猫には猫を 最近のエイトは少し変だ。 いや、彼がおかしいのはいつものことである。しかしいつもの突発的なおかしさではなく、今回のは慢性的なおかしさなのである。期間にすればここ一週間ほど、基本的に騒ぐのが好きな彼が夕食後、仲間と(というより主にククールと)遊ぶことなく一人部屋へこもるのだ。一日二日ならば気分が乗らない、あるいは気分が悪いなど原因が考えられたが、ここまで続くと明らかに何か他にあると考えざるを得ない。 しかも、ろくでもない何かが。 エイトの性格をよく知る仲間たちが、とくに言葉を交わしたわけでもないのに暗黙の了解でその警戒を強めていたある日。 「今日はちょっとトラペッタのあたりへ行ってみようか」 突然そんなことを言い出したリーダに皆が驚いたように視線を向ける。それもそのはず、既に彼らは『神鳥の魂』をゲットした後であり、今さらトラペッタ周辺に何か用事があるわけではない。行くべき場所も追うべき相手も分かっている、トラペッタに住む占い師を訪ねる必要もない。それなのに何故。 そんな仲間たちへ、エイトは 「今さらだからこそ、だよ。序盤は進むのに必死であまりあの辺りを捜索してないだろ? もしかしたら宝箱とかスカモンとか見逃してるかもしれない」 と、もっともらしく言葉を続ける。 いや、事実もっともなことではあった。ククールは仲間になる以前のことなので分からないが、仲間になったあとでもあの辺りを歩き回った覚えはあまりない。それはゼシカも同じようで「確かに、そうね」と頷いている。 こうなればもうエイトの提案に逆らうものなどいなくなり、今日はレベル上げを後回しにしてトラペッタ周辺の捜索を行うことになった。 「トヘロスとか聖水とか要らない?」 あの辺りの魔物は今の自分たちに比べてかなり弱い。おそらく呪文やアイテムで押さえ込むことができるだろう。そうククールが問いかけると、「別に必要ないだろ。どうせ出てくるのスライムとかじゃん」とエイトは答えた。 一撃でしとめられる敵ばかりなのだ、確かに特に必要もないだろう。行く地方が行く地方なのでかなり気が楽なパーティメンバへ、トロデ王の一言がとどめとなった。 「まあ、今日はピクニック気分で散策するが良いじゃろう」 滝の洞窟の上にある小屋を訪れ中の男と会話をし、その周辺の森を歩く。さっそくスカウトモンスタを見掛けはしたがそれぞれが弱くて使い物になりそうもない。 さすがトラペッタ地方、とククールがよく分からないことで感心していると、がさごそと茂みが揺れる音が響いた。 いくら魔物が弱い地方とはいえ、今まで旅をしてきた習性が抜けるわけでもなく、皆一斉にそちらを見やって身構える。しかし飛び出てきた敵を見ると、すぐにその緊張感は霧散してしまった。 「あら、しましまキャットね。懐かしい」 「相変わらず長いベロでがすなぁ」 すでに戦う気のないゼシカが魔物へ向かって「ちちち」と指を振り、ヤンガスも斧を地面に突き立ててそう言う。ククールもあの魔物相手に戦う気にはなれず、抜いた剣を鞘へ収めようとしたそのとき。 「皆、何気を抜いてんだ! いくらしましまキャットっつっても、相手は魔物だぞ!」 凛としたその声に思わず背筋が伸びる。驚いてそちらを見やると、エイトだけは戦闘体勢を崩さずにきつい眼差しでしましまキャットを睨みつけていた。 いの一番に猫と遊び始めるようないつものエイトからはかけ離れたその態度に、「兄貴、何か悪いもんでも……」とヤンガスが心配し始める。 弟分の心配を一切気にかけずにエイトはキッと敵を睨んだ。 睨まれた相手のうちは一匹は長いベロを器用に動かして顔を洗っており、もう一匹はごろりと横になって風で揺れる草にじゃれ付いて遊んでいる。そんなしましまキャットたちへ戦闘体勢を崩そうとしないエイトを、ゼシカやククールまでもが本気で心配し始めたそのとき。 「昔のお偉いさんも言っていた! 目には目を、歯には歯を、猫には猫を!」 そう叫んで、エイトはカバンの中から猫耳がついたヘアバンドを取り出してかぽり、とバンダナの上から装着した。 「……いつものエイトだな」 「そうね、いつものエイトね」 「良かった、また混乱でもしてるのかと心配したでげす」 安堵から来るものなのか呆れから来るものなのか、仲間たちは一様に溜め息をついてそれぞれにそう漏らす。その間にもエイトは構えていた剣を放り出して四つん這いになると、「にゃー」と鳴きながらしましまキャットへと飛び掛っていた。 「あの猫耳、自分で作ったのかしら」 「そういえば最近、兄貴、夜いつも部屋に篭ってたでげすよね」 「……で、完成したからしましまキャットがいるトラペッタへ行こう、って言い出したのか」 やはりエイトは、徹頭徹尾エイトである。エイト以外のなにものでもない。 そのことを痛感した仲間たちが武器を収めて生暖かく見守る先には、「にゃ、にゃにゃっ!」と唸りながらしましまキャットとじゃれあうエイトの姿。 楽しそうである。実に楽しそうである。 ただし満足しているのは彼だけであり、そんな光景を目前にしている仲間たちはひどく迷惑であった。強制的に相手をさせられているしましまキャットも迷惑であるに違いない。 勿論、そんな周囲の心境にエイトが気がつくはずもなかった。 こうなってしまった彼を止めるのはククール以外いない。何故なら既にゼシカもヤンガスもエイトに背を向けているのだ。彼の面倒をすべてククールに押し付ける気満々なのだ。 はぁ、と大きく息を吐いてからククールは音を立ててしましまキャットと遊ぶエイトへと近づいた。 「おい、エイト、そろそろ離してやれ、しましまキャットが可哀想だ」 「んなー? にゃっ!」 声をかけてきたククールを振り返り、エイトは鳴き声をあげる。しかし腕の中のしましまキャットを離そうとはせず、爪でカリカリと引っかかれていてもものともしていない。 「エーイート。いい子だからお兄さんの言うこと聞きなさい」 彼の頭を押さえつけて腕の中からしましまキャットを取り上げる。ひょいとそいつを放り投げればさすが「キャット」の名を持つ魔物、くるりと空中で一回転して地面に着地すると振り返りもせずに走り去っていった。やはり逃げたくて仕方なかったのだろう。 それを見やってから、ククールはようやくエイトの頭上からその手を離した。猫耳をつけた彼は恨めしげな目でククールを睨みつけて「うー」と唸ったかと思うと、すばやい身のこなしで飛びついてくる。 「にゃにゃーっ!」 「って! 痛ぇって! おい、髪引っぱるな、じゃれつくな!」 「にゃ、にゃん!」 どうやらしましまキャットを取り上げられた怒りを表しているらしい。にゃーにゃーと鳴きながらククールを引っかき、噛み付き、その服や髪を引っ張る。どこの駄々っ子だよ、とククールは呆れながらエイトを引き剥がした。 「ほら、いい加減もう猫ごっこはやめろって」 そう言うも彼は「にゃん!」と口にして、そっぽを向いた。 「あーっ! もう! お前、どこのガキだよ、いくつのガキだよ! 玩具取り上げられたくらいでそんなに拗ねんな! ってか、生き物を玩具にすんな、くそガキ」 「にゃー、にゃなにゃにゃっ! にゃんっ!!」 「何言ってるか全然分かんねぇ! 人間の言葉しゃべれ」 「なーっ! にゃにゃーっ! にゃ、にゃ!」 「だから分かんねぇって言ってるだろう! ついに頭ん中まで獣になったか?」 「ふーっ!」 猫化したエイトと、そんな彼へ本気で怒鳴っているククール。 結局どっちもどっちよね、と彼らを眺めやっているゼシカの向こう側で、低レベルな言い合いは新しい局面を迎えようとしていた。 「お前、どうあってもその猫ごっこ、止めないつもりか?」 「にゃーっ!!」 「そうか、そっちがそのつもりならこっちにだって考えがある」 不適に笑ってククールはごそごそとポケットをまさぐった。 取り出したのはピンク色の可愛らしいぽんぽん、うさぎのしっぽである 「ククールお兄さんは優しいから、お前の気がすむまでとことん付き合ってやる」 そう言ってククールは「ほら、お前猫なんだろ。じゃれ付いてみろよ」とウサギのしっぽをエイトの前で揺らし始めた。 そのようなことを言われてはじゃれ付かないわけにはいかない。ククールの言葉にそのまま乗るのはしゃくだったが、それでも今自分は猫なのだ。せっかく苦労して猫耳まで作ったのだから、猫になりきらないと損である。 随分と人から外れた思考回路を持つエイトはそう考え、「にゃっ」と右手を出してうさぎのしっぽを弾こうとした。 す、とそれが上に持ち上げられる。追いかけるエイト、追いつかないようにとそれをずらすククール。素早さはククールの方が上、その上背の違いもある。エイトの手がうさぎのしっぽへ触れることはない。 「よっ、ほっ、残念、こっちだって」 「にゃ、にゃっ!」 うさぎのしっぽを使った追いかけっこを続けたのちしばらくして、ククールは柔らかなしっぽを握り締めた腕を振り上げた。 「よぉし、エイト、取って来い!!」 「にゃぁあんっ!」 遠くへと放り投げられたうさぎのしっぽへ向かって、条件反射のようにエイトが駆けて行く。 その背中へ「しばらく戻ってくるなよー」と声をかけたククールの左手にうさぎのしっぽが実は握られたままであることに気がついて、ゼシカは「酷い男」と呟いた。 「でもククール、『取って来い』って物投げるのって、猫じゃなくて、犬よね」 ゼシカのその指摘を、ククールは丁重に無視しておいた。 ブラウザバックでお戻りください。 2005.06.19
すみません、本当にごめんなさい。久々の更新がこれって、どうよ。 おそらくご本人様も忘れていらっしゃるでしょうが、以前「猫じゃらしにじゃれる猫エイト」というリクを頂いたので、それを目指してみました。猫じゃらしではなくうさぎのしっぽですが。 |