渚のシンドバッド


「海だーっ! やったーーっ!! ……じゃかじゃん! あ」
「頼むから、海見てはしゃぐのはいいから、誰も分からないネタをするのはやめて。ここ日本海じゃないから。お前、カブに乗ってねぇから」

 その先を続けようとしたエイトの口を後ろからククールが押さえ込む。エイトは不服そうにもごもごとまだ何かを言っていたが、ククールが手を離す気がないことを知ると諦めて大人しくなった。

「なんだよ、海見て叫ぶのは常識だろう?」

 自由になると同時に振り返ってそう非難する。

「叫ぶ内容が問題なの。もっと一般的に通用するものにしなさい」
「…………」

 少しの間考え込んで、

「青春とは何だーーっ!」

 とエイトは叫んだ。

「オレの青春は明らかにお前の子守りで消費されてるよ」
「青春って年かよ」
「ゼシカ、今すぐメタッピーかガチャコッコ連れてきてくれないか?」

 あのモンスタは小さい姿のわりに非常に重い。二、三匹足につけて沈めれば、おそらく彼とて浮かび上がってはこないだろう。そう思って側にいたゼシカに言うと、彼女は「気持ちは分かるけどやめときなさい」と海を見ながら言った。

「エイトなら重りつけたまま、笑いながら泳ぎかねないわ」
「……お前の中で、エイトがどういう存在として捕らえられているのかがよく分かる発言だな」



 ここはサザンビーク国の南に広がる綺麗なビーチである。このような場所があることは知っていたし、何度か訪れたこともあったのだが今日は初めからここへくることが目的だった。
 馬車の旅に飽きたらしいトロデ王が、広い場所で羽を伸ばしたい、とそう言ったのだ。ならばみんなで気兼ねなく遊べる場所がいい、海で泳ぐというのはどうだろう、と話が進んだ。
 ラプソーンを倒さなければならない、という大きな目的のある旅だが、それでもやはり途中で息抜きをしないと蓄積された疲労がいつ爆発するか分からない。今日一日を休憩日とすることに、誰も異論を唱えなかった。



「浮き輪、買ってくればよかったかしら」
「……ゼシカ、アッシは浮き輪代わりにならないでがすよ」

 こちらを見ながらしみじみとそう言うゼシカへ、ヤンガスは牽制とばかりに言葉を放つ。「脂肪は浮くと言うからの」と側で笑いながら口を挟んできたトロデ王を抱え上げ、ヤンガスは海へと放り投げた。
 「ぬおおぅ」と奇声を発して宙を舞ったトロデ王は、空中で器用に体勢を立て直して綺麗に頭から海へと飛び込む。そのままばしゃばしゃとヤンガスのほうへ泳いできて、「何をするんじゃ!」と怒りの声を上げる。怒られながらもヤンガスは「おっさん、すげぇ運動神経いいでがすな」と感心したよう言った。

「当たり前じゃ。一国の王たるもの、何でもできんでどうする」
「でも、馬姫さまは泳げないんじゃなかったでがすか」
「姫は女の子だから別にいいのよ、ねー?」

 波打ち際で足を取られぬように波と遊んでいた姫へ、ゼシカが声をかけると、彼女はヒヒン、と鳴き声をもらした。

 塩辛い水と、不規則に打ち寄せる波と戯れていたところで、突然遠くから「みんなーっ!」と呼ぶエイトの声がした。
 三人と一匹が同時にその声のした方を見やると、エイトは一人沖の方に浮かんでこちらへ手を振っている。

「そこで見ててーっ!」

 そう叫ぶと、エイトは突然海の中へもぐりこんだ。

「何が始まるのかしら」
「さぁ? でも兄貴のことだから、きっとすげぇことに違いねぇでげす」

 エイトのことだからこそ、きっとくだらないに違いないわ。
 ゼシカはそう思ったが口にはせずに、じっとエイトがもぐった方向を見た。

 ざばり、と水を掻き分けて足(おそらく右足だ)が海の中から突き出る。ゆっくりと伸びていく足へ左足が添えられ、両足が海面から突き出たところで、それがV字に広げられた。

「……シンクロでげすか?」
「そうみたいね。でもずいぶん綺麗にできてるわねぇ」

 足は筋が入っているのかと思うほどつま先まで綺麗に伸びている。よほど練習しないとここまでの演技はできないだろう。
 エイトの多芸さに感心していると、V字に開かれた足が閉じ、くるくると回りながらゆっくりと海の中へと沈んでいった。

「おおーっ!」

 あまりの綺麗さに思わず感嘆の声を上げ、拍手をしてしまう。
 まだまだ演技は続くようで、エイトが沈んだ海面に動きが現れた。肘が現れ腕が伸び、一度海の中へ沈む。
 次の瞬間、腕が沈んだその場所から、勢いよくククールが飛び出してきた。


「えぇっ!?」
「なんでっ!?」


 突然演じ手が変わったことに驚いている一同をよそに、ククールは満面の笑みでふたたび海面へと沈んでいく。しばらくするとようやく二人同時に海の中から顔を出して、こちらへ向かってお辞儀をした。どうやら一発芸は終りらしい。

 ゆっくりとこちらへ泳いで近寄ってきたエイトが「おもしろかった?」と尋ねてくる。彼の顔に浮かんでいるものは満足そうな笑み。
 ゼシカは額を抑えながら「ネタじゃなく、もっと別のところに心血を注ぎなさいよ」と呆れたように言う。そして「あんたさぁ」とククールの方を向いた。

「もしかしてずっと潜って待ってたの?」

 ゼシカに言われ、ククールは「うん」と頷いた。

「思ったより長くて苦しかった。笑顔を作るのが大変だったぜ」

 至極真面目な表情でそんなことを言われても、なんと返していいのか分からない。ゼシカはため息をついて「そう、よく頑張ったわね」と投げやりに言った。

 そんな彼らの後ろでは、エイトを中心として大きな砂の城作りが始まっている。こういった遊びに関しては、たとえ経験がなくともエイトは天才的な才能を発揮する。どうしてそれが普段の生活やあるいは戦闘中に出てこないのか、ゼシカは不思議で仕方がない。


 呆れたような視線で彼らを見ていると、ふと、馬姫がゼシカの方へ近寄ってきた。何か物言いたげな目をしている。「どうしたの」と声をかけると、彼女は少しだけ躊躇って鼻先でゼシカの胸を突いてきた。水着を着ているためか彼女のバストはいつも以上にその豊満さを周囲にアピールしており、衝撃でふるふると揺れる。
 もし今のがミーティア姫の行動でなければ即行でメラゾーマを打ち込んでいただろうが、彼女に限ってやましい気持ちがあるわけではないだろう。そもそも同性なのだ。同性で、今の行動。プラス、泉で呪いが解けたミーティア姫の姿を考え合わせると。

「どうしたらこんなに大きくなるのか、って聞きたいの?」

 ゼシカが問い掛けると、ミーティア姫はぶんぶんと首を勢いよく縦に振った。
 その姿にゼシカは軽く笑みをこぼす。たとえ一国の王女であったとしても、悩みはその辺りにいる町娘とそう大して変わらないらしい。こういうことは女の子にとっては死活問題だったりするのだ。

「うーん、私、特に何かしたわけでもないのよねぇ。よく食べてよく寝て、しっかり体動かせば自然に成長するものなんじゃないのかしら?」

 何もせずともいつの間にかこのように成長していたのだ、尋ねられても有用な答えなど出てくるはずもない。考えながら適当に言うと、それでも姫にはなにやら思い当たるところがあるらしく、真剣な表情で(そういう風に見える、というゼシカの判断だが)頷いていた。
 その姿があまりにも可愛らしくて。

「ねぇ、ミーティア姫」

 名前を呼ぶと小さく首をかしげる姫。

 そんな彼女たちの前では、エイトが一心に砂の城作りに身を投じており、他の三人は城作りに飽きたらしく、ヤンガスの体を砂に埋めて遊んでいた。もちろん彼の顔に続くようにククールがしっかりと砂で身体を作り上げており、それがナイス・バディの女体であったため、ヤンガスの人相の悪い顔とのあまりのミスマッチに側でトロデ王が爆笑している。
 そんな光景を見やりながら、ゼシカは口を開いた。

「呪いが解けて、人の姿に戻ったら、またみんなでこうして遊びましょうね」
 体を動かせばきっと胸も大きくなるわよ。

 ゼシカが笑って言うと、ミーティア姫もにっこりと笑みを浮かべて(あくまでもゼシカの主観である)、頷いた。

 二人が密やかに女同士の約束を交わしていたところへ、「姫!」と弾んだエイトの声が割って入る。何事かとそちらを見やると、どうやら砂の城が完成したらしい。見てください、とエイトは嬉しそうに胸を張って自分が作り上げた砂の城を指差した。
 その姿はまさに自分の工作を親に褒めてもらいたい子供そのもの。
 あまりに微笑ましい姿にゼシカが苦笑を浮かべたところで、エイトがミーティア姫に言った。


「姫殿下、以前に巨大化して城を踏み潰してみたい、と仰っていたでしょう? 本物と似ても似つかぬ砂の城ではありますが、これで予行練習してみては如何です?」


 ゼシカが思わず馬姫の顔を振り返ると、彼女は生き生きとした表情をしていた。これはゼシカの主観ではない、おそらく、たぶん、いや、絶対に。誰が見ても今のミーティア姫は嬉しそうな顔をしている、そう断言するだろう。
 エイトの言葉にミーティアはその顔のまま頷くと、しゃなりしゃなりと優雅な足取りで、砂浜に蹄のあとをつけながら城の方へと進み出た。

「さあ、姫。一思いにどうぞ」

 エイトは自分が苦労して作り上げているはずのそれを、嬉しそうに差し出す。
 それにやはり姫も嬉しそうに頷くと、砂の城を破壊せんと右前足を振り上げた。
 まさにそのとき。


 マーマンが現れた!


 突然の海からのモンスタの登場に仲間たちは驚いて身を構える。ざばり、と海から上がってきた魔物は、まずは一番近くにいたエイトとミーティア姫をターゲットとしたらしく、彼らの方を向く。
 しかし魔物に狙われているというのに、二人とも微動だにせずにある一点を見つめていた。
 ある一点、それはすなわち、エイトが作り上げた砂の城があった部分であり。

 ゼシカがそこを見やると、どうやら魔物が海から飛び出た衝撃で起きた波に、砂の城は無残にも潰されてしまっていた。
 エイトとミーティアは呆然としたまま城を見ていたが、二人同時にきつい眼差しで現れたマーマンを睨む。


 マーマンはまごまごしている!
 マーマンは何をしていいのかわからない!




 二人の剣幕に押されたらしく攻撃を仕掛けてこないマーマンへ、ミーティア姫は(やはりしゃなりしゃなりと優雅な足取りで)近寄ると、思い切りマーマンを海の彼方へと蹴り飛ばした。



 ミーティア姫の攻撃!
 会心の一撃、マーマンに550のダメージ!
 マーマンをやっつけた!






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2005.04.28








ちゃらら、らっちゃらー。
ミーティア姫のレベルが上がった。