サンタクロースへ


 クリスマスも近い、とある冬の日。エイトたち一向は、ある小さな町の宿屋に部屋を取っていた。
 こじんまりとしたその宿は清潔で明るく、宿を仕切る女将の人柄も良いため、近くまで来たときには大抵そこに泊まるようにしている。何度か訪れるうちに顔馴染みとなり、今では名乗らずとも現れただけで部屋を二つ、用意してくれるようにまでなっていた。
 そんな宿屋の入り口で、女将と一緒にエイトとゼシカがなにやらしゃがみこんで作業をしている。彼らの見える位置にあるテーブルでは、ククールが足を組んで紅茶を飲み、ヤンガスが出された焼き菓子を遠慮なくほおばっていた。

「これは? ぐるぐる巻けばいいの?」
「自分に巻いちゃ駄目よ。もみの木を飾るの」

 きらきらと光るモールを手にとって尋ねてきたエイトへ、ゼシカがまじめな顔で答える。普通ならそんなことなど注意せずとも分かるのだろうが、相手がエイトなのでさせるクギは今のうちにさしておくに限る。
 案の定彼はちっと小さく舌打ちをして、金色のモールを彼の背丈ほどある鉢植えのもみの木へと巻きつけ始めた。

「悪いね、手伝ってもらっちゃって。助かるよ」

 自分も小さなモニュメントを枝へ吊り下げながら、女将が二人へ口を開く。

「いいえ、こちらこそ。手伝わせてくれてありがとう。こういうの久しぶりだから楽しいわ」

 ね、とエイトへ相槌を求めると、彼は「うん、やったことなかったから楽しい」と頷いた。

「へぇ、クリスマスツリー、家になかったのかい?」

 やったことがない、というエイトの言葉に女将が驚いてそう尋ねる。それにもう一度頷いて、エイトは頬を掻いた。

「だってクリスマスって城で大きなパーティーが開かれるからさ、警備するのが大変なんだ。妻子持ちとか恋人がいる奴は休みたがるから人手も減るし。俺、家族も恋人もなかったからこの時期は休みなく働いてた」

 城で行われるパーティーならさぞかし盛大なものだったろう。国内の要人は当然ながら、もしかしたら国外の要人さえ集まっていたかもしれない。そうなると城を守る兵士たちに休める暇などあるはずもない。
 「そりゃご苦労だねぇ」と気の毒そうな顔で女将が言ったところで、階段の方から賑やかな声と足音が響いてきた。
 あの軽そうな足音はおそらくこの宿の子供たちだろう。エイトがあたりをつけたとおり、現れたのは女将の二人の子供たちだった。彼らは何やら赤いものを手に、飾り付けられていくツリーへと突進してくる。

「あんたたち、サンタさんへのお願いは決まったのかい?」

 そんな子供たちへ女将がそう声をかけた。

「決まった!」
「あたしも!」

 元気良くそう返事をし、持っていた小さな赤い靴下を頭上へと掲げる。そしてその靴下をいそいそとツリーへとぶら下げ始めた。より高いところ、より高いところと小さな姉弟が背伸びをして頑張っている姿は微笑ましく、子供があまり得意ではないククールでさえも、思わず口元が緩んでしまう。
 しかしただ一人、はしゃぐ彼らを見てきょとん、と首を傾げている人物がいた。エイトだ。彼は傾げた首を逆方向へと傾けて、口を開く。

「サンタさん、って何?」

 その言葉に彼の仲間たちが声を発する前に「えーっ!」と、驚いた子供たちの声が響いた。

「エイトにーちゃん、サンタさん知らないの!?」
「うわっ、かわいそう!」

 姉弟がそれぞれ口々にエイトへ驚きと同情の言葉をかける。それにエイトは、「俺、馬鹿だから知らないこといっぱいあるんだよ」と苦笑を浮かべた。

「サンタさんってのはね、サンタクロースって言って、クリスマスにプレゼントをくれる人のことよ」
「今ねーちゃんと一緒に、サンタさんへの手紙、書いてきたんだ」

 腰に手を当ててそう説明してくれた姉の横で、弟が小さな靴下をひらひらと振る。

「その中に手紙、入ってるの?」

 エイトが尋ねると彼は「そうだよ」と頷く。

「これをもみの木に飾ったら、サンタさんがクリスマスに欲しいものをくれるんだ」

 胸を張ってそう答えると、彼は再びもみの木へそれを飾ろうと手を伸ばした。
 サンタクロースの手紙を靴下に入れ、もみの木に飾るとはあまり聞かない話だ。女将の方へ顔を向けると彼女は苦笑を浮かべて肩をすくめていた。おそらく子供たちが寝静まったころに夫とともにこっそりと中を覗いて、子供たちが欲するものを確認するのだろう。クリスマスまでに彼らに気づかれぬようにその品々を用意しなければならないのだから、親というのも大変なものである。

 姉弟の言葉を聞いているうちにエイトの表情がみるみる明るいものへと変化していく。明るい、というよりも何かを期待しているかのような、そんなきらきらとした眼差し。
 あの顔を見て今の彼が何を考えているのか、分からない方がおかしいだろう。
 案の定、幼い姉弟がもみの木へ靴下をぶら下げ終わったころ、エイトが「俺もプレゼント欲しい!」と駄々をこね始めた。

 そんな彼へゼシカが呆れたような視線を向け、助けを求めるようにククールのほうを向いた。
 ククールははぁ、と小さくため息をつくと、「エイト、一つ言っとくけどな」とカップをソーサへと戻しながら声をかける。


「プレゼントは良い子しかもらえないぞ」


 ククールの言葉に、エイトは目を見開いて彼を見つめる。

「俺ほどの良い子、ちょっとやそっと探したくらいじゃ見つからないぞ!?」
「どの口がそんなことを言うんだ。良い子ってのは他人の武器に爆竹仕掛けたりしない子のことだろ」
「ちょっとした出来心じゃん! 一回でも悪いことしたら駄目なのか?」
「一回じゃねぇだろうが、お前」
「……こ、これから良い子になる」
「これからって、クリスマスまであと数日しかねぇって」
「良い子になる!」

 鼻息荒くそう言い切ったエイトの相手をするのも馬鹿らしくなってきたのか、ククールはもう一度ため息をついて「じゃあ、頑張れ」とだけ言った。
 たとえ数日だろうと、エイトが人に迷惑をかけずにいられるはずがない。これがククールの、いやおそらく彼を含めたパーティメンバ全員の見解だろう。

「サンタさんに何もらおうかなぁ」

 にこにこと笑いながら呟いたエイトの言葉に答える人間は、その空間には誰もいなかった。





***   ***





「オレにはあの横に並んで歩く度胸はない」
「私にもないわ」
「アッシにもねぇでげす」

 クリスマスイブ当日。
 三者三様にそう評する彼らの視線の先には、白馬ミーティア姫が引く小さな馬車がある。
 それもただの馬車ではない、エイト曰く「荷台クリスマスバージョン」。
 どこで見つけてきたのか、もみの木に飾るモニュメントを大量に持って現れた彼は、一夜のうちに荷台を飾り付けてしまったのだ。ふちを飾る色とりどりのモールがきらきらと光り、幌のところどころでラッパを持った天使の飾りが揺れている。
 ど派手なその馬車に仲間たちが引いてしまうのも無理はなかったが、それを引くことになるミーティア姫は気にしていない。むしろ気に入ったらしく、嬉しそうにエイトへ擦り寄っていた。
 さすがエイトの幼馴染。
 口には出さぬが、誰もがそう思っただろう。

 仲間たちが引いていることに気づいていないのか、気づいていてあえて無視しているのか、今にもスキップを始めそうな勢いのエイトは派手な馬車を引く姫を連れてあの宿屋がある町へと進行方向をとった。
 「クリスマスイブの夜に小さなパーティーをするから、良ければうちに寄らないかい?」という宿屋の女将の誘いに、エイトは二つ返事で飛びついたのだ。
 たとえ世間がクリスマスで浮かれていようと、暗黒神との戦いが休みになるわけではない。しかしだからといって来る日も来る日も戦闘に明け暮れるばかりでは、メンバの精神衛生上良くない。時にはイベントも必要である。
 女将夫婦と彼らの子供たちのためにささやかなプレゼントを用意し、エイトたち一向は夕暮れ迫る中宿のある町へと急いでいた。

「パーティーなんだからちょっとくらいおしゃれしたいな」と言うゼシカへ、「この間買ってた白いカーディガン、着てけば」とアドバイスするククール。「アッシはうまいものが食えたらそれだけでいいでげす」と、馬車の荷台に積んである大きなケーキの箱(差し入れがあった方がいい、というゼシカの言葉によって購入したものだった)へと視線を向けて口にするヤンガス。
 彼らの一歩先を行くエイトは少し外れた音程で「ジングルベール、ジングルベール」と歌い始める。

「鈴が、鳴るっ!」
「それは鈴じゃなくてタンバリンだ」

 しゃらららん、と不思議なタンバリンをかき鳴らしたエイトへ向かって、後ろからククールが金の腕輪を投げつける。金色の輪は綺麗な弧を描いて、正確にエイトの後頭部へヒットした。






 宿屋の家族から歓迎を受け、ささやかなパーティが始まった。トロデ王も室内へ招き入れられ、外で待機しているミーティア姫へもご馳走が振舞われる。詳しい事情を説明してはいないが、人のいい家族はトロデ王を見ても怖がらず、それどころか子供たちの格好の遊び相手となっていた。
 温かな食事に舌鼓を打ち、軽いアルコールでのどを潤す。子供たちからそれぞれクレヨンで描かれた似顔絵をもらい、お返しにと四人からも珍しいおもちゃをプレゼントとして渡した。女将夫婦から恋人時代の思い出話を聞かせてもらい、ヤンガスがパルミドでのクリスマスの話を、トロデ王がトロデーン城でのパーティーの様子を語る。昔習ったの、とゼシカが賛美歌を披露し始めると、それなら知ってる、とククールが低音でハモリを入れた。
 子供たちが疲れて半分眠りの世界へ突入したころにようやくお開きになったパーティーだったが、途中「クリスマスってこういうもんだったんだ」と感慨深げに吐き出されたエイトの言葉が、何故だかククールの耳に強く残っていた。


 やはりこの時期に宿に部屋を取る人間は少ないらしく、毎年ほとんど客はいないという。そのため今晩エイトたちは女将の好意もあり、一人一部屋ずつ取っていた。四人揃ってほろ酔い気分で客室が並ぶ二階へと戻る。
 じゃあお休み、と手を振ってゼシカが、あくびをしながらまた明日、とヤンガスが部屋へと姿を消すのを見届けて、エイトも自分の宛がわれた部屋へ行こうとすると、何故か最後まで廊下に残っていたククールが彼の後についてきた。

「お前の部屋はあっち」
「知ってるよ、それくらい。何、エイトくんはクリスマスの夜にこのオレに、寂しい一人寝をしろと、そう言うわけ?」
「だったら俺じゃなく、それにふさわしい相手を探しに行けよ」
「えー、外寒いし、めんどい」

 扉の前で軽く問答を繰り広げる。唇を尖らせて言ったククールにエイトはため息をついた。

「お前は俺を便利な抱き枕か何かと、勘違いしてないか?」
「まさか。ただの抱き枕のところにクリスマスの夜にわざわざ来るわけないだろ」

 肩をすくめて発せられた言葉にエイトは「ふぅん、そういうもん?」と首を傾げる。

「そういうもんなの。お前には分からないだろうけど、クリスマスって結構トクベツよ?」

 口を動かすばかりで一向に部屋へ入ろうとしないエイトにじれたのか、ククールは主の許可も取らずに扉を開けるとエイトの背を押して中へと入り込んだ。普段ならば宿屋の客室にない小さな火鉢が部屋の隅に置いてあり、部屋は程よく温められていた。女将が気を利かせてくれたのだろう。
 ククールは後ろ手に鍵をかけて、今閉めたばかりのドアへと背を預ける。そのまま腕を伸ばしてエイトを抱き寄せた。彼が来たときからその目的は分かっていたので、エイトは逆らわずにその身を任せる。そんな態度に「今日は素直じゃん」とククールがくつくつと笑いをこぼした。

「だって、クリスマスって特別なんだろ?」

 身長差があるため顔を見るには見上げる必要がある。首を傾けてそう答えると、「そのとおり」という言葉とともに形の良い唇が降りてきた。

「なぁエイト、一つ聞いてもいいか?」

 いつもより抵抗の少ない彼をそのままベッドへと導き、組み敷きながらククールが口を開く。顔中に落とされるキスを大人しく受けていたエイトは「何」と小さく尋ねた。


「お前さ、何でサンタへの手紙、白紙だったの」


 先日この宿でツリーの飾り付けを手伝ったとき、エイトも子供たちに倣いサンタクロースへの手紙を靴下に入れてツリーへと飾った。子供たちよりも幾分低い位置にぶら下がるそれを見て、ククールが女将へ「あの中身はこっちが責任もって用意するから」とこっそり囁いたのをエイトは知らない。そうでなければ人の良い彼女のこと、エイトが欲しがっている物も一緒に用意しかねない、そう思ったのだ。
 彼女とその夫は今頃、寝静まった子供たちの枕元へそれぞれプレゼントを置いているのだろうか。

「サンタさんへの手紙を何でククールが見るんだよ。エッチ」
「何でそれがエッチになるんだ。子供の夢を壊さないようにという大人の気遣いだろ」
 で、何で白紙だったの。

 エイトの返事を軽く交わして、同じ質問を繰り返す。
 エイトはククールを抱きこむように腕を伸ばして、彼の背中に流れる銀髪を指に絡めながら、「そりゃだって、ほら、あれだ」と口を開いた。



「欲しい物が何もないから」



 あっさりと当たり前のように紡がれた言葉に、ぐ、っと胸の奥を握りつぶされたように感じ、ククールは無言のまま腕の中の小さな体を抱きしめた。突然のことにエイトが小さく彼の名を呼ぶが、それを無視して強く強く抱きしめた。
 返事がないことをどう思ったのか、エイトも同じようにククールを抱きしめ返す。しばらくじっとそのままでいたところ、ようやく腕の力が緩み、ククールが正面からエイトを見つめた。


「欲しいものが何もないってんなら、お前にはオレをやる」


 その言葉に「何だ、そりゃ」とエイトは軽く噴出してしまったが、それにもかかわらずククールは真剣な表情のままだった。
 どうして彼がこんなにも真面目な顔をしているのか、エイトにはまったく分からない。しかしそれでも、やる、と言われたそのプレゼントは非常に魅力的だ。少なくともエイトにとっては魅力的であるような気がする。


 そう思ったので、ありがたく受け取る意味を込めて、エイトはククールの顔を引き寄せるとその唇へ自分のを重ねておいた。






ブラウザバックでお戻りください。
2005.12.25








間に合った?