料理対決!?


 うららかな日差しが溢れるある晴れた日の昼。
 昼食休憩に、と一行が足を止めたその場で、のんきな少年の声が響いた。

「エイトくんの、約三分間クッキーング!」

 そのまま「ちゃららっちゃっちゃっちゃ、」とリズムを取り始めたエイトへ「うるせぇぞ、音痴」とククールが罵声を浴びせるが、怒られた当人はまったく気にしていない。そのまま番組の提供まで口走りながら着々と作業を進めていった。
 彼の言葉から分かるように、今日の昼食の当番はエイトである。彼の性格なのか、料理一つにしても黙ってできないようだ。

「えー、本日のメニューは『春を満喫、フレッシュサラダ』です。うわー、せんせー、美味しそうですねぇ!」

 どうやら料理の先生と助手役の局アナを一人二役でこなしているらしい。声質まで変えて一人で自分の作業を実況している。

「作り方はいたって簡単、野菜を切って盛り付けるだけ! あとはお好みのドレッシングをかけてお召し上がりください!」

 言いながらエイトは手元のボウルへ野菜を切って入れていく。盛り付けも何もあったものではないが、これに関してはいつものことなので誰も文句を言わない。

「三分もかかってねぇじゃん」
「だから『約』ってつけただろ」

 ククールが文句を言うと、エイトは胸を張って言い返す。

「アバウトすぎる」
「うるせーよ、ハゲ」

 笑顔で繰り出されたその言葉に甚くショックを受けたククールが木陰で体育座りをして、「まだハゲてないもん」と拗ねているのを横目に、「放送時間が余っちゃったのでもう一品」と、エイトはサラダを置いてなにやら食糧の入った荷物をあさり始める。 干した牛肉、香辛料、その他諸々を取り出して並べて一つ一つの分量(五人分)を紹介し始めた。
 一通りの説明が終わってからエイトは馬車の荷台から銀色の蓋が乗った盆取り出すと、

「以上の材料を四十五分ほど置いておいたものがこちらにご用意してあります!」

 と、叫んでその蓋を取る。
 その盆の上には、確かに今紹介された材料によって作られた牛肉の煮込みが湯気の立つ状態で乗っていた。

「いやいや待て待て! 作る過程を省略するな! 料理番組の意味ねぇだろうが!」

 思わずそう突っ込みを入れるククールの後ろで「あれ、一体いつ作ったのかしら」とゼシカが首をかしげている。
 「ゆっくり時間をかけることで、牛肉が柔らかくなるんですよー」と解説をしていたエイトは、ククールの方を見やって顔を顰めた。

「さっきからごちゃごちゃうるせーよ。何、俺の料理にケチつける気?」
「いや、別にお前の料理にケチをつけてるわけじゃ……」

 ククールがそう言うも、エイトの耳には届いていない。彼は「お前の料理よりはマシだろうが」と言葉を続ける。それを聞いてククールがカチンときたのも無理はないだろう。

「なんだ? オレよりお前んが料理がうまいって? そういうこと?」

 野宿をしない限り夕食は町の食堂や宿屋で済ます。彼らが自炊をしなければならないのは街道脇でとる昼休憩のときのみであるが、そのとき昼食を作るのは当番制であった。当番といっても明確に順番が決っているわけではなく、「この間ゼシカがつくったから、じゃあ今日は俺が」といったような感じなのだ。この場合面倒くさいことを嫌うククールが自ら名乗り出るはずもなく、ゼシカやヤンガスあたりに言われてしぶしぶそれを引き受ける。そのため自らすすんで昼食を作るエイトとは異なり、ククールが料理をする回数はかなり少ない。少ないが、それでも出来ないわけではないのである。ある程度年齢がいってからは巧妙にサボる方法を見つけたが、まだそこまで頭が回らない幼い頃はバカ正直に修道院の厨房に立ってせっせと働いていたものだ。
 一方エイトはというと、彼も同じようにまだ剣も振り回せない頃に厨房での下働きを経験していた。兵士になってからも野外訓練等で自ら食事を作る機会も多かったため、おそらくパーティメンバの中では一番料理と縁がある生活を送っていただろう。

「当たり前だろう。剣の腕も料理の腕も、俺がお前に負けるはずがない」
「エイト、知ってるか? 根拠のない自信ってのはただの思い込みって言うんだぜ」
「今までの旅で十分に根拠が見て取れたはずだけどなぁ? お前が見逃してるだけじゃね?」
「その根拠がそもそも思い込みだっつってんだよ」
「思い込んでんのはそっちだろ、自意識過剰男」
「何か言ったか、脳味噌空っぽの脳天気男」

 互いに罵声を浴びせ掛けてにらみ合い、次の瞬間にエイトは持っていた金属製の食器を、ククールは整備中だった盾を同時に相手へと投げつけた。

「食器は投げちゃいけませんって習わなかったのか?」
「盾は身を守るものであって、攻撃するもんじゃねぇぞ!」

 同じように投げつけられたものをよけてから、同じように口を開く。もしかしてどこかに台本でもあって、二人してそれをなぞっているだけなのではないだろうかと疑いたくなるくらい、同じタイミング。
 休憩中ということもあり互いに武器を手元に置いていなかったため、口喧嘩はやがて取っ組み合いのけんかへと発展して行く。胸倉を掴んで髪を引っ張り、頬を抓って、拳を固めたところで突然、二人の間を裂くようにメラミが打ち込まれた。

「なっ!」
「何すんだ、ゼシカ!」
「当たったらオレら、丸こげじゃん!」
「いくら腹減ってるからって、俺らは食材じゃねぇぞ!」

 ぎゃあぎゃあと交互に口を開いて文句を言ってくる彼らを見て、ゼシカは額を抑えてはぁ、と溜め息をついた。やっぱりどこかに台本があるに違いない。毎夜毎夜彼らは明日の行動を綿密に打ち合わせているに違いない。そう思わないとやっていられないような気がした。

「何、じゃないわよ。二人ともくだらないことで喧嘩するの止めてくれる? これ以上やったらランクアップさせるわよ?」

 ランクアップとはつまり、メラミではなくメラゾーマを打ち込むぞ、とそう言っているわけであり。

「さすがにそれは死ぬな」
「うん、死ぬな」
「死にたくはないけど」
「このままうやむやになるのもむかつくな」
「な」

 ムカツクのはこっちの方よ、という心の叫びを何とか抑えこんで、ゼシカは口を開いた。

「うやむやになるってのはつまり、どっちが料理の腕が上かってことでしょう? だったら殴りあうより料理で勝負しなさいよ。どうせ明日は次の町に昼までいるでしょう? そこで好きなだけ材料集めて料理するといいわ。勝負は明日の昼食、審査は私とヤンガスとトロデ王でする、何か文句は?」
「ありません」
「一切ございません」

 腰に手を当ててひと息に言い切ったゼシカに逆らうことなどできるはずもなく、エイトとククールは両手を挙げて彼女の意見に賛意を示す。

「明日の昼か。亡きトロデーン城の料理長から直々に伝授された腕を見せてやるぜ」

 はん、とククールをバカにしたように笑うエイトの後ろで、「まだ死んではおらんのだがのぅ」とトロデ王が寂しそうに言った。


***


「ほんと、どうしてあの二人はこうなのかしらね」

 はふぅ、と大きな溜め息とともにゼシカが呟きを漏らす。それに苦笑を浮かべながらも「しかたねぇでげすよ」とヤンガスが口を開いた。

「兄貴は小さい頃から城にいたって言うし、ククールの野郎もあの状況じゃ年の近いダチなんていなかったんじゃねぇでげすか? ああやってバカみたいに喧嘩して騒ぐのが楽しいんでげしょう」
「つまりガキってことね」
「否定はしないでがす」

 ヤンガスの言葉にゼシカも同じような苦笑を浮かべて肩を竦める。
 今二人はエイトとククールに宿屋を追い出されたため、仕方なく時間まで町中をふらふらしている最中であった。エイトは「何事も形からが大事!」と宿屋の主人に頼んで厨房と、宿の裏庭を借り切ったらしい。彼はこういう面白そうなことには全力を注ぐ傾向がある。いつもならばククールがそれを止めるのだが、今回ばかりは彼もエイトサイドの人間だ。一体どんな勝負事になるのか、それを提案したゼシカですら想像がつかなかった。

「さて、と。そろそろ時間かしらね」
「でげすね。トロデのおっさんを呼びに行きやしょうか」
「でもミーティア姫も一緒に、なんて大丈夫かしら」

 昨日のゼシカの話では審査員は二人とトロデ王の三人でおこなうことになっていた。しかし、今朝エイトは「裏庭にセッティングするから姫殿下もお連れしてくれ」とゼシカに頼んできたのだ。確かに裏庭ならば馬の姿であるミーティア姫でも入ることが出来るだろうが、本来ならばあまり歓迎されることではないはずだ。おそらくエイトが宿屋の主人に交渉し、許可を得たのだろう。

「ほんと、こういうことには努力を惜しまないんだから」

 口元を緩めてゼシカがそう呟くと、ヤンガスが「そこがエイトの兄貴のいいところでげしょう?」と笑った。

 宿屋とは反対の方向にある町の入り口へと向かい、外で待機していたトロデ王、ミーティア姫と合流をする。もともとこの町の宿屋に馬小屋はない。だから二人とも外で待っていてもらったのだ。
 大通りを馬車を引いて宿屋へと行くと、入り口では二人が彼らの到着を待ち構えていた。

「あら、もう準備は出来たの?」
「バッチリ。任せとけ」

 にやりと笑って答えたエイトはミーティア姫へ駆け寄って轡や鞍を外し、荷台も取り外す。

「さ、姫殿下、こちらへ」
「直接裏庭へ行けるんだ。ほら、お前らも」

 ミーティア姫を誘って宿の裏手へと回ろうとするエイトを見ながら、ククールが残された三人を促した。

「なんだか、思いのほか大事になってる気がするわ」
「そりゃゼシカ、エイトとオレを焚き付けたんだ。会場のセッティングは完璧だぜ?」

 昨日の昼の段階ではこんなところまで行くとは思っていなかった。もっと簡単に、宿屋の食堂で勝負をするのだと思っていたのだ。それがまさか試合会場までセッティングされているなんて。
 発端はただの喧嘩だったはず。それもどちらの方が料理の腕が上であるか、という至極くだらない理由の。どうしてその喧嘩がこんな発展を遂げているのか。ゼシカにはいくら考えても分からなかった。

「ゼシカ! どうしたんだ?」

 宿屋の角から顔を出したエイトが、振り返って彼女を呼ぶ。ふと気付くと自分以外は既に試合会場である裏庭へと向かったようだった。
 どうしてこんなことになっているのかは一切分からなかったが、エイトに呼ばれて行かないわけにはいかず、ゼシカは溜め息をついてリーダの後を追う。

「まさか、ビックリ料理対決、とか言い出さないでしょうね」

 溜め息をついて言いながら裏庭へと周り、そこに広がった光景に思わず絶句してしまう。先に来ていたほかの仲間たち(もちろん仕掛け人である二人は除く)も同様で、裏庭の様子に目を見張って驚いていた。
 説明が欲しくて二人の方へ視線を向けると、エイトとククールは至極楽しそうに笑みを浮かべている。
 まるで悪戯が成功したかのような、嬉しくて仕方がない笑みを。


 芝の上に設置されたテーブルには真っ白い清潔なクロスがかけられ、その上に所狭しと料理が並んでいる。まだ湯気の立つ肉料理から、スープ、サラダ、サンドウィッチ。大きなホールのケーキやフルーツの盛り合わせ。並べられたグラス、飲み物らしきビンを見るとどうやらアルコールも用意されているようだ。
 これはどこから見ても料理対決の会場ではなく、ただのホームパーティの光景でしかない。


「あ、兄貴、これは一体?」

 ヤンガスの言葉にエイトが笑いながら口を開く。

「何って、サプライズパーティ。いや、ここのところさ戦いばっかりで味気なかっただろ? たまには気分転換も必要だし」

 だから、突然こんなことをした、と。
 ただそれだけの理由でこんな大掛かりなものを用意した、と。
 エイトは笑ってそう言った。

「さすがに俺一人じゃ無理だからククールに手伝ってもらってさ」
「驚け、そこに並んでる料理、ほんとにオレらだけで作ったから」

 その言葉にゼシカは思わず「ウソォ!」と声をあげてしまった。

「嘘じゃないよ。マジマジ」
「自分の手作りなどお口に合わないかもしれませんが、こういう形でしたら陛下や姫殿下も普通にお食事が出来るかと思いまして」

 ころり、と態度を変えてトロデ王とミーティア姫をテーブルの方へと案内する。確かに彼らと食事を取ることができるのは野営をするときくらいで、そのときにはこんなに多くの料理は並ばない。宿屋につれて入ることも出来ないため、こうした料理はおそらく二人とも久しぶりであろう。
 「わしは良い家臣を持った」と感激しているトロデ王を宥めながらエイトは椅子を薦め、皿を用意する。ほか二人もククールに薦められてそれぞれ席についた。
 グラスに注がれた琥珀色の液体、取り分けられた温かそうな料理。これを目の前に顔がほころばない人間などいないだろう。

「さ、今日は面倒くさいことは全部忘れて、とりあえず食おうぜ」
「どうぞ、召し上がれ」

 仕掛け人である二人の言葉が合図となり、パーティが始まった。
 こんな場を用意してくれた二人に感謝をしながら、それぞれ目の前の料理に取り掛かる。料理対決が行われると思っていたため、もともとみんな空腹ではあったのだ。
 大きな木のボウルに綺麗に盛り付けられたサラダを自分の皿へと取り分けるゼシカ、いきなりカットされたケーキにかぶりつく甘党のヤンガス、まずはアルコールからとグラスを傾けるトロデ王。そんな彼らを見て、にこにこと嬉しそうに笑うエイトとククール。

 しかし次の瞬間、それぞれの物を口に含んだ三人は一斉に顔を顰めて声をあげる。

「って、何よ、これ! このサラダ、すごく甘いっ!」
「こっちのケーキは中身がチキンカツなんでげすが……」
「エイト、何故ワインの瓶にオニオンスープが入っておるのじゃ?」

 彼らの反応を見て、エイトとククールは顔を見合わせにやりと笑った。

 甘かった、とゼシカは思う。
 確かに口に含んだサラダも甘い。おそらくガムシロップがかけられているのだと思う。しかしその甘いサラダ以上に自分も甘かった。
 この二人が揃って、ただの昼食会が開かれるはずがなかったのだ。


「だから言っただろ? サプライズパーティだって」


 二人の口から同時に発せられたその言葉に軽く頭痛を覚えながらも、ゼシカは気力だけで甘ったるいサラダを飲み込んだ。




「ところであんたたち、いったいいつからこんな計画立ててたの?」

 見た目に反した味がするだけで、決して食べられないものではない料理を口にしながらふと疑問に思ったことを尋ねてみる。もとは料理対決だったはず。昨日の喧嘩は一体なんだったというのだろうか。
 ゼシカの質問に、エイトとククールはにやり、とよく似た笑みを浮かべる。

「ひ、み、つ」

 またも同時に吐き出された言葉に、やはり二人とも毎晩次の日の行動の打ち合わせをしているに違いない、あの喧嘩も全て二人の計算だったに違いない、とゼシカは強く思った。




ブラウザバックでお戻りください。
2005.11.27








発売一周年記念。
意味もなくパーティを開かせてみた。