長年の夢 聖地ゴルド。 巨大な女神像に見守られながら今日、彼の人が法皇になるという。 そのこと自体、とりたてて反対すべきことだとは思わない。教会に属する身ならばおそらく一生を左右する重大な出来事であるのだろうが、幸か不幸かエイトにはほとんど関係のないこと。もしこれから先その権力がトロデーンにまで支配を及ぼそうとするのならばもちろん全力で阻止するが、今のところ法皇の力は教会全般に行き届くだけで、国一つを動かすほどにはなっていない。 問題は彼ではなく、彼の持つ杖だった。 もし彼がゼシカのように杖に操られているのだとしたら。 それにしては前法皇の殺害(事故死と言われているが、あれはあきらかに殺人だ)やその後の騒動に紛れての自身の法皇即位など、理性を奪われているにしては行動がしっかりしている。 彼が杖を持っているのは間違いがない。だとしたらどういう意味なのか。 「考えても仕方ねぇだろ。まずはその杖を奪い返さないと」 他人事のようにあっさりとそう口にしたのは、彼ともっとも近しい関係にある男、ククールだった。 「あんたね、仮にもあの人はあんたのお兄さんでしょう? 杖を奪い返すってことはお兄さんと戦うことになるのよ?」 肉親と進んで戦おうとするような言葉に、ゼシカが眉をひそめて言葉を返す。それに「分かってるよ、そのくらい」とククールは肩を竦めた。 「でも、そうするしかないだろう? オレは回り道ってのが嫌いなんだ。目的がはっきりとしてるなら、真っ直ぐに向かうだけだろ」 「つーかそもそも回り道自体存在しているのかどうか怪しいな」 ククールの言葉に、今まで黙っていたパーティリーダがそう口を挟む。普段どれほど妙な言動を取ろうとも、やはり一つのパーティをここまで引っ張ってきただけのことはある。こういう場面でのエイトは至極真面目に物を語る。常にそんな態度であればどれほどこちらも楽なことか。エイトのそんな姿を見るたびにそう思わざるを得ないゼシカだったが、もし彼が真面目な顔ばかりしていたらどれほどこの旅がつまらないものになったのかと考えると、まぁいいか、と思えてしまう。 「はっきりいって、マルチェロとの戦いは避けられないと思う。奴が杖を大人しく渡してくれるか、あるいはそもそも杖が奴の手に渡っていなかったか、そのどちらかでない限りは」 「どっちもありえなさそうな話でがすな」 ヤンガスの言葉にエイトが重々しく頷いた。 「おい、バカリスマ」 「何だ、アホ勇者」 「お前の兄貴、強いか?」 真正面からのその問い掛けに、ククールは戸惑うことなく頷いた。 「強い。あいつは頭だけでのし上がったわけじゃない。オレはあまり見る機会がなかったけど、剣も魔法もかなりの腕らしい」 「そりゃそうでげしょう、騎士団の団長を勤めるくらいなら」 「加えて杖の魔力も考慮しないとだめね」 「四対一で勝てるかどうか、ってくらいか」 そう言ってエイトは考え込み、「やっぱり先手を打つ必要があるな」とぽつりと言った。それに「そりゃあな。先に攻撃をくらったらもうお仕舞いだ」とククールが答える。 「オレが見たところゼシカは確実に奴より先に動ける。オレとエイトが微妙なところだな」 「でも俺らもマルチェロより先に動けないと意味がないだろ」 真剣な顔でそう言うエイトへククールもまた真剣な顔で頷いた。一体どういう意味で『意味がない』とエイトが言ったのかは分からなかったが、ゼシカは「じゃあ」と口を開く。 「はやてのリングやほしふる腕輪で素早さを強化して、それに加えてまず私がピオリム唱えて皆の素早さを上げるって感じでいいかしら」 ゼシカの提案にパーティリーダが重々しく頷き、作戦会議は一応の終了を見た。ただゼシカはそれぞれの部屋へ引き上げる際、ククールとエイトがなにやらひそひそと会話を交わしていたことだけが気になった。彼らが密談を交わすとろくなことにならない。それはこれまでの旅の中で何度となく体験してきたこと。 しかしさすがの彼らもこの緊迫した状況の中で何かをしでかすことはないだろう。 おそらく細かな作戦だの何だのを練っていたに違いない。ゼシカはそう結論付けた己の甘さを、翌日痛感することになる。 女神像を背後に抱いた聖堂。新法皇の姿を一目見ようと世界各地から貴族や金持ち、教会の重鎮が顔をそろえている。何やら祭りのようなその状態に、ククールは目を細めて眉を寄せる。 「ククール、何も考えるな。とりあえず目の前の敵だけ見てろ」 彼が何を思ったのか気付いたのだろう、エイトが歩みを止めてそう言う。低いその声に、ククールは「ああ」と頷いた。 「ようやく長年の夢が叶うんだ。他のことなんか考えてらんねーな」 にやり、と笑ったその顔には恐怖も迷いもない。一つの目標に向かって真っ直ぐに突き進もうとする、強い力を持った表情だった。 「……長年の夢って、どういうこと?」 仲間たちへ背を向け、先頭に立って大神殿へ進むククールを見て、ゼシカがエイトへこっそりと声をかける。そんな彼女へ小さく笑みを浮かべエイトは首を横に振った。 「うん、詳しくは言えないけどククールは小さい頃からずっとやりたいことが、やらなきゃいけないことがあったんだってさ。そのチャンスがようやく今日廻ってきた」 ククールとその兄マルチェロの間の確執は知っているし、その原因も大体は聞いていた。おそらく彼のその『長年の夢』というのもそのあたりに関係しているのだろう。 そこまで考えて「そっか」とだけ返したゼシカへ笑みを向けながら、エイトは言葉を紡ぐ。 「俺も、あいつの夢を叶えさせてやりたいんだ」 おそらく彼はククールの夢を知っている。それに対するククールの思いも知っている。だからきっとそんなに優しい笑みを浮かべることが出来るのだ。 二人のその信頼で結ばれた関係を少し羨ましく思いながら、「私も協力するわ」とゼシカは笑みを浮かべた。 彼の『夢』を具体的に知っていたら、おそらくそんな笑みは決して浮かべなかっただろう。 ゼシカが己の言動に酷く後悔したのは、マルチェロと対面し、戦闘が始まったその直後のことだった。 前日の打ち合わせどおり、素早さが勝っていたゼシカがすぐに呪文を唱え「ピオリム!」と仲間の素早さを上げる。通常の素早さが若干マルチェロを下回っていたかもしれないエイトとククールも、彼女の補助のおかげで一ターン目は敵よりも早く動くことが出来た。 とん、と軽やかに地面を蹴ってエイトは真正面から突っ込んでいく。何の小細工もないため当然すぐに避けられてしまったが、それでいい。エイトの第一撃はマルチェロへダメージを与えるためのものではない。 振り上げた槍を手元へ戻し、そのままエイトは身体を屈めた。そのすぐ後に、丁度彼の頭があった場所をククールが射た矢が飛んでいく。 そう、エイトの攻撃はその後に続くククールの矢から敵の意識をそらすためのものだったのだ。 真っ直ぐに撃ち出された矢は空を切って飛ぶ。その狙いはマルチェロの頭部。心臓などという甘いところは狙っていない。ククールの狙いは初めから、己の兄の額の真ん中だった。 向かって飛んでくる矢に気付いたマルチェロは目を見開き、慌てて盾で防御しようと腕を上げる。しかし一瞬遅かった。戦闘ではその一瞬が命運を分ける。 マルチェロが衝撃に耐えるためにぐ、と奥歯を食いしばった瞬間。 キュポンッ! 「――ッ! あ、あはははっ!」 「ぎゃはははははっ! ククール、ナイスッ!」 堪えきれずにククールとエイトが同時に爆笑した。 「こ、こんなにうまくいくとは、おも、おもわなか……っ!」 「キレー、に、くっついて、ぶはっははっ!」 二人とも笑いが止まらずうまく言葉が紡げていない。 しかし二人以外の人間は笑いではなく別の理由で言葉を紡ぐことが出来なかった。おそらく敵であるマルチェロも含め、一体何が起こったのか分かっていないのだろう。理解しているのは腹を抱えて笑い転げているバカ二人のみ。 ええと、とゼシカは状況を理解しようと、敵であるマルチェロへ視線を向けた。 おそらく彼女の隣でも同じように考えたのだろう、ヤンガスが前を向く気配を感じた。 そして目についた光景に、二人が同時に吹き出す。 いくら緊迫感溢れる戦闘の真っ只中とはいえ、二人の反応もしかたがない。 彼女たちの目に映ったその光景とは、憎むべき敵であるマルチェロの、同情したくなるほど広い額の真ん中に、先が吸盤になっている玩具の矢がぴったりとくっついていたのだから。 「あーっ! オレ、昔っからやりたくてやりたくて仕方なかったんだよ!」 「分かる、分かるぞ、ククールッ! あれだけ立派だったら、誰だって思う!」 「ヤベェ、オレもう死んでもいい……」 「俺もすげー満足! このまま家に帰りたい!」 笑いながら好き勝手なことをほざいているバカ二人。ゼシカも彼らを怒りたいのだが、それよりもびよんびよんと額に矢をつけたままのマルチェロが気になって仕方がない。 ぶくく、と必死に笑いをこらえるゼシカとヤンガスを見て、ようやくマルチェロの思考が復活したらしい。怒りに顔を赤くして額の矢を取り払おうとするも、何故か吸盤はぴったりと吸い付いて離れない。力任せに引っ張っているらしいが、額の皮が伸びるばかりで吸盤は離れる様子もなかった。 それを見たエイトとククールの笑いが、更に大きくなるのも仕方がないことで。 「ふざけるなっ!」と怒りのまま杖を床石へ叩きつけて、マルチェロはルーラでどこぞへと飛び去ってしまった。 「あはははっ! あいつ、矢ぁつけたままどっか行ったぞ!」 「自分ん家帰ったんじゃね? あれで外は歩けないだろ」 「ってか、杖、置いてったな」 「ラッキー」 エイトは口笛を吹きながら、力なく転がっている杖を拾い上げた。 *** *** 「っていう作戦はどうだろう」 真顔でそう提案してくるエイトの隣では、やはり同じくらい真面目な顔でククールが玩具の矢の吸盤に接着剤を塗りたくっている。 ここが宿屋の一室であるとか、そういったしがらみを全て振り切ったゼシカが二人へメラゾーマを打ち込んだのは、この数秒後。 ブラウザバックでお戻りください。 2006.05.26
そんなオチ。 あー、楽しかった(笑) |