悪魔の誘惑


「みんな、聞いてくれ」

 場所はサザンビーク城内。以前チャゴス王子を探すときにも歩き回ったのだが、ヤンガスの盗賊の鼻によるともう少し宝があるらしい。最後のカギも手に入れているので、もらえるものはもらってしまおうと城の中を歩き回っている最中である。
 西塔の最上階、見張り台まで上ってそこにいた兵と会話を交わす。城下町を見渡してその景色に感動し、さて降りようか、という時になってエイトが大真面目な顔をして他の三人を引きとめた。

「俺は今非常に深刻な悩みを抱えている」

 言葉どおり深刻そうな顔をしてはいるが、どうしてこんなときこの場所でそのようなことを言い出したのか。
 ずっと下まで続いている螺旋階段を見下ろしながら、仲間たちはため息をついた。

「深刻って言ったってお前のことだ、どうせくだらねぇんだろ」

 代表するようにククールがそう言うと、エイトは「何を失礼な!」と眉を吊り上げた。

「ここで踏みとどまっておかないと俺はきっとどこまでも堕ちてしまう、それは分かってるんだ。でも俺の耳元で悪魔が誘惑する……」

 苦しそうにそう吐き出すエイト。さすがにヤンガスが「兄貴、そこまで思いつめて……」と心配そうな声を上げた。

「…………だから、一体何に悩んでるんだ?」

 あまり聞きたくはなかったが、聞かないことには話が進まない。ククールが思い切って尋ねると、エイトはビシッ! と下へと伸びる長い螺旋階段を指差して叫んだ。


「この螺旋階段を駆け下りたくて仕方ないんだ!」


 やっぱり聞くんじゃなかった、という思いが三人それぞれに襲い掛かる。

「……駆け下りればいいじゃない」

 もう付き合うのも馬鹿らしい、とでもいうかのように額を抑えてゼシカが言うと、エイトは「何をふざけたことを!」とまた眉を上げた。

「考えてもみろよ、ゼシカ。この長い螺旋階段だを駆け下りるんだ、そのうち止まらなくなって、下の壁に激突するのは目に見えてるだろう!?」


 ああ、確かにその通りかも知れない。
 というかエイトならばおそらく、お約束通りにそうなるだろう。
 はぁ、と深くため息をついたゼシカの側で、エイトは悩ましげに眉を寄せた。


「駆け下りたくて仕方ないけど、痛い思いをするのはいやだ! ああ! 俺はどうしたらいいんだ!?」


 さっさとこの場から逃げ出したいけれども、馬鹿なリーダを放っておくこともできない。一人にして何かしでかしたら、と考えると、怖くてとてもではないができないのだ。彼の相手をする人間を、ありていにいえば子守りを側に置いておかないと安心して夜も眠れないかもしれない。


「……じゃ、じゃあ、兄貴。駆け下りて、止まらなくなっても大丈夫なように、下にマットとか布団とか置いとけばいいんじゃないでがすか?」

 壁に激突しても怪我をしないように。
 ヤンガスがそう提案する。そして、「なんだったらアッシ、ひとっ走りして調達してきやしょうか」と甲斐甲斐しくも名乗りを上げてくれた。

 是非そうしてくれ、それでエイトの気がすむのなら、もう今すぐにでも。

 ククールとゼシカが期待を込めた目でヤンガスを見る。そんな彼らの様子に無頓着なエイトは「ああ、なるほど、そういう手があったか」と頷いていた。しかし、「でも、俺は今すぐやりたいんだよな。待ってらんねぇ」と呟いたのち、何を思いついたのかぽむ、と両手を合わせた。
 そして、びし、と己の弟分を指差すと、

「ヤンガス、お前が布団代わりになれ」

 とあっさりとのたまった。


「…………は?」

 あまりの言葉にヤンガスが一瞬意味を取れずにそう尋ね返すも、エイトはそれを無視して一人興奮したまま言葉を続けた。


「うん、それがいい、駆け下りた俺が壁に激突する前にヤンガスが止めて、ククールは万一俺かヤンガスかが怪我したときのために治癒係として側で待機、ゼシカはハッスルダンスで場を盛り上げる、カンペキ!」


 よしじゃあみんなそれぞれ持ち場について、とエイトが言う前に、その背中をククールが螺旋階段へ向けて蹴り飛ばした。

 それほど強い力ではなかったが、よろめいた体を支えるためにエイトは一歩、階段へ足を下ろす。それだけでは支えきれず、もう一段階段を下りた。それを繰り返すうちに勢いのついたエイトは、「うわああぁぁあっ!」と悲鳴を上げながら螺旋階段を駆け下りていく。彼が言ったように、どうやら途中で足が止められないらしい。それもそうだろう、あれだけ勢いがついていたらおそらく誰であろうと途中で止まるのは無理だ。

 しばらく後を引く悲鳴がぐるぐると下へ降りていくのを聞いていた仲間たちは、どごん、という鈍い音に同様に肩を竦めた。



「死んだかな」
「……死んでると思う?」
「これくらいで死ぬような兄貴じゃないでがすよ」

 下を覗き込みながら言ったククールへゼシカがそう尋ね、ヤンガスがどこか疲れたように答えた。


 彼らの推測どおり何故か傷一つおわずピンピンしているエイトが、「面白かったからもう一回」とものすごい勢いで駆け上がってくるのはそのすぐあとのことである。





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2005.02.13








これは四コマか何かでやるべきネタだと思った。
未確認のまま(ごめんなさい)ですが、多分螺旋階段はサザンビーク城の西側だったはず。
エイトにも少しくらい痛い目を見てもらおうと思ったのですが、懲りてくれませんでした。