夏だ! 海だ! 「夏だっ! 海だっ! スイカ割りだぁあっ!」 さんさんと太陽の光が降り注ぐ中、海水パンツ一枚で右手にひのきのぼうを掲げたエイトがハイテンションでそう叫んだ。 そんな彼の後ろでうんざりしたようにククールが頭を抱える。 「夏なのは認めるが、ここ、海じゃねえし」 彼の言うとおり、今現在一行がいる場所は海とは程遠い山の中。側に川も池もない、つまり水気の一切ない場所なのである。 「うるせえな。少しでも皆に涼しくなってもらおうという、エイトくんの気持ちが分からないのか」 ぶんぶんとひのきのぼうを振り回しながら、エイトはククールへ文句を言う。そんな彼らを置いて、他の仲間たちは大きな木の陰の下でゆっくりと休憩中であった。 「お前のテンション見てると余計暑苦しい」 「まあ、お前はそれ以上涼しくなったら困るな、頭が」 「いっぺんマジで死ぬか?」 エイトの言葉にククールは額に青筋を立てて彼へ詰め寄る。しかし脳味噌のネジが五、六本足りないエイトはあっさりと彼の怒りを受け流し、「暑いから近寄るな」と言い捨てた。 「お前、そのまんま戦って防御力不足でモンスタに殺されろ。んで、腐ってしまえ」 「したら俺はあれよ? 剣士像の洞窟近くの毒沼で、『モンスターチームに入れてくださぁい』ってすがり付いてやるぞ?」 「悪いね、うちのチームに腐った死体は要らないんだ。FA宣言してやるから、他のチーム当たってくれ」 そんな会話を交わしているところでゼシカが横から、「エイト、あんたより先にスイカが腐るわよ?」と口を挟んできた。彼女が指差す先には、草むらに無造作に転がっている一玉のスイカ。 「そう、忘れてた。スイカ割り、しようぜ!」 彼は基本的にどんなことでも姿から入るタイプである。夏といえばスイカ、スイカといえばスイカ割り、スイカ割りといえば海、海といえば水着、と思考が働いたのだろう。 「つーか、こんな往来で海パン一丁になれるお前が怖ぇ。下手したら捕まるぞ」 「……ごろつきとか、夜のパンツマスクとかは?」 「お前はモンスタ判定されたいのか。よし分かった、そこに直れ。いくら脳味噌空っぽでも多少のゴールドと経験値は手に入るだろ」 「じゃあゼシカ」 「魔法のビキニはれっきとした防具なんだよ。そもそもゼシカのビキニとお前の海パンを同列に並べるな」 「差別じゃん!」 「区別といえ」 エイトから奪い取ったひのきのぼうで、スコンと頭を殴る。やはり側からヤンガスが「あまり殴らない方がいいでげすよ、後々のために」とだけ口を挟んだ。 それはこれ以上馬鹿になったら困る、ということなのか、それとも報復が怖いということなのか、どちらだろう、としばし悩む。ククールがどうでもいいことで考え込んでいる間に奪い返したひのきのぼうを振り上げて、「第二千とんで五十六回、大スイカ割り大会を開催しまーす」と意気揚々と宣言していた。 スイカ割り、という遊びをエイトが知っているとは思わなかった。おそらく最近どこかで見るか、聞くかしたのだろう。新しいことを知ると子供はすぐにやってみたがるものである。 「じゃあゼシカからね」 そう言ってひのきのぼうを彼女へ渡す。 「私もやるの?」 「当然! 大丈夫、人数分スイカ買ってきてるから!」 つまりゼシカが割ってしまっても問題は全然ないわけである。ゼシカは呆れたような笑みを浮かべて、「しょうがないわね」と立ち上がった。スイカ割りなど子供の頃以来である。しぶしぶ従っているが、ゼシカも何処となく楽しそうだった。 「一つ聞くけどエイト、あのスイカ、足生えて逃げ出したりしないわよね?」 とりあえず冗談でそう尋ねる。エイトなら「面白そうだから」というだけで、それくらい調達しかねない。 「くしざしツインズの緑の方に縦縞描いたものなら用意したけど?」 「モンスタいじめは止めなさい」 スコン、とゼシカのひのきのぼうがエイトの頭へ直撃した。 ゼシカとヤンガスがそれぞれスイカを割り(正確にはエイトに乗せられて割らされたのだが)、優秀な魔法使いによって冷やされたスイカを木陰で美味しそうに頬張っている。どうやら割らないとスイカを食べる権利を得られないらしい。(トロデ王とミーティア姫は当然別扱いで、彼らも不恰好に割れたスイカを味わっていた。) 「次ククールね」 勿論自分だけエイトの魔の手から逃れられるとは思っていない。スイカは食べたいし、実はスイカ割りをするのは初めてだったりするので、面倒くさそうな顔をしながらもククールは大人しく目隠しを巻かれていた。 「よし、じゃ、行けっ! ククール三号っ!」 「オレは合体ロボか! つか、一号と二号、何処っ!?」 妙な掛け声とともにエイトに背中を押し出される。たたらを踏みながら体勢を整え、とりあえず方向とスイカの位置を頭の中で思い出した。やるからには一発で綺麗に割りたい。(ちなみにヤンガスは五回か六回くらいでようやくスイカにヒットし、ゼシカは三回目だった。) 完璧主義のククールは持ち前の神経の鋭さを発揮し、まっすぐにスイカへと向かって行った。 「ククール、もうちょい左! お茶碗持つ方!」 「オレは左利きだから、茶碗持つのは右手だ」 どうやらククールの歩みが気に入らないらしいエイトが、背後から適当な指示を飛ばす。それにやはり適当に答えながらも、彼の足は止まらなかった。 「もう気持ち左。そう、そのまま真っ直ぐ、あ、二十八度ほど右に戻って!」 「指示が細けぇよっ!」 「じゃあ三歩後ろに下がって、その場でジャンプ」 「ジャンプ?」 「腕を大きく上げて、背伸びの運動」 「お前、もう黙れ」 言いながらククールは、ひゅ、と乾いた音をさせてひのきのぼうを振り下ろした。その姿を見て「やっぱり、普段剣を使ってる人間は違うわね」とゼシカが感心したように声を漏らす。彼が振り下ろしたひのきのぼうは見事スイカの真ん中に当たっており、まるで刃物で切ったかのようにスイカはぱっくりと二つに割れていた。 「あー、不本意ながら美味いな、スイカ」 適度に冷やされた水分を補給しながら、ククールが思わずそう呟く。ここに至る過程が長かったが、それでもこの炎天下、スイカを摂取できるのは非常にありがたかった。 美味しそうにスイカを食べる仲間たちを、比喩ではなく本当に指を咥えて見ていたエイトへ、「お前の分はあっち」と最後に一つだけ残ったスイカを指差してやる。あれがエイトの分。自分で言い出したことなのだ、割らないことにはエイトだって食べられない。 「よおし、じゃあエイトくん、頑張っちゃおっかなー」 そう言って額へ鉢巻を巻き、ひのきのぼうを手に取るエイトへ、「兄貴、目隠しって目を隠すから目隠しって言うんでがすよ」とヤンガスが尤もなツッコミをした。 頭を殴られた後ククールに鉢巻を巻きなおされ、ようやくスイカ割りスタイルになったエイトへゼシカがそういえば、と口を開いた。 「スイカ割りって、目隠ししたままでくるくる回らなきゃいけないんじゃなかったかしら?」 彼女の言葉にエイトがぴたりとその動きを止め、ククールがにやりと笑みを浮かべる。 そんなルールがあるかどうかなど、実際はどうでも良かった。確かにスイカの位置と距離さえ確認してしまえば、目隠しを巻いているとはいえ難易度は低い。 「よし、エイト、回れっ!」 「うわぁああっ! 止め……っ!」 目隠しをしたままなのでろくな抵抗ができないエイトを、ククールは至極楽しそうに回し続ける。 「うえ……っ、目ぇ、回った……」 ようやくククールの気が済んで彼が手を離すと、エイトはふらふらと数歩歩いてその場に蹲り口元を押さえる。 「さあさあ、エイトくん、さっさと割らないとスイカ、腐っちゃうぞ? スイカの位置、分かる? 何なら教えてやろうか?」 にやにやと意地の悪い笑みを浮かべたまま、ククールはエイトに向かってそう言った。あれだけぐるぐる回したのだ、しばらくはまともに歩けないだろう。そう思っていたところで不意に、エイトがすくっと立ち上がった。 さすが兵士、平衡感覚も鍛えているのかもしれない。 ククールが思わずそう感心していると、何を思ったのかエイトはひのきのぼうを振り上げたままこちらへと突進してきた。「うおっ!?」と奇声をあげたククールの頭上へ、寸分の狂いも戸惑いもなくエイトが棒を振り下ろす。 「……っ! お前さんはっ! なんで迷いもせずに、オレのとこにくるんだっ!」 間一髪、白刃取りの要領で棒を受け止めたククールが、ぐぐぐっと武器を押し返しながら詰問する。そんな彼へ全身の体重をかけて棒を押さえ込み、エイトが答えた。 「俺の第六感が、スイカはこっちだって叫んでるんだっ!」 「お前の考えるスイカは、こんな男前な顔してんのか!?」 「スイカってのは赤いだろうが!」 「割ったら、の話だろう、それは!」 「細かいこと気にするとハゲるぞ、ハゲッ!」 「海水浴場でもないのに水着の男に言われたくねえっ!」 ひのきのぼうを間に挟み力比べへと発展しているそのじゃれあいを横目に、ゼシカが「エイト、スイカ、食べたいなら割りなさいよ」と呟いた。 彼女の声が届いたのか、彼は急に棒を握る手から力を抜くとくるり、と回れ右をする。そのままつかつかとスイカの側まで歩み寄るとすぱん、とひのきのぼうでスイカを二つに割った。 「……お前それ、やっぱり見えてるだろ」 呆れたククールの言葉を無視して、四分の一にまで切ってもらったスイカ(さすがに半球状態では食べにくい)を手にエイトは上機嫌だ。「ドリフ食いっ!」と叫ぶと、かかかかっ、と凄い勢いでスイカを平らげていく。 エイトの隣ではゼシカがニ切れ目のスイカへ手を伸ばし、ヤンガスはガリガリと種まで噛み砕いているようだ。トロデ王もにこにことしながら口を動かし、一口大に切ってもらったスイカのボウルへ口をつっこんで一つずつ優雅に食べるミーティア姫。 さんさんと太陽の光が降り注ぐ中。 しゃくり、とスイカに噛り付く。 口の中に広がる甘さと冷たさに、ククールは夏が来るな、となんとなく思った。 ブラウザバックでお戻りください。 2006.07.14
収拾の付けようがねぇ。 |