「お前、これヤバくね?」
「……ヤバいかな」
「やばいだろ。姉さんに見つかったら怒られるぞ?」
「殺されるかな」
「イオナズンは覚悟しとかねぇとな。下手したらマダンテだ」
「隠しとこうか」
「そうだな。オレもまだ死にたくは」
「二人して何の悪巧み?」

 ククールの言葉を遮るように放たれた声に、額を寄せ合って何やら相談していた二人はびくりと肩を震わせた。一拍置いてから振り返った彼らの目には、ニコニコと笑みを浮かべたゼシカの姿がうつる。腰に手を当てて立っているその様子は一見普通だが、しかし彼らには分かっていた。彼女の目が真っ直ぐに、二人が必死になって隠そうとしているものを捕らえていることに。

「あら? それ、私の水のはごろもじゃない? あらあら、そんなに破って。もう着られないわねぇ」
「い、いや、ゼシカ、これには、深い訳が……」

 エイトが慌てて口にした言い訳は、ゼシカの怒鳴り声にあっさりと吹き飛ばれてしまった。

「問答無用。あんたたち二人で新しいの、調達してきて頂戴ね!」
「「……はい」」



夕日と同じくらいに



 実際に彼女の装備をだめにしたのは自分ではなく、本来はまったく関係ないはずなのにどうして。
 そんな想いを抱えながらも、文句を言うことの無意味さを身を以って知っているククールは、黙ってエイトの背を追った。

「とりあえず金、稼がないとなぁ」

 頭をかきながらエイトは呟く。

「水のはごろもだから14800ゴールドか。魔物倒して何とかするしかねぇよな」
「よっしゃ。じゃ、とりあえずトロデーン周辺にでも飛ぶか」

 エイトはそう言ってこちらへ手を差し出した。ククールもルーラを使うことはできるが、多少巻き込んでしまった罪悪感でもあるのだろう、魔法を発動させてくれるらしい。それに甘えてククールは素直にエイトの手を取った。

 今日は本当ならば休息日なのである。旅の疲れを癒し、また明日から続く行程への英気を養う一日。それなのになんで、という気もしなくもないが、今さら考えたところで仕方がない。さっさとやるべきことを終わらせるに限る。
 しばらく街道筋をうろうろしてようやく魔物に出会う。こちらは二人ではあるが、レベルはかなり高いのでそう苦労することもないだろう。ククールは剣を構えながら、隣でヤリを手にするエイトへ声をかける。

「エイト、出し惜しみすんなよ。どうせ宿屋に戻るんだから、大技連発していこうぜ」
「誰に物言ってんだ。俺さまの辞書に手加減という言葉は存在しねぇ!」
「ああ、『手加減』って漢字が読めないんだな」

 ククールが言うと同時にこちらへ放たれたジゴスパークを、寸でのところでひらりと避ける。

「馬鹿野郎! オレ相手に大技出してどうすんだ!」
「だから言っただろ、俺の辞書に手加減って文字はねぇの」
「分かった分かった。今度お兄さんが『漢字ドリル』買ってきてやるから。教えてやるから!」
「バカかお前は! 『ひらがな練習帳』から始めないと意味ねーじゃん!」
「そこからなの!?」

 ぎゃあぎゃあと言い合ってはいるが、彼らの攻撃の手が休まることはない。着々と魔物を倒し、ゴールドをゲットする。

「なんなら『計算ドリル』も買ってこようか」
「足算からのやつを頼む。掛け算割り算から買ってこないでね」

 本気なのか冗談なのか、判別のつかない無駄口を叩きながら、トロデーン城周辺をうろうろする。場所に飽きたら適当にルーラで飛び、ゴールドを落とし尚且つ二人でも勝てる魔物が住んでいる地域へと行く。
 それを繰り返していくうちにある程度の金額が溜まったのだが、それよりも先に空が赤くなり始めた。昼すぎから戦闘を繰り返してきた体にも疲労が溜まってきている。近くの宿屋で一泊するか、一度戻って集めだけの金を渡してゼシカに許しを請うか。どちらが良いのか言い合いながら歩いていたところで、突然エイトが立ち止まって声を上げた。そして一目散に道を外れて西へと走り始める。
 また何か妙なものでも見つけたのかもしれない。
 彼の奇行に慣れているククールは特に慌てることもなくエイトを追った。

「ククール! 見てみろよ、すっげぇ真っ赤!!」

 街道脇に立ち並んでいた木々を掻き分けて進んでいると、先に行ったエイトが彼を呼ぶ。その方向へ向かうとどうやらすぐに崖になっているらしく、海が眼前に広がった。
 沈みゆく夕日の所為で赤く染まった空と海を背後に、エイトが立っている。逆光でその表情は見えなかったが、おそらく宝物を見つけたときのような、生き生きとした笑みを浮かべているだろう。まざまざとその顔を思い浮かべることができて、ククールは軽く笑みをこぼした。

「おー、確かにこりゃすごい。絶景だ」

 二人が立つ場所はかなり高い崖の上で、視界に遮るものは何もない。位置的に他の島が見えることもなく、ただ海と空と、太陽だけがそこに存在していた。

「夕日とか見てると、どうもお前の顔が浮かぶんだよなぁ。赤いからかなぁ。そのバカみたいな赤い服でインプットされたんだろうなぁ」

 ぼうと夕日を眺めていると、隣でエイトがぼそりと呟いた。「バカみたいってのは失礼だろうが」と軽く頭を殴ってから、

「お前の頭が単純すぎるんだよ。オレはむしろこういう景色見たら、お前を思い浮かべるけど」

 なにものにも遮られることなく、捕われることなく、どこまでも広がる景色。
 それがどこまでも自由な心を持つエイトとイメージ的に被って見えるのだと思う。理由を述べなかったためエイトは「えー? 何で? 俺赤くないぞ?」と首を傾げていた。

「しばらくここで見てくか?」

 尋ねるとエイトは素直に頷いた。夕日と海と空を前にして、後ろにあった木へ背を預けるようにして座り込む。エイトもその隣に、普段の口うるささが嘘であるかのように静かに座り込んだ。
 彼が景色へ向ける視線を見て、ふとククールは思い出す。

「……そういえばさ、お前、空嫌いなんじゃなかったの?」

 以前そのようなことを言っていた。今の今まで忘れていたが、空が見えるところで寝たくないとまで言っていたのだ。それなのにこうしてわざわざ空を見るなど、どこか矛盾しているのではないだろうか。
 問い掛けると、「うん、嫌いだよ」と肯定の答えが返ってくる。

「でも、赤くなってるのなら平気みたい。空っぽくないからかも」

 空という言葉で単純に思い浮かぶのはやはり青一色のもの。エイトが見たくないと避けるのはおそらくそういう空なのだろう。

「あとはやっぱり、赤っていうとお前のイメージがあるからだろうなぁ」

 しみじみとした言葉だったが、なんだかずいぶんと凄いことを言われたような気がしてククールは肩を竦めて「そりゃどうも」と礼を言った。

「ずいぶんとありがたい言葉だけどな。お前じゃなくて綺麗なおねーさんに言われてぇよ、オレは」
「確かになー。男二人でこんな景色見てもなぁ」
「女と二人きりなら相当盛り上がるぞ、この状況は」

 言いながらどんどんと今の状態が空しくなってきたククールは、大きくため息をつく。

「何が悲しくてオレは、こんなところで野郎と二人して夕日を眺めてなきゃならんのだ」
「そう思うならこの手、離せ?」

 ブツブツと文句を言いながらククールは隣にいたエイトを引き寄せて、腕の中に閉じ込める。エイトは不服そうにそう言うも、ククールの腕から逃れる気はないらしい。自分から位置を変えて、ちょうどククールの足の間にくるように座り込んだ。
 小さなエイトをすっぽりと抱きこむようにして腕をまわし、その頭の上に顎を乗せて正面の景色を眺める。
 本当に、この腕の中の人間がエイトでさえなければシチュエーションも何もかもがばっちりなのに。

 そんな想いを首を振って払いのけ、ククールは「エイトー、好きだぞー」と告白をしておいた。

「そうかー、俺もククールのこと好きだぞー」

 エイトは慌てることもなく照れることもなく、あっさりとそう言って返す。なんだか悔しくなったククールは、彼を抱きこむ腕の力を強くして、耳元に唇を寄せた。

「そんなにあっさり流すなよ、人が一世一代の告白してるってのに」

 いつもより低い声、ありていに言えば夜にベッドの上で使うような声で囁く。その変わりように何を感じ取ったのか、エイトが僅かに身じろぎをした。

「なぁ、エイト。オレ、冗談で男にコクるほど神経太くねぇよ? そこんとこ考えた上で、ちょっとは真面目にオレの言葉、受け止めてくんない?」

 体を固くしているエイトの顔を無理やり横に向ける。覗き込むようにして見やれば、目と目が合った。
 漆黒の目。
 おそらく、ククールがエイトが持つものでもっとも惹かれるのはこの目だ。何もかもを見透かされるのではないだろうかという軽い恐怖と、それを上回るほどのえも言われぬ快感。

「ククール……」

 と、エイトが震える唇を動かして小さく名を呼んだ。

「俺、だって……冗談で、言ったり、しねぇよ」

 そのあとに続けられた言葉に、ククールは口元をゆがめた。「それ、本当?」と、更に覗き込んで尋ねると、エイトは俯いてしまったものの確かにしっかりと頷く。

「エイト、顔、見せて?」
 お前の顔が見たいんだ。

 甘く囁いて再び顎を持って顔を上げさせる。目と目が合い、自然に近づいていく唇。どちらも目を閉じようとしない。しっかりと視線を合わせたまま、唇が重なる、その瞬間。


「あーーっ! これ以上やってられるかぁっ!!」


 エイトの叫び声と、ごつんという鈍い音があたりに響く。少し遅れて額に鈍痛が走り、ククールは額を押さえ込んでうめく。どうやら頭突きをかまされたらしい。相当勢いがついていたらしく、エイトの方も涙目になって自分の額を抑えていた。

「ってぇっ! ……エイトッ! 何すんだよ!」
「何じゃねぇ! 続きなんてやってられねぇよ!」
「何でだよ。すげーいい雰囲気だったじゃん」

 唇を尖らせてククールが文句を言うと「アホかお前は!」と怒られた。

「いくら俺でも羞恥心ってもんがあるんだよ! さすがにあのまま続きをするのは恥ずかしいぞ!?」

 夕日に照らされて分かりにくいが、確かにエイトの頬はうっすらと赤く染まっている。それはそれで珍しい光景を見ているよな、と思いながらも、ククールは「仕掛けてるオレの方がもっと恥ずかしいっての」と言い返した。その言葉に、エイトは「はぁ!?」と声を上げる。

「何でお前が恥ずかしがるの。慣れてんじゃねぇの、こういうの?」
「慣れてるよ、何回やったか分からんくらいだ」
「じゃあ今さら恥ずかしがることねーじゃん」
「バカ言え。遊び相手に言うのと本命に言うのと、同じであって、たま、る、か……?」

 言っている途中に自分の言葉の内容に気がついたのか、その言葉尻は途切れ途切れになっていった。どれほど普段鈍感だとバカにされているエイトであってさえ、彼の言葉の意味を瞬時に悟って顔を赤くする。
 さすがに互いに目を合わせていられなくなって、同じタイミングで目をそらした。

「今オレ、ものすげぇ失言をかました気がする」
「俺もそう思う」

 多少自己嫌悪に陥りながらもククールがそう言うと、エイトもなんと言って良いのか分からないのだろう、いつもとは違った声のトーンでそう同意した。
 しばらく互いに言葉が見つからず、気まずい沈黙が流れる。

「あー、っと、えと、き、聞かなかったことにしとこうか?」

 何とかしてその空気を打破したいエイトが、苦し紛れにそう提案してきた。
 それはそれでありがたいことだと、そう思いはしたが。

「んだよ、お前、聞かなかったことにしたいの?」

 少しだけ拗ねた口調で尋ねると、エイトは「そういうわけじゃないけど……」と口ごもる。
 そんな彼の声を聞きながら、どうやら自分は聞かなかったことにされると気分を害すらしい、とククールは他人事のように分析した。さてそれはどうしてだろうか、とその理由はわざわざ考えるまでもない。
 はあ、と大きくため息をつくと、前を向いてしまったエイトを再び抱きしめた。


「エイト、好きだぜ」


 さて、この言葉にどれほどの真実味が加味されているのか。
 エイトには分からないだろう、何せ言った本人でさえ分かっていないのだから。

 頬へ手を添えて優しくエイトの顔を横へ向かす。後ろから覗き込んで、目と目を合わす。
 先ほどとほとんど同じ体勢のはずなのに、どうしてだろうか、全然違うように感じられる。
 真っ黒の目を見つめたまま唇を近づける。
 今度は頭突きもくることなく、そのまま二人の唇はゆっくりと重なった。



「……ククール、顔赤い」
「お前だって」


 重ねるだけの、可愛らしいキスをしたあと、唇が触れ合うほどの距離でエイトがそう言う。それに憮然としながらもそう返すと、彼は少しだけ考えて「夕日のせいじゃね?」と言った。
 なるほどね、と頷いてから、ククールは忘れ去っていた目の前の景色へと視線を移す。


「……かんっぺきに沈んでるけどな」



 ククールのその言葉を、今度こそエイトは聞かなかったことにした。





 余談ではあるが、その日ゼシカの元へ戻ってみたもののやはり許しは得られず、結局その次の日も二人で出稼ぎの旅に出ることになった。





ブラウザバックでお戻りください。
2005.04.10








あはははははは!!
背中、痒っ! 鳥肌立つ!! あはははは……はぁ。