特別な位置


 アスカンタ城へ程近い草原。日もとっぷりと暮れ、これ以上進むのは自殺行為である。ここはひとまず岩陰で野宿でもし、残りの道のりは明日に持ち越し、という判断をリーダが下したのは随分と前のこと。野営の準備をし、簡単な夕食を取り、そろそろ明日のために休もうかという時間だった。

 どうやら自分がパーティに入る前からそれは大きな問題として彼らの前に立ちふさがっていたらしい。毎晩毎晩時間を費やして話し合い(というよりももはやただの言い合いに近い)を繰り返していたというのだから恐れ入る。
 ククールは打倒ドルマゲスを目標と掲げるパーティに入って初の野宿を控え、なにやら真剣そうに(おそらく彼らは真剣そのものだとは思う)膝を突き合わせて話しこんでいる仲間たちへ呆れた視線を向けた。

「いや、でもさ、やっぱりゼシカは女の子だし」

 エイトがおずおずとそう言うと言われた彼女はきっと鋭い目つきで睨み返す。

「だから何? 女だからって特別扱いは嫌だって私は言ってるの」
「でもさぁ」

 彼女の怒りの視線に怯えながらもエイトはなおも口を開く。その姿は年上の女性に怒鳴られて怯えている少年そのもので、そういえば彼らの年齢を聞いていなかったと思い出す。
 ゼシカはまだ十六、七といったところか。ヤンガスは三十を越してはいるだろう。あれで二十代だといわれた日には夢に見そうだ、とククールはかなり失礼なことを心の中で考えていた。
 一番分からないのはエイトだ。
 彼のその姿はどう見ても少年そのもので、ゼシカよりも年下に見える。精々十五、六くらいだろう。しかし普段の言動を一旦置いておくにしても、戦闘能力とその判断力は少年のものとは思えない。聞けば一国の近衛兵を務めていたというではないか。だとすると自分と同じ年か、下手をすると年上ということも考えられる。

 あれで年上だったら嫌だな。

 ククールは昼休憩のときにどの可哀想なモンスタを犠牲にしたのか、見覚えのある人形を両手にはめて一生懸命劇の練習をしていた姿を思い出し、大きく溜め息をついた。
 その人形がかなり気に入っているらしく、今も腰のベルトの間に挟んで肌身離さず持ち歩いている。彼がそれぞれの人形に名前をつけていてもククールは驚かないだろう。しかもそれが「ラハムード・ウィリアム・スココビッチ・2.3世」などという意味不明な名前であっても驚かない。
 たった二、三日時間を共有しただけであるが、ククールの中で既にパーティリーダエイトはそういう人物であると認識されていた。

 短い時間でそのような人物像を描かれているとは思いもしない当のエイトは、懸命にパーティの紅一点を説き伏せようと頑張っていた。

「でもさ、やっぱり、ちゃんとゼシカには休んでもらいたいんだよ。俺やヤンガスに比べて体力がないのは事実なんだし」
「それを言ったらククールだってそうじゃない」

 びしっと音がしそうな勢いで指をさされたククールは、内心大きな溜め息をついていた。ついに自分も巻き込まれるのか、と。

 彼らが言い争っているのは就寝場所について、である。
 人が聞けば何をくだらないことを、と思うかもしれない。事実そうなのだが、モンスタを倒しながら旅をしている身にしてみれば、昼の疲れを次に残さないことが大事なのである。さすがにモンスタの出る草原でゆっくり休むことは出来ないが、それでも凸凹した地面の上と柔らかな草の上とは雲泥の差がある。
 勿論野営のときは出来るだけ眠りやすい場所を探すのだが、そんなことをせずとも軽い風雨なら凌げる屋根のついた、平らな寝場所を一つ、彼らは持っていた。
 そう、白馬ミーティア姫が引く荷台である。
 ただしその荷台はかなり狭く、また錬金釜等のアイテムで場所を占められているため一人横になるのがやっとの状態だ。つまりある程度の安眠を得られる場所を獲得できるのは、常に一人だけなのだ。
 その一人を廻って彼らは言い合いをしている。我が我が、という言い争いでないだけマシなのだろう、とククールは思う。
 男二人はゼシカへその場所を譲ろうとし、ゼシカは自分だけが、とそれに言い返す。これを野営のたびに何度と繰り返してきているらしい。

「まあオレは僧侶だし確かに体力はないから、良い場所で寝られたら助かるけどな」

 ククールはそう言って肩を竦める。
 事実は事実として受け止める。人より劣っているからといってそれを恥じるほどククールは繊細な神経を持ち合わせていなかった。そんな彼へ軽く視線を向けてエイトが口を開く。

「男は良いんだよ、その辺に転がしておいても。丈夫だから」
「それはそれで扱いがひでぇな」
「アッシはそれで十分でがす」

 エイトの言葉に仲間の男たちがそれぞれの感想を口にする。それに肩を竦めてエイトはゼシカへ向き直った。

「誰も使わずそのまま空けとくより、誰か寝た方が良いじゃん?」
「だからどうしたらそれが私になるの」
「だって、ゼシカ女の子だし」
「それって差別だわ」

 と、始めの言い合いに戻ってくるのである。
 ゼシカの気持ちも分からないでもない。一人だけ性別が違うのだ、のけ者にされている気もするだろうし、他の三人に悪いという気もあるのだろう。
 エイトたちの気持ちも分かる。いくらゼシカが他人より戦闘能力に優れていようが、女性は女性。気を遣うのも仕方がない。

 仕方ない、とククールは大きく溜め息をついた。

「ゼシカ嬢、聞いても良いか?」

 今まで観戦を決め込んでいたククールが突然口を挟んできたため、ゼシカだけでなくエイトやヤンガスまでもが彼へ視線を向ける。男二人を軽く無視してゼシカだけを見つめると、「何よ」とゼシカは唇を尖らせた。少し拗ねているのかもしれない。
 そんな表情も可愛いな、と思いながらククールは言葉を続ける。

「男女平等ってのも分かるけど、それでもゼシカが女性だってことは否定の仕様がないし、オレら男に比べると体力がないのも仕方がない。それは分かるよな?」

 ククールの言葉にゼシカはしぶしぶと首を縦に振る。彼女もただただ意地を張り続けるほど頭が悪いわけではない。そんな彼女だからこそこうしてパーティ内で大事にされているのだろう。

「オレはまだ出会ったばかりだし、そもそもあまり好かれてないのは分かってるからおいとくけど、ゼシカはさエイトやヤンガスのことが好きだろう?」

 一体どうしてそんな方向へ話が飛ぶのか、理解できていないだろうがこの質問にもゼシカは素直に頷いた。そして「別に、あんたも大嫌いってわけじゃないわよ」とフォローをくれる。それに「ありがとう」と返してから、質問を続けた。

「エイトたちがゼシカを軽く見ているとか、女だからって見下してるとか、そういう人間じゃないことも知ってるよな?」

 本当に彼らがそういう人間でないのかは、まだ付き合いが浅いククールには分からない。しかし普段の彼らの様子から見て、互いに随分と信頼しているようではある。同じ立場の仲間として尊重しあっているのが分かる。ゼシカもそれに気付いているのだろう、こくりと頷いた。


「じゃあさ、そんなエイトやヤンガスを『女性すら地面に寝かせる男の風上にも置けない奴』にさせないでやろう、とか思ってみたりしない?」


 あっさりとしたその提案の意味をゼシカが掴んだのは、しばらく考え込んだあとだった。
 言葉を理解したあとじっとククールを見つめ、そして大きく溜め息をついて目を伏せる。

「あんた、本当に口先だけで生きてるのね」

 心底呆れたようなゼシカの言葉に、ククールはにっこり笑って「よく言われる」と答えた。にっこりと笑みを浮かべたままのククールに、彼を睨みつけるゼシカ、そんな二人をただ見守っているエイトとヤンガス。仲間たちの無言の圧力に負けたのか、「分かった、分かったわよ、もう」と、ついにゼシカが根を上げた。

「大事にしてもらえるうちは大事にしてもらっとくわ!」

 そう言って立ち上がると、重ねてあった毛布を一枚取り上げるとそのまま馬車の荷台のほうへと歩き出す。
 どうやら荷台で眠る気になってくれたらしい。彼女の姿を見てエイトがほう、と大きく安堵の息を吐いた。そしてゼシカへ「お休み」と手を振っているククールの隣へ立つ。

「サンキュ、助かった」

 心底安心したような顔でそう礼を述べてくるパーティリーダを見て、ククールは思わず笑みを零す。
 こんな小さなことで揉めて、それが解決し安堵する。これがもう何人も殺している殺人犯を追うパーティだと言うのだから、世の中どういう廻り合せに転ぶか分からないものである。
 くつくつと笑いの止まらないククールを訝しげに見上げてくるエイトへ「何でもねぇよ」と手を振って、ククールは自分も休むために準備を始めた。
 そう長い付き合いにはならないだろうが、それでもこの旅はそう悪いものにもならないだろう、そんな予感を抱きながら。




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2006.05.17








リハビリ中。