「兄貴、もう食わないんでげすか?」 とある町の一角にある食堂で、席を立ったエイトへヤンガスが声をかける。それに「うん」と頷いて答え、「陛下の様子を見てくる」とさっさと食堂を出て行ってしまったエイト。 赤いバンダナが揺れるその小さな背を見やって、取り残された仲間三人は顔を見合わせてため息をついた。 優しい自分勝手 その日の夜、いつものようにククールと相部屋になったエイトが就寝の準備をしていると、コンコンと硬いノックの音が耳に届いた。返事をする前に扉が開き、そこにはくつろいだ服装のゼシカとヤンガスの姿。この時間に二人が揃って現れるなど珍しく、エイトは首をかしげて「どしたの」と尋ねた。 それに答えたのはゼシカの方だった。彼女はエイトに近寄ってくると、「そこに座りなさい」とまるで先生のようにベッドへ腰掛けるようエイトを促す。自分はテーブルに備わっていた椅子を引いてそこに腰掛けた。 「あのね、エイト。私とヤンガス、多分ククールもだと思うんだけど、あんたに言いたいことがあるの」 なにやら改まった彼女の様子に気付き、エイトの瞳が軽く揺れる。不安げな彼を見てゼシカの胸がちくりと痛んだ。 ゼシカは別にエイトが嫌いなわけではない。むしろ好きなのだ、好きだからこそ、ここは我慢をして言わなければならない。 そんな決意を秘めたゼシカの後ろで、ヤンガスが口を開いた。 「いや、大したことじゃないんでがすけど、ただやっぱり言っておかないと、アッシ心配で」 エイトは基本的にはヤンガスの言うことならば聞く。ヤンガスがどれだけエイトを慕ってくれているのか、なんとなく感じているからだろう。そんな彼までもが深刻そうな顔をしているのだ。 「俺にできることなら聞くけど」 小さな声でそう言ったエイトへ、ヤンガスは「ありがとうごぜぇやす」と礼を言ってから言葉を続ける。 「兄貴。頼みやすから、もう少しちゃんと飯食ってください。今日の晩飯だってほとんど食ってないでがしょう? そりゃ、トロデのおっさんと馬姫さまを外において、臣下である兄貴が宿屋でのんびりとしてられないのは分かりやす。けど、それでもちゃんと体調を整えねぇと、結局はおっさんたちに迷惑掛けることになるんでがすよ?」 だから、もう少しちゃんと食ってください。 切々としたヤンガスの言葉に、エイトは何も言い返すことができない。「えーっと……」と口ごもってしまう。そんな彼を見やってから、ゼシカも口を開いた。 「エイト、いくらあんたが丈夫にできてるっていってもね、もう少し自分の体を気遣いなさい。あんたが倒れちゃもともこもないでしょ。そりゃ、今まで倒れなかったからこれからも大丈夫かもしれないけど、これからもっともっと戦いがきつくなるはずよ。だから、休むときにはしっかり休んで欲しいの」 ゼシカは知っていた。 「今日は休憩日」と言って、一日動かず町に滞在していることがあったが、そのときもエイトはルーラで一人で出かけて情報を集めたり、錬金釜で作業をしていたり、王や姫の世話をしているのだ。気付いたときには手伝いを申し入れ、そのときは彼も快く仕事を任せてくれるのだが、こちらから言わない限り彼から仕事を頼んでくることはない。 「もう少し私たちにも仕事を任せてくれていいのよ」 何度も言っている台詞ではあるが、それを彼が本質から理解しているようには見えなかった。以前ククールと話したことがあったが、恐らくこれは彼の育った環境に原因があるのだと思う。誰かと仕事を分かち合うことを、知らないのだ。 しかし、だからこそゼシカは彼が理解するまで何度も同じことを言ってやろう、と心に決めていた。 ゼシカに優しい口調でそう言われたエイトは、目の前の彼女とヤンガスを見比べて、肩を落とし「気をつけます」と呟いた。 どうして彼女たちがこんなにもエイトを気遣ってくれるのかよく分からなかったが、とりあえず不満を述べられた、ということだけは理解する。これまでも不平不満は溜め込まずにきっぱりと口にする間柄では合ったが、こうも切々としたものは初めてで、軽く凹んだエイトは「なんだよ、二人してさ」とベッドの上で膝を抱えて唇を尖らせた。 「……ククールも似たようなこと思ってたりする?」 ちらりとこちらを見やってそう尋ねられ、ククールは「そうだな」と頷いた。 「似たようなっていうか、もうちょい、オレらにも守らせて欲しいとは思うな」 ククールが言うと、エイトは顔を上げて「何を?」と首を傾げた。それに「お前をだよ」と、ククールは答える。 守備力を考えた並び順だから仕方はないが、エイトはどうしても直接的に魔物と対峙する機会が多い。しかも、彼自身回復魔法を使えるのだからそれを自分に掛ければよいものの、どうしても他の怪我人を優先しているように見えるのだ。 「まあ、確かにオレやゼシカはお前より防御力はないし、力だって弱い。魔法使いと僧侶だからな、分担が違うからそこは仕方ないことだけど。 お前はさ、王さまや姫が傷を負うのを見るのはイヤだろう?」 「……ククールたちが怪我するのを見るのも嫌だ」 「それはオレらも一緒ってこと。お前がやたら滅多ら傷ばっかり作ってるの見て、オレらがいい気分のはずないだろう?」 そう言うと、エイトは僅かに首を傾けた。 ククールが何を言っているのか、恐らく理解できていないのだろう。これは彼が馬鹿だからではない、そういう風に育ってきているだけだ。 エイトに気付かれないように、ククールは小さく溜め息をついた。 彼は他人の中で自分がどのような位置を占めるのか、想像することができない。 多分、彼自身の中でさえ自分というものが曖昧だからだろう。 だから、どれほど彼が愛されているのか、大切に思われているのか、分からないのだ。 「とにかく、たまにはオレらにもいいカッコさせろってこと。守られてばっかりじゃカッコ悪いだろ?」 軽い調子でククールが言うと、エイトは「そんなことないと思うけど」と呟いて、うーんと唸った。 「俺は俺がやりたいからやってるだけなんだけどなぁ。王や姫にこれ以上不自由な思いはさせたくないし、早くもとの姿に戻して差し上げたい。そのためにすることなんて、苦労のうちに入らない。『仕事』ってゼシカは言うけど、俺はして当たり前のことだと思ってる」 顔を上げてきっぱりと述べた彼は、いつもの幼い顔立ちからは信じられないくらいに強さの溢れた表情をしていた。 「ゼシカたちの言うことはなんとなく分かるから、努力はする。けど、みんなが苦しんだり、辛い想いをしてるのを見るのが嫌。なんか知らんけど、とにかく嫌。俺が嫌だから、みんなを守りたいだけ。だから、黙って俺に守らせろ」 ふん、と鼻息荒くエイトはそう言い切った。 「……エイト、お前、それものすごい自分勝手なこと言ってるって分かってる?」 あまりの言い分に軽い頭痛を覚え、ククールが頭を抑えながら尋ねると、エイトはなぜか、 「分かってるけど、分からない!」 と胸を張った。 「結局どっちなんだよ」 そう言ってククールがエイトの頭を殴り、「痛ぇな」とエイトが反論し、いつもの口喧嘩へと発展していく。 そんな彼らの様子を、ゼシカは呆れたように見ていた。 エイトという人間は本当に、 どこまでも我侭で、どこまでも自分勝手で、 そしてどこまでも優しく、どこまでも強い。 誰かを頼ることを知らず、 自分が傷つくことを厭わず、 力の限り守ろうとする。 そんな彼だからこそ、守りたいと思う。 彼が守ろうとしているもの全てをひっくるめて、それごと守りたいと思う。 どれほど彼が嫌がろうとも、その思いだけは変わらないだろう。 結局、どっちも自分勝手なのよね。 エイトだけを自分勝手だと怒ることなどできるはずがない。 そのことに気付いて、ゼシカは苦笑を浮かべた。 その自分勝手さが心地よい。 ブラウザバックでお戻りください。 2005.04.06
少食と言うか、食べないエイト。アスカンタでの食事もおそらくほとんど口にしてないだろうと、勝手に思ってます。 悪戯ばっかしてますが、やることはきっちりやってる(むしろやりすぎて怒られている)リーダのお話でした。 |