おとうさんとおかあさんといっしょ 最後の決戦へ挑むためにはかなりの力が必要だった。何せ相手は神とまで呼ばれる存在。それを敵に回そうというのだ。それなりの覚悟と、かなりの力が必要であることは自明。それらを得るには進んで強敵を相手にするほかない。 そのためエイトたちは竜神王相手の試練を繰り返し受けており、必然的に竜神の里へ滞在する期間が続いていた。 やはりどこか人里とは異なるその空間だったが、慣れれば案外住み良いのかもしれない。 竜神王が正気を取り戻し、荒れ果てていた村も徐々に復興しつつある。その光景をぐるりと眺めて、ゼシカがぽつりと「ここがエイトの故郷、ってことになるのかしらね」と呟いた。 つい先日知らされたエイトの出生の秘密。驚くべきことに彼は竜神族である女性と、サザンビーク国第一王子との間に生まれた子供であったということだった。そして小さな頃はここで育った、と。それならば彼の故郷はこの里ということになるだろう。果たしてまったく記憶にない場所が「故郷」と呼べるかどうかはまた別の問題であるが。 「俺にもあったんだなー、そういう場所」 まるでそういう場所を持たないことが当たり前であったかのような、そんな口調でこぼされた言葉が何故か妙に悲しく思え、ゼシカがエイトへ何か言おうと口を開いたそのとき。 「へぇ! こういうところだったんだね、竜神の里って」 なんだかイメージと違うなぁ、と続けられたどこかで聞いたことのある声に驚いて一斉にそちらを振り向くと、何故か右手にナスで作った馬を持ったエルトリオが空中にふわふわと浮いていた。 「何でここにいんの!?」 エイトが叫んで問うと、彼は飄々と「だっておれ、地縛霊じゃないもん」と嘯く。 「ククールくん、僧侶だけあるよね。とっても憑きやすい」 「やっぱりククールくん、いいなー。パパに頂戴よー」と言う彼は、どうやらククールにとり憑いてここまでやってきたらしい。それを聞いて当の本人は「道理でこの間から肩が……」となにやら納得した様子だった。 「おーまーえーは! 何で余計なもんをつれて来るんだよ!」 「エイトー、『余計なもん』ってパパのことかなー」とエルトリオが笑顔で問いかけているが、エイトの耳には届いておらず、彼は怒りのままククールに詰め寄る。 「な!? そんなこと言ったって仕方ねぇだろ! 不可抗力だ!」 「不可抗力だったとしても、お前に一切非がなかったとしても、こんなん連れてきたお前が悪い!」 「完全に矛盾してるじゃねぇかよ」 「もし仮に俺が悪かったとしても、お前が悪いの!」 「どんなジャイアニズムだ!」 「知らん! とにかくお前が悪い。だから責任もってこれの」 始末をつけろ、と続ける前にエイトへ魔法によって作り出された巨大な火の玉、メラゾーマが打ち込まれた。 「何しやがんだ、くそ親父!」 「さっきから『こんなん』とか『これ』とか、パパに向かって酷くない!?」 「息子に向かってメラゾーマ放つ父親が言うなよ!」 「エイトだってこの間パパにベギラゴン打ったじゃない!」 「お前は一切ダメージ受けねぇだろうがよ! こっちは生身なんだ!」 「だからって魔法攻撃してもいいっていうの? 霊体差別だ! そんな子に育てた覚えないよ!」 そう叫んで、エルトリオは手に持っていたナスビをエイトに投げつけた。それくらいの攻撃をエイトが避けれないはずがない。事実エイトはエルトリオがナスビを投げるモーションを見せた瞬間から身体を構えて、右へ避けた。ところがそのナスビはあろうことか、エイトが避けた方へと急カーブで曲がってきたのだ。物理法則を完璧に無視したその動きに、一応人間の枠に収まっているエイトが対応できるはずもない。 スコン、と良い音がしてナスビがエイトの頭へ直撃した。 「な、何!? 何このナスビ!」 「それはねぇ、ご先祖さまの霊が乗るための乗り物だよ。それに乗らないとパパ、帰ってこれなかったんだ。パパのためにウィニアさんが作ってくれたんだよ」 無邪気な笑みを浮かべるエルトリオ。そういう顔をするとぐっと雰囲気が幼くなり、更にエイトにそっくりになる。 対峙する問題児二人を見やりながら、ゼシカが「野菜の動物って、どう考えてもこの里の風習じゃないわよね」と呟き、「遠い東の国の風習だったはず」とククールが書物で得た知識を引き出してくる。 「ウィニアさんって、母さん?」 「そう。エイトのお母さん。ほら、あの木の陰にいるでしょ?」 そう言ってエルトリオは里の中心に立つ、一本の大木を指差した。 つられるようにしてエイトがそちらへ目をやると、確かに木の陰からこちらを覗いている人影が一つ。 「どうしてウィニアさんはいつもああいう登場をするんだろう」 確か前回は墓石の向こう側から覗いていた。それを思い出してエイトが思わず疑問を口にすると、「それはね」とエルトリオがにっこりと笑って口を開く。 「ウィニアさんはね、すっ……」 俯いたまま言葉を続けようとしないエルトリオをいぶかしみ、暫く待ってみたが壊れた玩具のように彼はぴくりとも動かない。父親のぶっ飛んだ言動は今に始まったことではないので、エイトはフリーズしたエルトリオを無視して、ウィニアが隠れているらしい大木の方へと歩み寄った。 どうして死んでいるはずの両親がこうも白昼堂々現れるのかは分からなかったが、記憶にない両親と面と向かって会話が出来るのならそれを経験しておいて損はないだろう。今まで散々こちらへちょっかいを出してきた父親のことはもういい、それよりもやはり興味は母親へと向く。 ゆっくりと大木へと近寄り、「ウィニアさん?」とエイトが声をかけたそのとき。 「っきゃぁあああぁぁぁっ!」 金切り声、というのはまさにこのことを言うのだろう。 木の陰に隠れていたらしい女性が叫び声を上げて、エイトの胸倉を掴んだ。咄嗟のことにさすがのエイトも反応が出来ない。「え、え!?」と驚いた声を上げている間に、スパパパンとその女性(金髪で、耳がとがっていたから竜神族であることは間違いないだろう)に往復ビンタをかまされる。一体何が起こっているのかまったく把握できなかったエイトが赤くなった頬を抑えて涙目で目の前の女性を見ると、彼女は真っ赤になって両手で顔面を押さえ込むと「は、恥ずかしいぃっ!」と叫んでどこかへ走り去ってしまった。 どうすることも出来ず呆然とその後姿を見送っていたエイトの背後で、ようやくエルトリオが俯いていた顔を上げると、 「……っごく、恥ずかしがりやさんなんだ」 「恥ずかしがりやにもほどがあるだろう!」 思わずそう突っ込んだエイトへ、「だから『すっ…………ごく』恥ずかしがりやなんだってば」と平然と言ってのける。どうやら途中で言葉が途切れたのは、『すごく』を強調していたためらしい。確かに強調するだけある。 「成長した実の息子に声をかけられてびっくりしたんだろうねー。駄目だよ、エイト。ウィニアさんへ話し掛けるときは二十メートル先からまず声をかけて、それから徐々に近づかなきゃ」 あははー、と笑いながらそう言うエルトリオの後ろで、「まるで野生動物みたいね」とゼシカがぼそりと言った。 「ウィニアさん落とすの、大変だったんだよ」 エイトはパパの執念深さに感謝しないと。じゃないとエイト、生まれてこれなかったんだよ? 感謝をすることに異論はない。 生んでくれてありがとう、と言うことに抵抗もない。 ただ、感謝をする対象が笑いながら空中に浮かぶこの破天荒な父親であること、その父の執念深さへ、ということにエイトは納得がいかなかった。 何やら難しい顔で唸っているエイトの背後から、ぽん、と軽く肩が叩かれる。ちらりとそちらを見ると黒い皮手袋が目に入った。その手の持ち主ククールは、エイトとは異なり酷く納得したように頷いて言う。 「やっぱりあの二人はお前の両親だよ」 先日、エルトリオが突然現れたときにも思った。彼はエイトの父親である、と。それ以外のなにものでもない、と。 しかし今ウィニアのどこかずれたようなその行動を見て、やはりククールは痛感せざるを得ない。 彼らはエイトの両親である、と。 それ以外のなにものでもない。 悪意があったものではないはずだ。おそらく自分の欲に正直な彼のこと、思ったことをそのまま口にしたのだと思う。だからこそ、だろう。エイトは激しくショックを受けた。 「な、何で!? なんで『やっぱり』!?」 何故、と問われてもそう思うのだから仕方ない。答えられないからこそ『やっぱり』と思うのだ。 並んで立つほかの仲間たちからも同じような表情を読み取ったのだろう、エイトは酷く悲しそうな顔をすると、がっくりと肩を落とした。そして「そうか、俺はああいう変な夫婦の子供であることに違和感がないのか」と呟く。 誰も彼の言葉を否定しなかった。 当然、仲間たちのその反応にエイトは更にショックを受ける。そして、それを行動で表すかのように「うわぁあんっ! ぐれてやるぅっ!」と泣きながらその場を走り去ろうとした。しかし、エイトの行動はすぐに別の存在によって阻まれる。 ここは竜神の里のど真ん中なのである。人のいない場所ではない。用事があって行き来する竜神族たちが何人もいる、そんな場所なのだ。その中で前も見ずに突然走り出したものだから、近くにいた竜神族の青年に思い切りぶつかることになってしまうのも当然のことで。 「っ! わ、悪いっ!」 背の高い彼の胸に顔面をぶつけてしまい、鼻の頭を赤くしたエイトが謝るも、青年は「ふん」とエイトを見下して鼻を鳴らすだけだった。 「ごめんなさい、前、見ていなかった」 さすがにぶつかったのはこちらが悪いので、エイトはもう一度丁寧に謝罪を口にする。しかし、それで竜神族の青年の態度が変わるかといえばそうではなく、そこでエイトはようやく、彼がぶつかったことに怒っているのではないことに気が付いた。 「汚らわしい。触れるな、半端者」 竜神族は人間を酷く嫌っていた。人間など、とるに足らぬ存在である、と見下していた。それがエイトたちの働きによって多少見直され始めたものの、それでも根付いた思想が簡単に変わるはずがない。 エイトにはこの里での幼少の頃の記憶がない。だから自分がどのように扱われてきたのかも覚えていない。それが幸か不幸か分からないが、おそらく今の青年のような態度を取る人々に囲まれていたのだろうことはなんとなく想像がついた。 なるほど、自分の存在はやはりこの里の人々には癇に障るものでしかないらしい。 そのことをまるで他人事のように再認識していたエイトはふと、周囲の気配がざわついたのを感じた。振り返ると、明らかに攻撃呪文を放つ体勢のゼシカが目に入る。隣には静かに呪文を唱え、冷たい風を纏わり付かせて銀髪をなびかせるククール。ヤンガスも背負っていた斧を構え、今まさに飛び掛らんとしている。 どうして彼らがそこまで怒っているのかエイトにはまったく理解できていなかったが、ここで彼らを止められるのは自分しかいないことだけは分かった。そうしなければおそらくこの竜神族の青年は殺されなくとも、相当酷い目にあうだろうことも想像がつく。 慌ててエイトが仲間たちへ静止の声をかけたそのとき。 「うちの可愛い息子になんちゅーこというんじゃ、この馬鹿竜!」 叫び声と共に巨大なメラゾーマが放たれた。炎の固まりは青年の髪の毛を焦がし、側の地面を黒く焦がす。突然の攻撃に腰を抜かして座り込んだ青年へ、メラゾーマを放った男、エルトリオは目を据わらせたままどこからより取り出した剣の切っ先を向けた。 「エイトの何が汚らわしいって? こんなに純粋で綺麗な子、他にいないでしょー? それとも何? 君は世俗にまみれた欲深い人間や、偏見と差別からできてる竜神族の方が綺麗だって言いたいわけ? エイトはね人間と竜神族の良いところからできてるの。おれとウィニアさんの良いところからできてるの。おれたちの子供だから当然でしょ? そういうエイトに向かって、君はそんなこと言うの」 二度とその口がきけなくなるようにしてあげてもいいんだよ? 座り込んで恐怖に顔を引きつらせている青年へ、どこからより小石が投げつけられる。こつんこつん、とそれは正確に青年の頭へとヒットしており、その出所を探ると、いつの間に戻ってきていたのか、大木の陰よりウィニアが小石を休むまもなく投げつけていた。 さすがのエイトも、この二人がどうしてこんなことをしているのかくらい想像がつく。 半ば取り残される形になった彼の肩を、ククールが先ほどと同じように、ぽん、と叩いた。 「やっぱりあの二人はお前の両親だよ」 先ほどとまったく同じ言葉。 それにエイトが「だから何で『やっぱり』なのよ」と力なく返すも、その口元がどこか緩んでいることに気付いた仲間たちは、顔を見合わせて笑みを浮かべた。 ブラウザバックでお戻りください。 2005.05.22
パパがあんなんなのでママもある程度強いキャラにしないとなぁ、と妙な平等意識を働かせてみました。 ごめんなさい、本当にごめんなさい。小石、投げないでください。 |