明ける瞬間


 どれほど危機迫る旅であったとしても、年が変わる日まで魔物相手に進むつもりなど毛頭ない。新年を明日に迎えたその日、エイトたち一向は今日は早めに切り上げよう、と昼過ぎには近くの町へ宿を取り、年を越す準備を始めていた。
 準備、といっても大したものではない。トロデ王にいつもより上等な酒を用意し、ミーティア姫を温かな小屋へと案内する。簡単な夕食をとった後、つまみやら何やらを買い、宿の部屋へと戻った。二人部屋を二つ、組み合わせはいつもの通りで、エイトとククール、ヤンガスとゼシカ。うまい具合に酒に強い二人と弱い二人が組になっているので、弱い二人がそのまま眠れるように、とヤンガスたちの部屋で宴会を始めることにする。

 その作戦は見事成功し、年を越す前に二人はアルコールの力を借りてあっさりと夢の中へと落ちていった。酒、用意しない方が良かったかな、とエイトが後悔するほどに。
 眠ってしまった二人をそれぞれベッドの中へと押し込み、残った酒とつまみを持ってまだほとんど素面のエイトとククールは静かに自分たちの部屋へと戻る。ククールは始めからこうなることを予測していたらしく、二人が部屋に戻ったときに室内は程よく暖められた状態だった。

 仕切りなおし、と二人で向かい合ってグラスをあわせ、とつとつと取りとめもない話をしながら時間を過ごす。別に年を越すその瞬間に起きていたいというわけではない、眠ってしまってもまったく構わないのだが、それでもなんとなく年越しを感じていたくて二人は杯を空けていた。

「年越しっていっても、俺は今まで仕事だったしなぁ」
「お前、クリスマスのときも同じこと言ってたじゃん」
「理由も同じだよ。家族持ちとか恋人持ちは休みたがるから人手が足りなくなるの。俺、どっちもないから適役っしょ」
「寂しいな、おい」
「そうか? でもたいてい日が変わるその瞬間も起きてたから、色んなことやったぞ?」

 つまみに、と用意した細長いチーズを自分の口にではなく、トーポへと分け与えてやりながらエイトが言う。それに「色んなこと?」とククールが首を傾げた。

「年越すその瞬間に人がやってないことをやろう! って感じ」

 面白いだろ、といたずらっ子のような笑みを浮かべてエイトが答える。そんなくだらないことを嬉々としてやる人間など、エイトくらいのものではなかろうか。軽くため息をついて、「どんなことやったの」とおざなりに尋ねた。

「えー、ジャンプするのは当然だろ? 片足立ちとか、逆立ちとか、空にギラ放ったこともあったな」
「危ないな、おい」
「今なら確実にライデインにするけどな」
「余計危険だ」

 楽しそうに言うエイトへククールは呆れたようにそう答える。そのままちらりと窓の方へ視線を向け、そろそろだな、と思った。この町でではないが、近くのより大きな町では新年を迎えると同時に花火が上がると言う。この周辺の村々は毎年それを合図に年を越すのだ、と。
 エイトも同じように窓の外、空へと視線を向け、「今年は何をしてよっかな」と呟く。

「大抵のことやっちゃったからなぁ。そろそろ考えるのが辛くなってきた」
「じゃあやめれば?」
「冗談。ここでやめたら男が廃る。今年はククールも一緒だしな。二人じゃないとできないことがいいなぁ。腕相撲とか指相撲はどうだろう」

 エイトは腕を組んで真剣に悩み始めた。この真面目な表情が振りなのか、それとも本気でやっているのか、いまいち判断のつかないところだ。

「つか、オレ巻き込むことは既に前提かよ」
「拒否権ないよ?」

 にっこり笑って言われてしまえばもうククールに返す言葉などなかった。エイトはわがままで子供っぽいが決して強引なわけではない。それでも逆らえないのはやはりエイトだからだろう。仕方ないエイトなのだから、と思えてしまう。彼はきっとそのおかげでずいぶん得をしているに違いない。
 はっきりと拒否することができない自分を棚に上げて、ククールはそんなことを考えていた。

 その間にも時間は着々と流れ、いよいよ新年が近づいてきている。がやがやと外も騒がしくなってきた。記念の花火を見ようと人々が外へ出て、集まり始めたのだ。
 持っていたグラスをテーブルへ置き、窓際へと移動してその様子を確かめたククールは、振り返って口を開く。

「よし分かった、参加してやる。してやるから、何をやるかはオレに決めさせろ」
「えー? 今までやったことと被らない?」
「二人で年越しってのはあんまりなかったんだろ? だったら絶対被らない」

 きっぱりとそう言い切って、ククールはエイトを手招きした。そろそろ花火が打ちあがる、つまり年が明ける。

 呼ばれるままに窓際へと近づいたエイトが、「で、何やんの」と尋ねた途端、その唇はククールに捕らわれてしまった。
 軽く重ねるだけだったものが、息苦しさからかエイトが少し唇を開いたと同時に深いものへと変わる。暖かく、柔らかな舌で己の舌を突かれ、エイトはひくり、と震えた。その反応にククールはのどの奥で笑うと、唾液を混ぜるように緩やかに絡めていたものを、徐々にきつく、激しくしていった。ぴちゃり、と湿った水音が二人の耳に届く。エイトは思わず耳をふさぎたい衝動に駆られたが、己の意思に反して彼の手はすがりつくようにククールの背へ回っている。
 口内を蹂躙するその刺激に、腰から背にかけてぞくり、としたものが這い登ってきた。それを感じ取ったのか、絶妙なタイミングでククールがエイトの腰をいやらしく撫でる。
 その手の動きに「んぅ、」とエイトが甘い呻きを漏らすと同時に、窓の外で花火が上がった。


「明けましておめでとう」
「っ、のやろっ……」


 唾液でぬれた唇をぺろりと舐めてククールはようやくエイトを解放する。にっこりと笑ってそんな挨拶をしてくる彼を、エイトは涙で濡れた目で睨んだ。
 どんどん、と低い音が外から響く。花火がまた数発空へと打ち上げられたようだが、既に二人の視界には移りこんでいなかった。
 エイトは悔しそうな顔のまま唇をぬぐうと、窓際にあったベッドへククールを導き押し倒す。「わお、積極的」と口笛を吹いたククールへ、そのまま唇を押し付けた。どうやらその気になってしまったらしい。ククールとしてもそれは願ったりのことなので、まだ幼稚なエイトからの口付けをされるがまま受け入れた。




「確かに今までと被っちゃいなかったが、キスってのはありきたり。二十点ってとこだな」


 押し倒す側と押し倒される側が入れ替わった体勢になったころ、エイトがぽつりとそう漏らす。そんな彼にくすくすと笑みをこぼし、素肌へ手のひらを滑らせながら「じゃあ来年は生本番真っ最中に決定」とククールは答えた。
 エイトが何か言葉を返す前にククールに口を塞がれ、柔らかな愛撫を開始されてしまう。


 つまりはそれ、来年も一緒にいてくれるってことか。


 ふと思ったことは結局言葉にならず、あとはただ与えられる快楽に呑まれるだけだった。




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2006.01.05








明けましておめでとうございます。
今年もどうぞよろしくお願いいたします。

しかしありきたりだ。二十点は高い。