※タイトルどおりパラレルものです。
 苦手な方はご注意ください。



ようこそ、ドラクエ学園へ


 四月某日。新学期が始まり、ざわざわと落ち着かない雰囲気に包まれている朝の教室。
 ガラリとドアを開け、教室から頭だけを出して廊下を見渡している少年が一人。人の気配がしないことを確認すると、彼はにんまりと笑みを浮かべる。そして、近くにあった机を引き寄せると上履きを脱いでその上に上った。背が低い彼の場合、イスでは届かないのだ。
 机の上で何やら作業を始めた彼の後ろから、女生徒が一人呆れたように「エイト、いい加減にしとけば?」と声をかける。

「何言ってんだよ、ゼシカ。俺はこれをするために学校へ来ているといっても過言ではない!」

 胸を張って言い切ったエイトへ、ゼシカは盛大にため息をついた。

「お願いだから、悪戯を生きがいにするの、やめてくれる?」
「馬鹿言うなって。俺から悪戯取ったら、ルックスしか残らねぇじゃねえか」
「……今すごくあんたを殴り飛ばしたい気分だわ」

 拳を握り締めたまま低い声で言ったゼシカへ「冗談だから殴っちゃいやん」と返しながら、彼は机の上に立ち上がった。そして、引き戸と柱の間にチョークの粉がたっぷり含まれている黒板消しをはさみこむ。
 満足そうに扉を見るエイトを目にし、ゼシカは再びため息をついた。

「いくら新米教師だからってそんな古典的な悪戯に引っかかる馬鹿、いるわけないでしょう?」

 彼らのクラスの担任は、今年初めてクラスを受け持つ教師らしい。その情報を聞きつけた(おそらくエイトと仲の良い、トロデ校長あたりからだろう)彼は、嬉々として歓迎の準備を始めたわけである。

「濡れた雑巾とかナマモノとかじゃないだけ、まだマシと思わねぇ?」
「女の先生だったらどうすんのよ。泣き出すかもしれないわよ?」
「そんな教師、さっさと辞めちまえ」

 暴言を吐きながらエイトは、教室の後ろの扉へと走っていく。そこから顔を出して左右を確認したところで、チャイムの音が鳴った。

「一応こっち、鍵、閉めとこ」

 新米教師が初日でフェイントをかけて後から入ってくることはないだろうが、念には念を入れてエイトは後のドアを閉め鍵をかけた。そしてにまにまと笑いながら、窓際から二列目の一番前にある自分の席へと戻っていく。

 別に悪戯が成功する、しないはエイトにとってはどうでもいいのだ。成功しようがしまいが、彼にとって興味がある事柄はそのあとの教師の反応なのである。高校生になってくだらない、と怒り出すのか、それとも何事もなかったかのように無視するのか、それとも笑ってくれるのか。
 希望としては一番最後の反応がいいな、と考えていたところで、こつこつと廊下を歩く音が聞こえてきた。その足音はゆっくりと教室の前を通り過ぎていき隣のクラスへと入っていく。そろそろこのクラスにも担任がくるだろう。

 さて、どんな先生かな。


 期待に胸を膨らませてエイトが扉と、自分が仕掛けた黒板消しを凝視していると、突然、スコンという軽い音とともに挟んであった黒板消しがこちら側に飛んできた。

「なっ!?」

 エイトはとっさに机の上に出していたノートを自分の顔の前に掲げる。かなりの勢いで飛んできた黒板消しはノートと、彼の腕に衝撃を与えて彼の机の上に落ちた。直撃は避けたもののぶつかった衝撃で、チョークの粉がもうもうと立ち上る。それに咳き込みながら、エイトは驚きを隠せないでいた。

 け、気配がしなかった……!

 いつもならば先生が来たことくらい分かるのに、今日は黒板消しが飛んでくるまで、いや飛んできた後でも扉の向こうには人の気配がしないのだ。
 目を丸くしたまま未だ黒板消しの幅だけ開いている扉を見やる。
 がらがら、と音をさせて入ってきたのは、綺麗な銀髪を背中に流した、長身の男だった。

「おー、お前、すごい反射神経だなぁ」

 新米教師の第一声がそれである。
 さすがのエイトも反応しきれず、呆けたまま彼を見上げるしかなかった。

「せ、先生、一体何を……」
「いや? 何かずいぶん懐かしい悪戯が見えたものだから、思わずこいつでスコンと」

 そう言いながら彼は出席簿を掲げてにやりと笑う。かなりの勢いで殴ったのだろう。それがそのままエイトの所へ届いた、とそういうことらしい。

「で。こんなことするのはどの馬鹿だ?」

 教師はにやにやと笑みを浮かべたまま教室を見渡す。一番前の席であるエイトは直接見ることはできなかったが、それでも大体分かる。おそらく皆一様にこちらを見ているだろう、と。

 この先生鋭そうだし、気付かれるかもなぁ。

 そう考えていたところで、がたん、とイスから立ち上がる音がし、同時にゼシカの声が聞こえた。

「その馬鹿です」

 きっぱりと言い切られた言葉にエイトは驚いて振り返る。そこには真っ直ぐにこちらを指差しているゼシカの姿。

「な、ゼシカ、お前、友達を売るっての!?」
「あんたは友達に嘘をつけって言うの?」
「時には必要な嘘もあるだろう?」
「必要かどうかは私が判断するわ」
「じゃあ、俺のことは必要じゃないってこと!? 酷ぇよゼシカ、信じてたのにぃっ!」
「何をどういう風に信じてたのか、じっくり話し合いたいわね」

 うわぁあん、と泣きまねを始めたエイトへ、ゼシカがひるみもせずに言葉を返す。その二人の喧嘩を止めたのは、半ば放置されていた新米教師だった。

「はいはい。二人が仲良しさんなのは分かったから。取りあずホームルームを始めさせてくれ」

 そう言いながら、未だにエイトの机の上に転がっていた黒板消しをもとの位置へ戻して、教卓の前へ立った。

「オレはククール。今日からこのクラスの担任になる。担当教化は化学。一年間、よろしくな」

 彼は教室を見回してそう言うと、出席簿を開いた。

「と、その前に、そこの少年」

 順番に名前を読み上げる前に、ククールはエイトの方を向いて尋ねる。

「名前は?」
「……エイト」

 ここで答えなかったところで、すぐに出席が取られてばれるのだ。エイトが素直に答えると、ククールはにっこりと、いやな笑みを浮かべた。

「そう。エイトくん。君、今日の放課後居残りね」

 あっさりとそう言われ、エイトが何か反論を言う前にククールは出席を取り始めた。


 居残りなど冗談ではない。きっと説教に決っている。
 そう思いふて腐れているエイトではあるが、それでもあの黒板消しの悪戯を殴り飛ばすという反応を返した教師は初めてで、これから一年、もしかしたら今までにない学校生活が遅れるかもしれないという期待を抱いているのも確かであった。




***




「……って、いう夢を見たんだ。だからさ……」

 宿屋の一室。ベッドに腰掛けているククールの前に、エイトが床の上に正座した状態でそう言った。

「だから?」

 話を促されてエイトは「えと、だから……」と言いよどむ。

「エイト、話をするときは人の顔を見ろって教わらなかったか?」

 口ごもってしまった彼へ、ククールは低い声でそう言った。
 それもそのはず、エイトは先ほどからククールの顔を一切見ようとしていない。まったく別方向を見ながら、長い夢の話を口にしていたのだ。
 エイトはしぶしぶとククールの方を向いた。

「で? 話の続きは?」

 再び促され、エイトは「う、うんと、ね……」と考えながら言葉を口にする。

「だ、だから、ゆ、夢の、中……っぶっ、のっ、くっ、ク、クールがっ……か、カッコ……良かった、から……」

 途切れ途切れにそう言うエイトの顔は酷く歪んでいて、目にはうっすらと涙がたまっているようだった。彼のその様子を目の当たりにし、ぴくりとククールのこめかみが引きつる。

「ふっ……あ、あのっ……ククール、さん?」

 く、と喉の奥を震わせるエイトに呼ばれ、ククールは「何」と言葉を返した。

「ず、ずいぶんと、あの、ふ、老けた感じが、す、っするの、ですが」
 どうかされました?

 口元に手を当てて笑いを堪えながらそう尋ねてくるエイト。
 彼の言葉に重なるように、ククールの怒声が室内に響いた。



「お前が聖者の灰をドアの隙間に挟んでたからだろうがっ!!」



 ククールは腰を浮かせて、目の前のエイトの胸倉を掴む。彼が動くたびに、頭の上から盛大にかかっている白い粉が辺りに舞った。
 彼の整った顔も綺麗な銀髪も、その灰の所為ですべてが台なしだ。

「だ、だって、まさか、ひっか、かるとは……ぶっ、あっ、あははははっ!!」

 ついに堪えきれなくなったらしいエイトが、ククールの顔を見て噴出した。指で指してまで笑い続ける彼から手を離し、ククールはやり切れぬ怒りをぶつけるようにエイトの頭を拳で殴る。

「お前、オレが風呂入ってる間そこでずっと正座してろ」

 頭を抱えてそう言うも、エイトは聞いているのかいないのか、こちらを見て笑っている。あまつさえ「夢の中のククール先生はあっさり見抜いてカッコ良かったのに!」と言い出す始末。

 ぷちん、と頭の中で何かがはじける音を、ククールは生まれてはじめて耳にした。





「……兄貴、今度は何をやったんでがすか?」
「哀れね」

 両手は後で、足は正座のまま膝をぐるぐるに縛られ、猿轡をかまされた状態で、首から『僕は馬鹿です』というカードをぶら下げさせられて宿屋の廊下に放置されているエイトを見下ろして、他の仲間二人がため息とともにそう呟いた。





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2005.02.26








…………ご、ごめんなさいすみません、ほんとごめんなさい。
コメントで学園もののリクをいただいたので頑張ってみたのですが、小具之介の筆力ではこれが限界でした……。
リクを下さった方、ありがとうございました。想像されていたものからかなりかけ離れていると思われます、期待に添えず申し訳ないです。
最後まで読んでくださった方々を代表して、作者小具之介が叫んどきます。
「夢オチかよっ!」