荒野の攻防


 乾いた風が地面をなで、砂埃を立てる。硬い地面に水気は無く、辺りを見回しても植物らしいものは目につかない。同じような岩山が続くその景色に、飽きは人間の疲労を増す効果があるのかもしれない、とククールはどうでもいいことを考えた。
 そして何度目かも分からないため息を盛大につく。

「……ククール、あんまりため息ついてると、幸せが逃げていくわよ?」

 隣を歩いたゼシカが疲れたような顔をしてそう言うも、こればかりは止まりそうもない。
 行けども行けども同じ景色ばかりが広がり、変わり映えのしないところを歩き始めてどれほどが経っただろうか。そもそもが「荒野の真ん中に船がある」などという嘘臭い情報をもとに動いているのだ。疲労感がいつもよりも速いスピードで体を襲うのも仕方がないことだと思う。

「ったく、いつまでこんな山ん中歩くんだよ。やってらんねぇよ」

 ぶちぶちと文句を言うククールへゼシカは、「ちょっとは我慢しなさいよ、男でしょ」と眉を吊り上げた。その彼女の台詞を受けて、先を歩いていたエイトが立ち止まって振り返る。

「さっさと船を見つけたらこんなとこに用はねぇんだ。ため息ついてる暇があるなら、見逃さないよう、しっかりと回り見てろよ」

 エイトのくせにずいぶんとまともなことを言うな、と思いながらも、確かに言っていることは一理ある。仕方なくククールは、ぐるりと辺りを見回してみた。
 しかし今さら辺りを見たところで景色が変わるはずもなく、そもそもこの荒野でどうすれば船を見逃せるのか、そちらの方をまず彼に問いただしてみたかった。

「船ー。船やー。返事しろー船ー」

 全身を覆う疲労感に突き動かされるように、戯れにそんなことを呟きながら周囲を探る。すると、エイトが再び立ち止まって振り返った。

「…………」
「………………」

 無言のままごそごそと自分の荷物をあさったエイトは、やはり口を開くことなくククールの前に近寄り、彼の両手に小さな船のおもちゃを握らせる。

「うわぁい、お船だー……ってオレが喜ぶとでも思ったのか」
「不満なのか? 仕方ねぇ奴だなぁ」

 そう言ってエイトは再びカバンの中をあさり始めると、その中からずるり、となにやら細長い物体を引きずり出した。

「おい、待て待て、明らかにカバンよりでかいだろ、これ! っていうか何!?」
「戦艦のプラモ」
「見たら分かる! そういうことじゃなくて!」
「昨日夜なべして作った」
「おお、よく出来てんなぁ! すげぇよ、お前は!」

 半ばやけになってその出来栄えを褒めると(実際あまり器用ではない彼にしてはずいぶんと綺麗に作りこまれた模型だった)、エイトは少し照れたように笑って「だろ? 自分でもそう思うんだ」と頭を掻いた。

「いや、そうじゃなくて!」
「え? 違うの? 仕方ねぇなぁ、これで最後だぞ?」

 そう言いながら再びカバンの中へ手を突っ込んだエイトへ「言っとくけど、某海の幸一家のお母さんは呼んでねぇかな」と先手を打つと、彼の動きがぴたりと止まった。図星だったのだろう。エイトはぎしり、と軋んだ音がしそうなほど不自然な動きで顔を上げてククールを睨みつけると、ちっと大きく舌打ちをする。ボケを読まれることほど屈辱的なものはない。
 どうでもいいが、ククールが先手を打たなかった場合、彼は一体何を取り出すつもりだったのだろうか。エイトのことだから等身大の人形を取り出していたことだってありえる。その先のことを考えて、ククールはエイトを止めた己の発言に心の中で拍手をしておいた。

「つーかね、エイトくん。オレらはこういうものを探してるわけじゃねぇのよ」
「何だよ、お前が『ふねー』って呼ぶから親切心で渡してやったんじゃねぇか」
「『小さな親切、大きなお世話』って言葉、知ってるか?」
「お前、そんなに器の小さなこと言ってると、額の砂漠化のスピードが速まるぞ?」

 思わず手に持ったままだった戦艦をエイトに向けて投げつけたククールを、一体誰が責められようか。しかし攻撃を受けた方はというと、持ち前の素晴らしい反射神経でそれを避けていた。戦艦模型は先端から地面に激突し、カコン、と硬い音が響く。

「うぉ、お前、俺の山口くんになんてことすんの!」

 自分で避けておきながら慌ててその戦艦を拾うエイト。

「……山口くんって誰よ」
「こいつ。山口・フランシスコ・ひろしくん。俺のお友達」
「ずいぶんと立派な名前があるんだな」
「お前、山口くんを舐めんなよ?」

 拾い上げた戦艦を手に「ぶーん」と空を飛ばしながらそう言うエイトへ、ククールは頭痛を堪えて「とりあえず一番舐めてるはお前だと思うぞ」と返しておいた。

「あー、もう、お前と会話してるだけでも余計な体力を使う。どうせ船なんかありゃしねぇんだから、さっさと別のところ行こうぜ」
「な、何を言うでがすか、ククール! 情報屋の言うことに間違いはねぇでげす!」

 今まで黙って(というより口を挟む隙間がなかっただけだが)ことの成り行きを見守っていたヤンガスが突然声をあげた。

「でもこんなとこに船なんざあるわけねぇだろ。常識で考えろよ」
「世の中には常識で捉えきれないことだってたくさんあるじゃない」

 ヤンガスの方へ肩入れをしているつもりはないのだろうが、ククールの言い方にカチンときたらしいゼシカがそう言い返す。

「エイトを見て御覧なさいよ。私たちの常識、全部覆しているじゃない」
「奴を引き合いに出すな。ありゃ規格外だ」
「じゃあ、ドルマゲスはどうなるのよ! 海を歩いてたって話もあるじゃない」
「あれと人類を一緒にするなよ。あんな青い人間がいてたまるか」

 彼らの言い合いを聞いていたエイトは岩場の陰で小さくなって、「俺はあのマッドピエロと同レベルか」と落ち込んでいた。

「大体さ、ゼシカは本当にこんな所に船があるなんて信じてんのか?」
「でも、それっぽい岩陰はあったじゃない!」
「遠くから見たからそう見えただけだろ? 行けども行けどもそれらしいものに行きあたらねぇじゃん!」
「もっと奥に行けばあるかもしれないでしょ!」
「なかったらどうすんだよ、これだけ歩いて苦労したの、全部無駄になるぜ?」
「それがどうしたってのよ! ちょっとは体力がついていいじゃない」
「悪いが、オレは体力を売りにしてるどっかの馬鹿どもとは違うんでね!」

 馬鹿ども、と言いながらエイトたちの方を見やる。どうやら自分のことを言っているらしいことに気が付いたエイトが、思い切り顔を顰めた。

「何か言ったか、このバカリスマ!」

 叫んで、持っていた山口くんを放り投げる。ゴス、といい音がしてそれはククールの後頭部に突き刺さった。

「お、お前! 山口くんを投げるなよ! 友達だろう!?」
「はぁ? 何言ってんの、頭沸いてね? 船が友達になれるわけねぇだろうが!」
「さっきお前が自分で言ったんじゃねえかよ!」

 自分の頭から抜き取った戦艦をエイトへ向かって放り投げる。彼はそれをまるで虫に対してするかのように手で払いのけて、口を開いた。

「つーかさ、お前、文句多すぎるんだよ!」
「こんだけ当てもなく歩き回らされたら、文句の一つや二つ、言いたくなるだろう」
「それを我慢してこそ大人ってもんじゃねぇの?」
「馬鹿には分からんかもしれんが、人間には限度ってもんがあるんだよ」

 はん、と嘲りの笑みを浮かべてそう言ったククールへ、ぴくりとエイトの口元が引きつった。しかし、ククールは不幸にもそのことに気付いていない。彼は肩を竦めて大げさに首を振ると、更に続きの言葉を放つ。


「大体さ、オレは体力馬鹿なお前みたいに頑丈に出来てないし、デリケートなわけ。何にもねぇところを延々と歩き続けられる単純な脳味噌を持ってないわけ。労働をするならそれ相応の結果が得られることが前提だってこと、分かってるか? 賃金が得られないなんて、そりゃただの不当労働だぞ? 労働基準法違反で訴えるぞ、こら」


 ぶちぶちと(エイトにはよく分からない言葉で)文句を言い募るククールに、ぷつん、とエイトの中で何かが切れた。
 無言のままにっこり笑ったエイトは、ククールの銀髪を引っ張って岩陰に連れて行く。
 どか、ばき、と何かを殴るような鈍い音が響いたあと、しばらくして妙にすっきりした顔をしたエイトが姿を見せた。彼は爽やかな笑みを浮かべたまま、右手に掴んで引きずっていた物体を、まるでゴミを捨てるかのようにひょいと放り投げる。どさり、と土ぼこりを立てて地面へ落ちたそれはすでに口を開く気力もないらしい。


「ククール、あんまり文句ばっかり言ってると、その口、利けないようにしちゃうぞ?」
「してから言うなよっ!!」


 ほとんど泣き声に近いその叫びも残念ながらエイトの耳には届いていない、いや届いてはいるが、聞き流しているため彼の頭脳には響いていない。
 痛い痛いと自分を慰めながらホイミをかけようとしたククールの肩を、背後からゼシカが叩いた。彼女は無言のまま薬草を差し出してくる。きっと彼女なりに同情してくれているのだろう、優しさが身に染みる。

 ありがとう、と礼を言ってそれを受け取り、ククールは傷の手当てを始める。しかし、元来彼は口数の多い人間である。その口のうまさで世の中を渡ってきたといっても過言ではない。たとえ手ひどくやられてもその性格が簡単に直るはずもなく。

「つーか、ここまでぼろぼろにするかね。もともとレベル差もあるってのに、オレ、僧侶だぜ? 兵士じゃねぇっての。その辺考えて普通は攻撃しねぇ?」

 ぶちぶちと口から零れる言葉は尽きることがない。本人はそれが先ほどとは内容が異なるだけでの、文句の延長であることに気付いているのか、いないのか。
 そんな彼へ、エイトが呆れたような視線を向けた。

「ククールってさ、学習能力ねぇの?」
「お前に言われたくねぇが、出てくるもんは仕方ねぇじゃん。オレは自分に正直に生きてんだよ」

 腕を振り回して傷の治り具合を確かめてから、ククールは唇を尖らせて言った。その後ろで「正直すぎるのもちょっと、ねぇ」「そうでげすよねぇ」とゼシカとヤンガスが囁きあっているのが聞こえたが、ククールは聞かなかったことにした。

「大体さ、全然文句言わないお前の方がおかしいっての」

 ククールから見れば(ゼシカやヤンガスはともかく)この荒野へ入ってからまったく文句も言わずに、黙々と歩き続けているエイトの方が異常なのである。
 逆にそう責めてみると、エイトは眉を吊り上げた。


「馬鹿言え! 俺はあっても我慢してんだよ!

『荒野に船なんてどこの御伽噺だよ、天変地異にも程があるだろう、どうせ岩がそれっぽく見えるだけなんだろうなぁ、泥舟だったら海に浮かべたらすぐ沈むよなー、俺らは『かちかち山』の狸かよ、ってか、そもそもこんな荒野に船なんかあってもどうしようも出来ねぇだろ、どうやって海まで持っていくんだ、むしろそのあとのこと考えたら見つからない方がいいんじゃねぇのかなー』

 とか思ってても全然言ってねぇじゃん! 見ろ、俺さま偉い!」


 ふん、と鼻息荒くそう言い切ったエイトへ、今度はククールが呆れたような視線を送って、口を開いた。


「……今口に出した所為で、今までのお前の我慢は全部無駄になったよな」


 馬鹿正直に思ったことを言ってしまったククールは、本日二度目の岩陰での教育的指導を受けるハメになる。





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2005.05.05








自分のサイトに人様の作品を置かないというスタンスを取っている人間がフリー小説ってどうよ、とか、そもそもこんな話誰もいらねぇだろう、とか。
色々思うところはありますが、一応記念ということで、これ、フリーにしておきます。
ご自由にお持ち帰りください。