『好き』から始めて・後 この占い師がエイトに対してどんなことを述べるのか、単純に興味があった。人並み程度のことをいうのならばそれもよし、彼も人と同じなのだ、ということをエイト自身が少しでも分かればそれでいい。しかし、先ほどのゼシカへの占いから見ても、おそらくこの占い師はかなり内面に踏み込んだことを言うだろう。それを聞いたとき、エイトがどんな反応を取るのかが非常に気になった。 そんなククールの思惑に気付けないエイトは、しぶしぶと手のひらを占い師へと差し出した。線は細いがそれでもごつごつしたそれを見て、「ああ、やっぱり男の手だね」と占い師は感心したように笑みを零す。 しばらくその手のひらを見、先ほどと同じように顔を上げてエイトの顔を真正面から見つめた。じっとエイトの瞳を見つめてから占い師は目を細めて口を開く。 「キミを好きになった人は必ず不幸になるね」 その言葉に初めに怒りの声を上げたのはゼシカだった。 「ちょっと! 何よ、その言い方っ!」 「そうでげす! アッシは兄貴のことは好きでげすけど、ちっとも不幸じゃねぇでげす!」 だん、と強く台へ手のひらを打ち付けるゼシカに続き、兄貴一筋のヤンガスも唸り声を上げる。その二人に囲まれた張本人はきょとんとした顔で二人と見上げ、そして再び視線を占い師へと戻した。 彼は両脇から怒鳴られているにもかかわらず、平然と言葉を続ける。 「キミはそれを問題だと思ってないでしょう? 思えないんだろうけれど。そこが既に大問題なんだね。いい? キミの意思や思惑に関わらず、キミを好きになる人はこれから先必ず現れる。人をひきつけるものを持ってるからね、おにーさん。だけど、その人を傷つけたくないのなら深入りしないか、とことんまで深入りして何処までも一緒に落ちてくか、どっちかしかないよ」 今から覚悟を決めておいたほうがいい。 きっぱりとそう言い切られ、さすがにゼシカやヤンガスも言葉を返すことができなかった。 占い師の言葉が全て真実だとは思わない。しかし、はっきりと否定するだけの言葉をこちらが持っていないのも事実だった。 彼女たちの気持ちが分かっているのかいないのか、エイトは何処となく真剣な表情のまま「分かった」と頷いて立ち上がった。 「またね、おねーさんたち。おねーさんだけなら、次もただで占ってあげる」 笑顔で手を振ってくる占い師へ挨拶を返したのはエイトだけで、ほかの仲間たちは無言のまま彼へと背を向けた。 彼らの機嫌が何処となく悪いのはおそらく先ほどの占い師の言葉が原因なのだろうが、それがどうしてなのかエイトには分かっていなかった。 「エイト、気にすることないからね」 「そうでげすよ、兄貴。どうせ占い師の言うことなんてあてずっぽうに決ってるでげす」 両脇から二人にそう励まされるが、彼らが気を使ってくれる理由もエイトには分からない。 「いや、俺別に気にしてねぇよ? ってか、あの占い師が言ってること、難しくてよく分からなかったし」 エイトが頬を掻きながらそう言うと、あっけに取られたような視線を向けた後、ゼシカとヤンガスは顔を見合わせて噴出した。 「やだ、もう。エイトがエイトだってこと忘れてたわ」 「さすが兄貴!」 笑い合う二人を見て、エイトも笑みを浮かべる。 言った言葉に偽りはない。 占い師の言葉が難しいと思ったのも本当だ。 そして何より、「キミを好きになった人は不幸になる」と彼は言ったが。 「……俺を好きになる人なんていないのに」 エイトには他人に好かれる自分というのがどうしても想像できなかった。『好き』という感情は、他人から他人へ向けられるものであって、けっしてそこに自分が入り込むものではない。エイトはそう理解していた。 だから占い師の言葉はエイトの理解の範疇をこえており、彼が何を言いたいのか、どうしてゼシカたちが怒っていたのか、全く分かっていなかった。 そもそも「エイトを好きになる人」など存在し得ないのだ。存在しないものを語ったところでその文章が有意味になるはずがない。無意味な文章に真偽などなく、それを理解することができるはずがない。 そんな言葉を気にするだけの神経を、エイトはあいにくと持ち合わせていないのである。 「そういうこと言うもんじゃないとおにーさんは思うよ」 小さく呟かれた言葉をどうやら耳にしてしまったらしいククールが、エイトの頭へ手を置いてそう言った。 「それが分からないから問題だってあの占い師も言ったんだろうけどさ」 やはりあの占い師はククールが思ったとおり、かなり人を見る力を持った人間だったようだ。一見しただけでずばりとエイトの内面を当ててしまった。それが当たっていると判断できたのはあの場でククールだけだっただろう。 「あー、やっぱりよく分かんねー」 お前も、あの占い師も、一体何が言いたいんだ? 腕組みをして唸ったエイトは、眉間に皺を寄せて尋ねてくる。その彼へ答えを返すことなく、わしゃわしゃとバンダナの上から乱暴に頭を撫でた。 言葉で答えを返したところで彼にはやはり分からないままだろう。口で説明できるようなことでもない。そのうち彼が自分で気付けるようになるしかないのだ。 その日がくるのかどうかは、ククールには分からない。 今のままだと永遠にこないのではないだろうか、とすら思う。 だからこそ、彼を好きになった人は必ず不幸になる。 「エイト!」 なんだかネガティブな思考へとはまり込みそうだったククールの耳へ、明るいゼシカの声が届いた。彼女は鮮やかな花束を手にしている。彼女の背後には籠に花束を詰めた少女が立っており、おそらくあの少女から買ったのだろう。 「エイトにも分かる簡単な占いがあるわ。花占い、知ってる?」 花束の中から、花びらの多いものを一本抜き取って、残りの花束をエイトへと押し付ける。そして手にした花の花びらを「好き、嫌い」と言いながら、一枚一枚抜き取っては風へと舞わせ始めた。 「これで、最後の一枚が相手の本音になるの。エイトが私を好きか嫌いか、占ってみるわね」 「乙女チックだなぁ」 「乙女ですもの」 呆れたように言ったククールへ当然のようにそう返し、ゼシカは楽しそうに「好き、嫌い」と占いを続けた。 「あら、残念、このままじゃエイトは私のこと嫌いってことになっちゃうわね」 表情を曇らせたゼシカの手元にある花に、花びらはあと三枚。たった今、「好き」と呟いて花びらをちぎってしまったので、最後の一枚は「嫌い」で終わってしまうのが明らかだった。 他愛もない小さな占いに本気で残念がっている様子のゼシカに、エイトは思わず笑みを浮かべる。 「好き」だの「嫌い」だの、エイトにはよく分からない。エイトがゼシカを好きなのかどうか、エイト自身にさえ分からない。けれどこのままだとゼシカが悲しがるということだけは分かった。そして、自分はそのことを避けたい、と思っていることも。 「大丈夫、問題ナッシーング」 笑いながらエイトは「嫌い、好き、」と花びらをちぎって、捨てて行く。 最後の一枚を「嫌い」と呟いて捨て去ると、エイトは花びらがなくなり芯だけになった花の部分を茎からぱっきりと折り取ると、「好き」と言って空中へと放り投げた。 「な? 問題ないだろ?」 笑ってそう言うエイトへゼシカも「ええ、問題ないわね」と笑みを返した。 そしてエイトの腕の中へ抱えられたままだった花束をじっと見つめたあと、おもむろにその中から一本の花を抜き取る。 「エイトも、これで私がエイトを好きかどうか占って。でも絶対『好き』から始めてね?」 そう言って彼女はツインテールを跳ねさせてヤンガスの元へと走っていく。 どことなく嬉しそうなその背中と、右手に渡された白い花を交互に見て、エイトはぽつりと「絶対『好き』で終わるじゃん」と呟いた。 彼女に渡された花の花びらは五枚。 実際にやらずとも分かるその結果。 思わず零れたエイトの言葉にククールがくつくつと笑いながら「それが事実ってことだろ」と言った。 先ほどヤンガスもエイトのことを好きだと、そう言った。今ゼシカも、同じように好意を示してくれている。 自分を好いてくれているという言葉は理解できるが、自分の存在を当てはめようとするとそこから先がエイトにはまったく想像できない。 ただそれでも、もし仮に、彼らがエイトを好いてくれているというのが本当ならば、エイトが想像することができないだけで、事実としてそれがあるのならば。 彼らを不幸にしたくはないな、とエイトは思った。 「深入りしないほうがいいってことかな」 ぷつりぷつりと花びらを抜き取り、「好き」と呟いて最後の一枚を風に飛ばす。 「それがお前の出した結論なら別にそれでも構わないと思うけど」 ククールはそう言って、エイトの腕の中から花束を取り上げた。そしてその中から一本の花を無造作に抜き取る。 「でもオレは何処までも一緒に落ちていってやるから」 白い花へ軽く口付けてから、「オレの気持ちね」とそれをエイトへと押し付けた。 「必ず『好き』から始めろよ?」 そう念を押してから、ククールは先を行く仲間たちを追ってゆっくりと歩き始める。 赤いマントと銀色の髪が揺れるその背中を見やって、エイトは自分の手元へと視線を落とした。 押し付けられた花は、カラー。 確かこの白い部分は花びらではなく何か別の名称があったはずだけれど、恐らくここを花びらとして捕らえるのならその数は。 「『好き』」 ぽつり、と呟いて、エイトはたった一枚だけある白い花びらへ唇を落とした。 前編へ← ↑トップへ 2005.08.08
クク主チックな40998を踏まれた方からのリクエスト、「恋占いに興じる四人」でございました。 できればクク主、ということだったので、クク主っぽく頑張ってみたのですが、ククゼシ、主ゼシが混ざりつつ、クク→主っぽい気が……てか、エイトが乙女チックすぎて微妙…… 「あかんやり直せ」の駄目出しは随時受け付けております。 リクエスト、ありがとうございました。 |