげすか」とヤンガスが呟く。 「進化より先に成長をするべきだよな、あいつは」と隣を歩くゼシカへこっそり囁いたククールだったが、どうやらばっちりエイトの耳にも届いていたらしく、投げつけられた小石を避けてククールは肩を竦めた。 自分が小石を投げつけたことなどなかったかのように、エイトはヤンガスへと「じゃあヤンガスは苦手な魔物っていねぇの?」と尋ねている。 「アッシは別にいないでがすね。どれも敵ってことにゃ変わりねぇでげすから」 「いや、まあそりゃそうなんだけどさ。なんかこうやり難いとか、見た目が嫌とか」 「うーん、そうでげすねぇ……ああ、くしざしツインズとか嫌でがすかね」 「くしざしっていうと、ピーマン?」 非常に分かりやすく、簡潔に言い換えたエイトへヤンガスが頷いて答えた。 「え? ヤンガスってピーマン嫌いだったの?」 子供みたいなこと言うのね、とゼシカが呆れたように後ろから声をかけると、ヤンガスは「違うでげすよ!」と慌てたように言う。 「あいつらの見た目が嫌なんでがすよ。頭を串刺しにされてるのにやつら、ぴんぴんとしてやがる」 「あー、それ分かるかも。ちょっと気持ち悪いよな」 「あのニヤニヤした笑いを見てると、串を引っこ抜きたくなるんでがす」 「脳漿とか脳味噌とかどばーって飛び散ったらどうするんだよ」 「ガムテープで塞いでおいてやるでげす」 そんな彼らのやり取りにゼシカが「ピーマンだから中身、空なんじゃないの?」と首を傾げた。「むしろあいつらの頭の中身が空なんだろうよ」とククールが答えていたところで、前方から再びエイトの声がする。 「ククールは? 苦手な魔物、いねぇの?」 最後は自分に回ってくるだろう、と思っていた質問だったので、彼は考えもせずにあっさりと、 「「「ウィッチレディ」」」 と、答えようとしたところで、複数の声がそれを先に答えてしまった。まさにその魔物の名を言おうとしていたところだったので、唇が「ウ」の形で止まってしまい、おそらく外から見れば非常に間抜けな顔をしているだろう。自分のことなのに、ククールは人事のようにそう考えた。 そんなククールの様子に一斉に笑いが起こる。 「お前、分かりやすすぎ!」 「単純な男でがすなぁ」 「もっとこう、捻りとかきかせなさいよ」 それぞれに嬉しくない言葉を投げつけてくる。 「るせぇな。オレはこういうキャラで行くって決めてるんだよ」 ふて腐れたように答えると、「何その、無駄なキャラ作り」とエイトに爆笑された。きっと今の彼は箸が転がっても指をさして笑い転げるお年頃なのだ。そうに違いない、と決め付けて、ククールはふつふつとこみ上げる怒りを懸命に打ち消そうと努力する。 「ウィッチレディが苦手なのって、やっぱり相手が女の姿をしてるから?」 静かに内面での戦いを繰り広げていたククールの横から、ゼシカが見上げるようにして尋ねてきた。それに肩を竦めて口を開く。 「やっぱり女性を傷つけるなんて男のすることじゃないからな」 たとえ相手が人間とは異なる種族であろうとも、女は女だ。しかしそんなククールへエイトが「じゃあ、人面樹とかアークデーモンとかのメスが出てきても、戦いにくいってことか?」と余計な質問をしてくる。 「見た目って重要だよな」 「うっわ、サイテー」 きっぱりと外見が女っぽくなければ後はどうでもいいと答えるククールへ、エイトが苦笑しながらそう言った。 口を動かしながらも足は着々と北へと向かっている。破壊された北の関所を見上げて、ゼシカが小さく「ごめんなさい」と呟いたのを、ククールはあえて聞かなかったことにした。 関所を越えて上り坂を登りきればすぐにリブルアーチだ。時間も時間だから、と軽い昼食をその町でとり、昼休憩をしたのちにすぐに旅は再開される。 いくぶん茶色めいた色が多くなった景色を見やりながら、 「そういえば、お前は苦手な魔物とかいねぇの?」 とククールは前方を歩くエイトへ尋ねた。リブルアーチに到着してしまったため、リーダである彼の趣向を聞き逃していたのだ。ゼシカ、ヤンガス、ククールとそれを口にしていて、エイトだけ何も言わないというのは不公平だ。 尋ねられたエイトは「えーっ」と首を傾げている。 「別にいねぇなぁ」 その答えはなんとなく予想できていた。彼は好き嫌いをあまり口にしない、その理由は単純で自分で好きか嫌いかの判断が出来ないから。それでも尋ねてしまった自分自身にククールは苦笑を浮かべながらも、「やり難い相手くらいはいるだろう」と助け舟を出してやる。 前を行く小さなリーダは赤いバンダナを揺らして歩きながら「んー」と唸り声を上げた。 「あー、えー、そうだなぁ。やたらと強いのとかは嫌いだけど」 「そりゃ誰でもそうだろ」 「んー、」 エイトが言葉を発する前に、「兄貴っ!」というヤンガスの言葉に遮られた。彼の隣を歩いていたエイトも呼ばれた理由に気付き、すぐさま後方の二人へ注意を促す。 現れた魔物はこの周辺でよく見かける種類のもの、サイレスとアイアンクックの組み合わせだった。 「陛下、危険です、お下がりを」 現れた魔物を牽制しつつ、エイトがトロデ王とミーティア姫を庇うように立つ。これが戦闘開始の合図となる。 素早さのあるゼシカが先制して魔法を放ち、ほぼ同時にククールが地面を蹴る。ついでエイトも王と姫をヤンガスに任せて魔物へ向かい、ゼシカの攻撃が終わる頃にヤンガスがオノを振り上げる。ごく自然に、全員が馬車の近くからいなくなる瞬間がないように行動している。細かく気にしなくとも、それぞれのペースで行動したときにそうなっているのだ。ずいぶん相性のいいパーティだと思う。 集中して攻撃し、丁寧に一匹ずつ倒していく。敵が雑魚ならば全体攻撃をして一掃することもあるが、今のレベルでこの魔物たちが相手ならばその方がより早く、より安全に倒せるのだ。 すぐにサイレス二匹、アイアンクック二匹を倒し、魔物が残り一匹となった。 「エイト、ちょい待て、先にお前体力回復しとけ」 「あと一匹だから大丈夫だって」 エイトはそう言って最後のアイアンクックへと向かって走り、飛び上がってヤリを振り下ろした。マシン系の魔物だけあり、アイアンクックの体はかなり硬い。ガキン、と嫌な音がして、振動がヤリから腕へ、腕から頭へ伝わる。 「つぅっ」 顔を顰めてその振動に耐える。 そのため、目の前の魔物の変調に気付くのが遅れた。エイトがそれに気付いたのは背後からの仲間の声を聞いてからである。しかし加減せずアイアンクックを殴ったあとだったので、その痛みで平常より頭が回っていなかった。一向に魔物の側から離れようとしないエイトの襟首が、後ろからぐいと強く引かれる。 「いっ!?」 「バカかお前はっ!」 そう罵られると同時に、エイトの視界は赤一色に染まった。そしてその向こうで響く爆音。そういえば、とようやくしびれから解放されたエイトは己の記憶を引き出していた。 アイアンクックは瀕死になると自爆するのだ。自分の体を武器に相手を道連れにしようとする、そんな習性を持つ魔物だったのだ。 「ク、クールッ!」 おそらく先ほどのエイトの一撃では、倒すほどのダメージを与えられなかったのだろう。しかしアイアンクックを自爆させるには十分の威力を持ったものであった。力強く殴ったのが災いした。 爆発の衝撃が体に伝わるが、エイトへは一切攻撃は届いていない。それも当然だ、その攻撃は全て彼と、アイアンクックの間に入り込んだ人間の背で阻まれているのだから。 自分の間抜けさとうかつさに舌打ちをして、エイトは崩れそうになったククールを支えた。 「ちょっと、大丈夫!?」 「兄貴! ククールッ!」 仲間たちが心配そうな声を上げて駆け寄ってくる。それに手をあげて答えて、エイトはとりあえず魔力を集め始めた。 「何で庇ったんだよ」 ククールが入り込まなければ、エイトはあの爆発を正面から食らっていただろう。しかしそのことを棚に上げて、ククールに尋ねる。自分は守られるような存在ではない。それなのに何故。 しかし癒しの魔法を受けて傷が回復した彼は、「もろに食らえばお前、死んでただろうが」と当たり前のように言った。確かにあの時は、あと一匹だから、と体力回復をおろそかにしていた。だから彼の言う通りになっていた可能性もある。そうは思うが、それでも敵に背中を見せるなど無茶にも程がある。 「オレは体力に余裕あったし、自爆食らっても大丈夫なことが分かってたからな」 「分かんねぇよ? ククール、体力ないし。死んでたかもしれないじゃん」 「だから、あの自爆、前にも食らったことあるだろ。ってか、その前にお前、オレに言うことねぇの?」 そう言うククールへ、エイトは唇を尖らせて「ありがとうございました、助かりました」と礼を言った。それへ「何で不本意そうなの」と眉をひそめながらも、「どういたしまして」とククールが返す。 「でも、ククール、もうああいう無茶はすんなよ。俺は大丈夫だから」 何を根拠に「大丈夫」と言っているのか分からないが、そう言うエイトへククールが反論する前に、彼らの会話を聞いていたヤンガスが「だったら兄貴、今度からはきちんと体力も考えましょうや」と口を挟んだ。 「ククールだって、兄貴が体力的にヤバイから庇ったんでがすよ。攻撃を食らっても死ぬわけじゃないと分かってたら、わざわざ動かなかったでげしょう?」 尋ねられてククールは「ゼシカが相手なら動いていたけどね」と答えた。彼の行動理念はとことんフェミニストなのだ。男など基本的にはどうでもいい。 ヤンガスに諭されて、エイトはしぶしぶ「分かった、今度からは気を付ける」と頷いた。ククールやゼシカに言われたことはあまり素直に聞かないが、ヤンガスが言った場合、エイトは素直に聞くことが多い。何故ならヤンガスは滅多にエイトへ何かを求めたりしないからだ。彼が言うということはよほどのことなのだろう、とエイトがそう判断しているわけである。 戦闘で食らった傷をそれぞれ癒し、態勢を立て直してから再びオークニスへの道へと戻る。 しばらく歩いたところで、ふとエイトが、「決めた」と呟いた。先ほどの戦闘後から隊列を変えていたので、隣を歩いていたククールが「何を」と尋ねる。 「俺、アイアンクックを嫌いな魔物にする」 果てしなく文法のおかしい言葉だと思ったが、それを突っ込むことなく「何で」と理由を尋ねた。 もしかして先ほど庇われたことを気にしているのだろうか。何だかんだ言っても、彼は人が傷つくことを良しとしない、どこまでも自分に厳しい人間なのだ。それが分かっていて、それでもエイトを庇うようなことをしてしまうのだから、自分も相当彼に入れ込んでいるな、とククールは思う。 そんなククールの想いをよそに、エイトは「飛び散って自爆するから、たちが悪い」とその嫌う理由を口にした。 確かに自爆という手段を持つ魔物を相手にするのは、非常にやり難い。その部分は共感できたので、「なるほどな」とククールは頷いた。しかし、エイトの言葉にはまだ続きがあるようで、彼は決意をみなぎらせた瞳のまま強く言い放つ。 「だから、今度からアイアンクックが自爆したら、飛び散った部品を全部打ち返すことにする!」 うんうんと一人で頷きながらそう言う彼に、ククールはため息を禁じえなかった。そもそも「だから」という接続詞で繋がる文脈だろうか。 頭を抱えながら「好きにしろよ」と、そう返すのが今の彼には精一杯だった。 「だからって、本当に全部打ち返すバカがどこにいるんだ! ってか、何で全部こっちに破片が飛ぶんだよ!!」 しばらくして、エイトによって打ち返されたアイアンクックの破片を食らい、頭から血を流しながらリーダを問い詰める赤いカリスマの姿を見ることができたとか。 「違うぞ、ククール。飛んだんじゃない、飛ばしたんだ」 「お前、オレのこと嫌いかっ!?」 ブラウザバックでお戻りください。 2005.03.07
違うぞ、ククール。エイトさんは、君が好きで好きで仕方ないんだよ。 構って欲しいだけなんだよ、君は迷惑かも知らんけどな。 ところで、何で彼らはサザンビークからオークニスへ徒歩で向かっていたんだろう。 |