一文字の差


 どれだけレベルが上がり、腕の立つ剣士、魔術師になったとしても、小さな油断が命取りとなる。魔物たちは常に人間の命を狙っており、気を抜けばすぐにこの世とお別れだ。
 死と隣り合わせの旅を続けている一行も勿論そのことを重々承知していた。彼らの場合最終到達地点が「神」とまで呼ばれる存在だ。途中の過程で命を落とす可能性を考えてないわけがない。
 故にどのような魔物が相手でも気を抜くなどあってはならぬことだった。

 あってはならぬこと、のはずだった。

「……おら、エイト、お前ちょっとそこ直れ」
「どこ? ここは直んないよ?」

 目の据わったククールに名を呼ばれ、エイトは凶悪な顔を貼り付けたヤリ、デーモンスピアを突き出す手を止めて振り返った。「ここ」と己の頭を指差して言ったエイトへククールは「それは知ってる」と返す。

「違うの。そうじゃなくて、説教するからそこに座んなさいって言ってるの」

 そこ、とククールは目の前の地面を指差した。雑草が覆っている部分を指してやったのはせめてもの仏心だ。そんな彼の気遣いを知ってか知らずか、エイトは素直に「はーい」と手を挙げて元気よく返事した。

「立派なのは返事だけか。正座だ、正座。畏まれ」

 どかり、と腰を下ろしたエイトの頭をはたいて正座をさせる。「三分しか持たないからね」とエイトは口を尖らせながらも草の上に正座した。そんな彼の前にククールも正座して座り込む。真面目な話をするのだ、する側もされる側もきちんとした態度で臨まなければならない。いい加減に見えて、根は律儀なククールだ。

「エイトくん、一つ聞きますがね。ゼシカの最大HPはいくつかご存知で?」
「190くらい」
「じゃあヤンガスは?」
「300ちょい」
「じゃあオレのは?」
「210前後」
「さすがリーダー殿。仲間の体力は把握してらっしゃる」
「当然だろ」

 にっこり笑って褒めるククールへ、エイトはふん、と胸を反らせた。が、あいにくと今現在正座の真っ最中であったためバランスを崩して後ろへ転びかける。腹筋を酷使してもとの体勢へ戻り、エイトが何食わぬ顔をするまで待ってやった後、ククールは言葉を続けた。

「ちなみにエイトくん、あなたのレベルは今おいくつで?」
「さんじゅー!」

 指を三本立てて前へ突き出し、得意げに答えるエイトへククールは更に笑みを深める。しかし見るものが見ればその額に青筋くらいは見えたかもしれない。ククールは目の前で揺れるエイトの指を掴みそのままぐい、と地面へ下ろすと、くわ、と目を見開いた。


「じゃあ何でお前はベホマ、ベホイミ使わずホイミ連発するんだっ!?」


 空いた手でごつごつとエイトの頭を殴りながら、ククールは叫ぶ。

「知ってるか? 一ターンに魔法一回しか唱えられねーっつーの! 馬鹿みたいに『ホイミホイミ』言ってんじゃねーよ! お前はホイミスライムかっ! ベホマスライムになれとは言わんが、せめてメイジキメラくらいには進化しろっ!」
「や、無理。俺、人間だし」

 ふるふると首を振って生真面目に答えるエイトに、ククールは唇を噛んで堪えた。何を堪えたのかいまいち自分でも分かっていなかったが、とりあえず何かを堪えた。そして力なく「知ってる。例えの話だ。例えの」と答え、大きく息を吐き出す。

「エイト、今オレがどれだけ体力減ってるか分かるか?」

 話題を変えるようにそういうと、エイトは「んー」と首を左斜め上へ向けた。

「瀕死じゃないけどちょっとやばいくらい」

 だって数字がオレンジ色だもん、と続けられた言葉をククールはあっさりと無視した。

「どこ見てるかは知らんが、確かにちょっとやばいんだよ、体力的に。あとニ撃くらえば確実にオレは死ぬ」
「ホイミ!」

 ククールの言葉にエイトはにっこりと笑って回復魔法を唱えた。
 軽快な音楽とともにククールの体力が32、回復する。

「……だーかーらっ!!」

 よくやった俺偉い、と得意満面のエイトの胸倉を掴み、ククールが膝立ちになって怒鳴り声を上げた。

「ホイミじゃなくてベホイミしろっつってんのっ! いや確かにオレもできるよ、ホイミも、ベホイミもっ! だからって何でオレだけホイミ!? 30前後じゃあと何回ホイミ言えばいいっての!?」
「ホイミッ!」

 ククールの体力が30回復した!

「繰り返せば良いってもんじゃねえのが分からねーってか、クソガキ!」
「ホーイーミーッ!」

 ククールの体力が31回復した!

「力んで言ってもホイミはホイミだから! ベホマしろとは言ってねーだろ、せめてベホイミしてくれよって言ってんの。ホイミに『ベ』をつけたら良いだけじゃねぇか。『べ』を言え、『べ』を!」
「べ」
「単体で言っても意味ねーよ!」

 ついに我慢しきれなくなったのか、立ち上がったククールがげし、とエイトの頭を蹴った。「痛い、ひどい!」とエイトは泣きまねをしながら頭を庇う。その姿はさながら頭のネジがこれ以上零れ落ちるのを防ぐかのようで、これはこれで正しい姿だろう、とククールは的外れな事を思った。

「お前の口はベホイミって言えないようにできてんのか?」

 踏みつけた事に多少罪悪感を覚えたのか、地面に転がるエイトを起き上がらせ、ぱたぱたと服の埃を払ってやりながらククールはそう問いかける。どこまでも悪役になりきれない男である。
 その問いへ「そんなことないもん」とエイトは唇を尖らせた。

「じゃ言ってみろ」
「ベ・ホイミ」
「何そのどこかのヨンジュンみたいな言い方! 間の中点、要らないっ!」

 バンダナをはたいてやっていた手でそのままスパン、と頭を殴る。「痛いっ!」と両手で腹部を押さえたエイトへ「そこは殴ってねぇ」ともう一度頭をはたいた。

「もう一回言ってみろ」
「べほいみ」
「言えんじゃねぇか、それで魔力乗せろつってんの。ほれ」
「ベホイミッ!」


 ぴろりろりん。
 ミーティア姫の体力が82回復した!


「…………ゼシカねーさん、これはオレに対するイジメだと認識していいよな?」
「そうね、戦闘中に二人して漫才始める行為を私たちに対するイジメだと認識していいならね」

 その台詞と同時にいつもより数段と威力が上のメラミが敵たちを一掃する。あとほんの数ミリの差でその炎の渦へ巻き込まれそうになったエイトとククールは、とりあえず顔を見合わせて口を閉じるほかなかった。

 「あの馬鹿二人への怒りが限度を超しちゃったんでしょうね」とは、後日、本人が笑顔で語った、テンションをためてもいないのにハイテンション状態だった理由である。




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2007.02.27
















久しぶりがこれか……。
クク主、どこ……?