UP↑・DOWN↓ そろそろ旅の最終目的達成も近いというのに、そういった雰囲気をまったく漂わせることなく、その日も一行はのんびりと街道を歩いていた。つい先ほど昼休憩を済ませたばかりでお腹も膨れている。頭上に広がる青空と輝く太陽、心地よい風。できればこのままお昼寝タイムに突入したいところだが、睡眠欲に乏しいリーダは仲間のそういう気持ちを一切汲み取ってくれない。 彼は一人元気に先頭を歩き、仲間たちは遅れないように、それでもどこかゆっくりとその背を追う。 そんな中、チン! と馬車の中から軽やかな金属音が響いた。そういえば、先ほどの休憩時にエイトが何やら馬車の中で作業をしていた。ゼシカがそれを思い出していたところで前方から「中身、確認してみてー」とリーダから声がかかる。それに返事をして、同じようにのんびりと隣を歩いていたククールと一緒に馬車の中を覗き込んだ。 「エイトー、お前一体何つっこんだんだー?」 蓋を開けるその前に確認しておいた方がいいだろう、とククールが尋ねると、エイトは「太陽の冠と魔獣の皮と、怒りのタトゥー!」と声を上げる。 一体その組み合わせで何ができるというのか。 互いに顔を見合わせながらゼシカが恐る恐る錬金釜の蓋を開けると、そこからポンと勢いよく赤い星型のタンバリンが飛び出てきた。 『ふしぎなタンバリン 戦闘中に使うと味方全員のテンションを一段階上げる』 五つの先端それぞれに鈴が付いたそれを手にとって眺め、ゼシカが「補助系の道具ね」と呟いた。 「テンション上がるってのは便利よね。私かあんたが持って使うのが妥当かしら」 「だな。エイトやヤンガスは攻撃が主だから、補助道具に一ターン消費は痛い」 「素早さからいって私かしらね。戦闘開始直後に使った方がいいでしょ?」 「でも、ピオリムやフバーハはゼシカしか使えないんだぜ? そっちを優先させた方がいいだろ」 「まぁ、ボス戦じゃそうね。じゃああんた持つ?」 「……非常に不本意だし、それを鳴らすのはかっこ悪そうだからご免こうむりたいけど、それが一番合理的だろうな」 本当に不本意そうな顔をしながらも、結局は受け入れる。そんな彼に苦笑を浮かべながらも、ゼシカがふしぎなタンバリンをククールへ手渡そうとしたとき、再び前方から「何が出来てたー?」と声だけでエイトが尋ねてきた。 そんな彼へ答えるために馬車の陰から姿を出して生成品を見せようと、ゼシカが身体を動かした瞬間、強い力でククールに後ろへ引っ張られた。思わずバランスを崩して倒れかけたゼシカを、彼は慣れた手つきで支える。一体何がしたいのか、と問い掛ける代わりに怒りのメラゾーマを放とうとしたところで、ククールがタンバリンを取り上げて馬車の中に放り込んだ。その代わりに転がっていた力の盾を取り上げる。 「力の盾だったぞ!」 「えー、力の盾って、前に別の組み合わせで作ったことあるじゃん!」 「でも出来たんだから仕方ねーだろ。ほら、誰だったかおっさんが言ってたろ、一つの道具を作るレシピは一通りじゃねぇって」 ククールの言葉にエイトはどこかすねたような声で、「じゃあ次はククール何か適当に突っ込んどいて。お役立ちアイテム、作れよ」と返してきた。 それに「へいへい」と返事をし、ククールはちょうど自分が持っていたエロスの弓と力の盾を釜の中に放り込んでおいた。 一通り彼らの会話がすんだところで、ゼシカは隣を歩く男のマントを引いて小声で「どういうつもり?」と尋ねる。それへ彼は前を向いたまま、「だってよく考えてみろよ」と口を開いた。 「あんなもんエイトに見せてみろ。どうなると思う?」 耳から入り込んできたククールの言葉を頭の中で一回転させ、ゆっくりと腹に落としてからゼシカは深く溜め息をつく。 そろそろ終わりも近いこの旅。 何だかんだいってもかなり長い付き合いになる仲間たち。 それだけの時間を共にしたのだ、それぞれの性格は知りたくなくとも知るはめになる。 たとえばトロデ王はワガママで酒好き。 たとえばヤンガスは顔に似合わず涙もろい。 たとえばククールは飄々としていながらも神経質。 たとえばミーティア姫は微笑を浮かべながらも腹黒い。 そしてエイトは。 「……確実に『自分が鳴らす!』って言って聞かないでしょうね」 「お前がハッスルダンス踊ってるときに一緒に踊るようなバカだからな。こんなもの見せたら、手放さなくなるぞ」 それはもう、新しいおもちゃを与えられた子供のように。 その光景がまざまざと、やけにリアルに想像できて、二人は同時に重い溜め息を落とした。 エイトの性格を一言で表せ、といわれたら、二人は同時に同じ言葉を口にするだろう、つまり「バカ」。 己がつき従うはずのリーダに向かってそれはないだろう、と本人たちも思うのだが、それでもそれ以上に的確な言葉が思いつかない。じゃあ一体どうしてそんなバカをリーダとしているのか、尋ねられたら困るのだが、リーダは彼以外にいないと思うのだから仕方がない。 「これ以上エイトにおバカなことやらせるわけにはいかないわね」 「あと少しでこの旅も終わるんだ。せめて最後ぐらいは平和にいきたいもんだぜ」 ククールの言葉にゼシカは「そうね」と頷く。 そんな彼らは気付いていない。彼らが、暗黒神ラプソーンが暴れることよりも、エイトが暴れることを避けようとしていることに。空の上に浮かぶ肥満体よりも、目の届く位置にいる問題児の方が彼らにとっては脅威なのである。 では、あのタンバリンをどうするべきなのか。 二人の話題がそちらへと移ったそのとき。 「なんか深刻そうに話してんな。別れ話?」 と、突然エイトが背後から声をかけてきた。 二人とも驚きのあまり声も出ない。振り返った彼らの顔が引きつっていたのも仕方がないだろう。なぜなら、エイトは今の今まで馬車の前方を歩いていたはずで、いくら二人が会話に熱中していたからといって、エイトを追い越すかすればそれに気付かなかったはずがないのだから。 馬車の前方では今までエイトの隣を歩いていたはずのヤンガスが、御者席に座るトロデ王へ何やら身振りを交えて話をしているところだった。 「驚いた? 短距離ルーラ、練習した甲斐があった」 二人の反応に満足したらしいエイトが、えへへ、と笑ってそう言う。どうやらルーラで二人の背後へ移動したらしい。移動魔法であるそれは普通町から町へするものであるが、どうやら短距離も可能らしい。エイトと同じ術を使えるククールはそもそもそんなことが出来るかどうかすら考えたことがなかった。短距離ということで目標物が曖昧になるが、その場合多少難易度が上がるだけで、なるほど考えてみれば可能なのかもしれない。 エイトの発想に感心していたククールの側でゼシカが呆れたように、「練習するならもっとマシなものにしなさい」と言った。 「で、二人して何の話?」 どうやら先ほどまでの二人の雰囲気から、何やらただごとではないものを感じ取っていたらしい。興味津々の様子でそう尋ねられ、ククールとゼシカは思わず顔を見合わせた。 「別に大したことじゃねぇよ。ラプソーン戦での戦略を練っていたところ」 「できればリーダであるあんたにも会話に参加してもらいたいんだけど、ややこしいの、あんた嫌いでしょ?」 さらりと口にされたククールの嘘に、ゼシカも何食わぬ顔で乗る。そんな二人をどう思ったのか、エイトは「ふぅん」と唸って、肩を竦めた。 「そういう小難しいのはかしこさの高い二人に任せる。何か有効なの思いついたら、出来るだけ噛み砕いて俺らに説明して」 それだけ言って、エイトはヤンガスの方へと走り寄って行く。オレンジ色のバンダナが揺れるその背中を見て、ククールとゼシカは思わず安堵の溜め息をついた。 そんな二人へ背を向けているエイトが、実は何やら企んでいそうな、そんな表情をしていたことなど、二人には知るよしもなかった。 *** *** 「でもさ、結局これをエイトに教えないままじゃ、戦闘で一切使えないってことにならない?」 その日の夜、宿を取った町の酒場で、カウンタ席に隣り合って腰掛けたククールとゼシカは膝をつき合わせて話し合っていた。議題はもちろん、本日手に入れたアイテムについて、である。 エイトとヤンガスは既にあてがわれた部屋へと戻っている。それを確認してから、二人はその話題へと移ったのだ。 「確かになぁ。ただ持っとくだけにしてはあまりに惜しいよなぁ」 「そうなのよね。テンション系の道具って、『はりきりチーズ』以外で初めてだもんね」 「たとえば戦闘開始直後にオレがこれを使うだろ。で、そのあとにゼシカがピオリムかければ素早さはいつもの倍上がる。次のターンでオレがスクルト使えば、守備力も倍上がるわけだ」 「エイトたちが自分でもテンション上げれば、二ターンくらいでスーパーハイテンションになれるしね」 タンバリンを使った戦闘方法を頭の中でシミュレーションし、それを口に出して、二人は溜め息をついた。 いくら想像したところで、それが使えなければ意味がないのだ。 「こっそり使う、のは無理かな」 「いくらバカでもテンション上がれば気付くんじゃない?」 「いや、バカだからこそテンション上がっても気付かないんじゃないか?」 「……まあ、常にハイテンション状態だしね」 「そこに付け込めばあるいは」 真剣にエイトにばれないようにこっそりとタンバリンを使用する方法を二人が考え込みはじめた瞬間。 「いーぃこと、聞ぃちゃったぁ」 地を這うような低い声がしたと同時に、ククールの背中にのっしりと体重がかけられる。 それが誰か、など振り返らずとも分かった。 「うふふー、みんなのアイドル、エイトくん、さんじょー」 「誰も呼んでないから、お部屋に帰りなさい」 「ってかエイト、重い。どけ」 額を抑えてまるで虫を追い払うかのようにしっし、と手を振ったゼシカの側で、半分エイトに押しつぶされるように圧し掛かられたククールがうめきながら文句を言う。しかし当の本人はそんな二人の態度を一切意に介さず、にっこりと笑みを浮かべた。 その笑顔が何より怖い。 ひくり、と口元が引きつったゼシカを置いて、エイトはククールの背中から飛びのくと、その側の床へ座り込んだ。 「ひ、酷い……酷いよ! 応援してるって、言ってくれたじゃない! それなのにこうやって僕に隠れて二人で会ってたなんて……っ!」 そう叫んで、わっと顔を覆い泣き始めるエイト。 一体何の話だろうか。 エイトの言葉にククールとゼシカは顔を見合わせる。しかし彼らの戸惑いなど、エイトが気にするはずもない。 「やっぱり女の子の方がいいんだっ! それならそうと、言ってくれたら良かったのに……っ! こうやって二人で、僕を笑ってたんだっ!」 もちろん、嘘泣きであることなど二人には考えるより明らかであったが、他の客やバーテンにはそうは思えないだろう。それくらい堂に入った泣きっぷりである。 彼らを取り巻くようにひそひそと「ヤダ、友達の彼女、取ったってこと?」「いや、待てよ。『女の子の方がいいんだ』って言ってなかったか?」「じゃあホモ?」「友達の彼氏を取ったってこと?」「どっちにしろ酷いよな」などという会話が交わされるのが聞こえてきたところで、ククールとゼシカは同じタイミングで立ち上がり、同じタイミングでそれぞれエイトの右腕と左腕を掴み、嘘泣きを続ける彼を引きずって酒場を逃げ出した。 その後これ以上被害が拡大するのを恐れた二人から、エイトがタンバリンを勝ち取れたことなど、言うまでもないだろう。 その結果起こったことは悲しいかな二人の予想通りであり。 「さぁ、みんな、今日も張り切っていきましょーっ!」 取り出したタンバリンを、「ヘイ!」と掛け声をかけて腰を振りながら鳴らすエイトに、全身を疲労と脱力感が襲うのだが、それでも道具の効果でテンションだけは上がる。矛盾するその状態を、彼らはエイトがタンバリンに飽きるそのときまで引きずって戦闘をしなければならなくなった。 ブラウザバックでお戻りください。 2005.05.13
それはもう、楽しそうにタンバリンを鳴らしてくれると思う。 |