夢にまで見た 「そっか、じゃあ今は二人は一緒にいるのか」 天の祭壇へ行く途中の道にある竜神族の墓地。そこでウィニアが今、エルトリオと共に眠っていることを聞いたエイトが、ぽつりとそう漏らした。一体どんな感情が込められた言葉だったのか、聞いただけでは分からなかったが、少しだけ緩んだ口元からするとおそらく喜んでいるのだろう。 引き裂かれた両親が死したのちとはいえ共にいる。単純にそのことが嬉しいのだと思う。 そのときは竜の試練を受けに行く途中で、そのまま祭壇へと向かい無事勝利、竜神王に里まで送り届けてもらって終わったが、翌日、エイトが祖父の家で目覚めると何故か仲間が一人足りなかった。彼が早起きであることは知っていたが、だからといって勝手にどこかへ出かけてしまうということは今までになかったことだ。 どうしたのだろう、と首を傾げていたところに、ルーラで戻ってきた彼に気付く。手には花束。女性に贈るにしては少々地味なものである。 「じゃ、エイト、行きましょうか」 ゼシカに後ろから肩を叩かれてそう言われるが、何のことか分からない。昨日、どこぞへ行くという会話を交わしただろうか。自分が忘れてしまっただけだろうか。 そう考えていると、ククールが手にした花束をこちらへ寄越してきた。まさか、男に送るから地味な花を、と考えたところで、ふとその花束がそもそも生きている人間に送るものではないことに気が付く。 そこでようやく、仲間たちの意図を知った。 「あー、えと」 なんと言って良いのか分からず、口ごもってしまった彼を見てゼシカがにっこりと笑った。側でヤンガスが「行くんでがしょう、兄貴?」と同じように笑みを浮かべ、ククールも「ほら、さっさとする」と急かしてきた。 本当に、良い仲間に恵まれた。心の底からそれを感じたエイトは「ありがとう」と珍しく素直に謝辞を口にした。 竜神の里を出て一つほどトンネルを通り抜けたところにその墓はあった。 父と、母の眠る場所。 両親など、自分にはいないものだと思っていた。いや、こうして生まれて生きているのだから作り出してくれた人たちが存在するということを頭では分かっていた。ただ具体的に想像することができなかった。今もそうだ。彼らが両親であると言われても、それが一体どういうことを指すのかエイトには分からない。分からないままだ。 こういうのを親不孝というのではないだろうか。 そんなことをぼんやりと考えながら、ククールから手渡された花束を墓へ添えた。 そのとき。 「ひゃっほー、マイサン! 元気? 元気? 超元気?」 基本的にエイトは人を振り回し、驚かす方である。彼が驚かされる側に回ることなどほとんどない。 珍しいもん見てるよなぁ、とククールは声も出ぬほど驚いているエイトを見つめながらそう思っていたが、その思考が現実逃避であることを彼自身よく分かっていた。 彼らの前には、半透明で向こう側がうっすらと見える体を持つ一人の男。空中にふわふわと浮く彼は、エイトにもう少し年をとってもらっていい服を着せたら彼になるのではないかというほど、エイトにそっくりの容姿だった。 「いやぁ、パパ、死んでるはずなのに、なんでここにいるんだろうね!」 現れた男はあははは、と爽やかな笑い声をこぼしている。 一番初めに立ち直ったのは、さすがというべきかやはりというべきか、ゼシカだった。 「あ、あの、あなた、エルトリオ、さん?」 彼女の声に男は「イエス! ザッツライト!」ときらりと白い歯を光らせて親指を立てた。 「え、えと、エルトリオさん死んでるはずじゃ……?」 「そう、そうなの! たぶんね、我が子に会いたい一心でこっちに来ちゃったのね。愛の力ってすごいよね!」 「いや、でもさすがに死んでる人がここにいるのはどうかと……」 「でも出てきちゃったもんはしょうがないし? 愛だよ、愛」 ゼシカが何とか会話を続けようとするが、エルトリオの方は「愛」を連呼するだけでまったくかみ合わない。はぁ、と彼女は大きくため息をついた。 「しょうがないって、それですむ問題なの……」 「すむすむ、全然問題ナッシーン! ラブパワー!」 「すむわけねぇだろ、このアホ親父!」 そこまで黙って会話を聞いていた、というよりも入りこむことが出来ていなかったエイトが、ついにぶち切れた。手にしていたヤリ振り上げて、戸惑いもせずに父親へ投げつける。空を切って飛ぶヤリは鈍い音を立てて岩へと突き刺さった。 「避けてなかったら、おれ、死んでたよね?」 「もともと死んでんじゃねぇか!」 危ない危ない、と額の汗を拭っているエルトリオへエイトがすかさず突っ込みを入れ、言葉を続ける。しかしエルトリオは「避けきれたのもエイトへの愛ゆえだよ」と笑っていた。 「何でもかんでも愛のせいにしてんな! 謝れ、愛に謝れ!」 「どのアイ? みやざと? ふくはら?」 「そういう意味じゃねぇ! 一人でゴルフでも卓球でもしてろよ!」 ここまでのやり取りを見て、仲間たちはある一つの事柄を確信した。 あの親にして、この子あり。 どう見てもエルトリオはエイトの父親であるし、エイトはエルトリオの息子である。このことだけは確信をもって言えた。 この破天荒具合、ハイテンション具合、どれをとってもエイトとよく似ている。いや、エイトが突っ込み役に回っているところからすると、もしかしたら彼よりも数段上にいるのかもしれない。 さすが親。 仲間たちは妙なことで感心していた。 愛息子とのスキンシップが終わったのか、エルトリオは満足そうに笑みを浮かべたまま、ふと後ろに控える彼らへと視線を向ける。目が合わないように皆が一斉に顔をそむけたが、エルトリオは一切それを気にしていない。 「おやぁ、美人さんがいるねぇ。そっちのおっぱい大きいおねぇさんもいいけど、パパ、この美人さんがいいなぁ」 「何の話? ねぇ、何の話!?」 ふわふわと浮いたままククールの近くへ寄って、エルトリオはそう言った。彼の言葉の意味が分からず、側でエイトが慌てている。 「美人さん、お名前は?」 「ク、ククール」 にっこりと笑って問い掛けられ、その笑みの後ろになにやら黒いものを感じたククールは思わず素直に名乗ってしまった。エルトリオは満足そうに「そう、ククールくん」と笑って、くるりと振り返った。 「ねぇ、エイト。ククールくん、おれに頂戴?」 「は!?」 「実はパパねぇ……」 一度言葉を区切って、エルトリオは顔を赤くして俯いた。 「美人さんが大好きなの」 「知らねぇよ、そんなこと! 恥らいながら言うなよ!」 そう叫ぶが、「ウィニアさんもねぇ、美人なんだよぉ」と過去へトリップしているエルトリオには聞こえているのか。 「だから、ククールくん、頂戴?」 「『だから』って何!? つーか、やるか、ボケ!」 全身全霊で拒否の言葉を口にすると、エルトリオはショックを受けたようによろよろとその場に倒れこんだ。 「そ、そんな、ひどい……ちょっとくらいパパのお願い聞いてくれてもいいじゃない」 「ちょっとの度合いが違いすぎる」 「どうしても駄目?」 「駄目だっつってんだろ」 きっぱりとしたその言葉に何を感じ取ったのか、エルトリオはエイトとククールの顔を見比べて「そう、それならしょうがないね」とため息をついた。 「きっとエイトにとってククールくんはとっても大切な人なんだね。息子の大切な人を取り上げるひどいパパにはなりたくないよ、末永くお幸せに……」 「何かすごい勘違いを繰り広げてる気もしなくもないが、諦めてくれてありがとう」 「代わりに、パパとキャッチボール、しよう?」 「…………は?」 突然飛んだ話題に、エイトは間の抜けた声を出してしまう。 「パパの夢だったんだ、息子とキャッチボール! これぞ日曜の父親と息子の正しい姿!」 「今日、日曜だっけ?」 「ここにボールがある! グローブはないけど、愛を乗せて投げ合おうじゃないか!」 どこから取り出したのか、ボールを天高く掲げて一人テンションが高くなっているエルトリオを前に、エイトが振り返って仲間たちを見た。その視線は明らかに助けを求めているものであったが、エルトリオの相手など、たとえ金を詰まれてもごめんである。 すっと三者三様に視線をそらされて、エイトは絶望に打ちひしがれた。 「さぁ、ほら行くぞぉ!」 そぉれ、という力の抜けるような言葉とは裏腹に、ものすごいスピードのボールがエイトに向かって飛んでくる。 人間、身の危険を感じたときに取る行動はただ一つ、危険物を避けるのだ。 本能に従がい思わずボールを避けてしまったエイトへ、エルトリオが「避けたらキャッチボールにならないじゃないか」と文句を言った。 「キャッチボールしたいんなら、それ相応のボールを投げろよ! 何? 今の何? あんた、俺を殺す気?」 「ああ、エイトにはちょっと速すぎたんだね。あはは。パパ本気で投げちゃったよ。失敗失敗!」 その言い方にカチンときてエルトリオを睨むが、彼はてへ、とわざとらしく舌を出す。そしてまたどこからより取り出したボールを、今度は軽くエイトへ放り投げた。 それを受け止めて、同じように軽く放り投げる。 親子というのも中々大変なのだな、と他人へ言えば即行で否定されそうなことを考えながら、エイトがそれを何度か繰り返していると、突然エルトリオが声をあげた。 「よし、じゃあそろそろ魔球の練習でもしようか!」 「はいぃ!?」 語尾がひっくり返った声になってしまったエイトを置いて、エルトリオは「よぉし、マイサン! 消える魔球から練習だぞ!」と張り切っている。 「そんなもんが投げれるかっ!!」 叫びながら手元にあったボールを全力でエルトリオへ投げた。日ごろからバカ力と言われているエイトがかなり力を込めて投げたにもかかわらず、彼の父親はあっさりとそれを受け止める。 「駄目じゃないか、エイト。全然消えてないよ」 「消えるか! そもそも世の中の理に反したことは出来ねぇっての!」 「大丈夫、パパ、この世の人間じゃないから!」 「爽やかに言うな、この死人」 「パパにそんな口聞いちゃ駄目だぞぉ」 言いながらエルトリオはひょいとエイトへボールを放り投げた。 「もう一回。ほら、君のねぇさんも見守ってるぞ」 そう言われ、何のことだろうと墓の方を見やると、確かに後ろからこちらを見やっている人影が。 「か、母さん!?」 「違う、ねぇさんなの!」 「いや、あの姿は母さんだろ、あんたの奥さんだろう!」 「違うってば! 見守っている肉親はお姉さんと決ってるんだよ」 「そりゃ木の陰からだろうが! 墓石の向こうから姉貴が見守ってるなんてヤだよ!」 言い合う二人を置いて、顔の上半分だけ墓石から覗かせているウィニアが涙を拭いながら「エイト、がんばって」と呟いていた。 「ほら、エイト、ねぇさんも応援してるんだから! おれの息子なら出来る、お前はやれば出来る子だ。父の胸に消える魔球を放り投げて来い」 すべてを受け止めてあげるから! どのようにすれば消えてしまった魔球を受け取れるのか分からないが、そう言ってエルトリオはどんと胸を叩いた。 親子のやり取りに入る気もなく、また入り込みたくもなかったため、仲間たちは少し離れた位置でそれらを見ていたのだが、ふとククールがあることに気がついた。 「……なんか、企んでる顔してね?」 ククールが指差したその先を他の二人も同じように目で追う。 「あー、そうね、うん、あの顔は」 「絶対何かやる気でがすね、兄貴」 にやり、と笑みを浮かべたエイトの姿が彼らの目には映りこんでいた。 後ろで仲間たちに何やら言われていることに気付いていないエイトは、そのまま大きく振りかぶると、 「任せとけ、くそ親父、消える魔球を投げてやろうじゃねぇか!」 と叫んで、再び思い切りボールを投げた。 勢いを持ったボールは音を立てて空を切り、エルトリオへ向かって飛んでいく。 「んー? エイト、全然消えてないようだぞぉ?」 あと少しでエルトリオの元へ届くというところで、父親が不満げに声を出す。 「今から消すんだよ!」 その声が終わると同時にエイトの魔力が高まり、「ベギラゴン!」という言葉が放たれる。作り出された炎が一瞬にしてボールと、ついでにとでもいうかのように、その近くにいたエルトリオを飲み込んだ。 「エイト、お前、自分の父親を……」 「なんか言った?」 呆れたように後ろから声をかけたククールへ、エイトは冷たい笑みを貼り付けたまま振り返る。ククールはそれに「いえ、なんでもないです」と首を振った。 「さあ、じゃあ今日も一日はりきって竜の試練を受けに行こうか!」 何事もなかったかのように、まさに今から一日が始まるような言葉を仲間たちにかけたエイトの背後では、黒く焦げた岩や地面からぶすぶすと煙が立ち昇っている。その煙の向こう側でなにやらゆらりと人影が揺れた。 「いきなり攻撃だなんて酷いよ、エイト! パパ傷ついた! すごく傷ついた! 謝っても許してやらないからな!」 「許してもらわなくて結構」 「でも、エイトがそんなに言うなら考えないでもないよ」 「人の話し聞けよ」 「ククールくんをパパにくれたら許してあげる」 「だからやらねぇって言ってんだろうが! あれは俺んだ!」 ブラウザバックでお戻りください。 2005.03.24
ナチュラルに自分のもの呼ばわり。 エイトパパ、エルトリオ氏はククールがお気に入りらしい。 |