八十年後に


 その風習の話を聞いたのは偶然だった。最終決戦へ向けて力を蓄えるため、何度となく竜神王の試練を受ける日々の合間、息抜きにと久しぶりに人の町を訪れたときに雑貨屋の店先に並べられた生花がどことなく落ち着いたものばかりだった。何故だろうと首を傾げたエイトの側で、「たまにはばあさんに会いに行ってやらにゃの」と老人が花を買い求めていた。
 こんな年になっても花を贈るほど熱烈な夫婦なのだろうか、そう考えたところで、背後に居たククールが「そういえば」と小さく呟く。

「確か今頃のはずだよな、墓参りするのって」

 見かけによらず(と言うと本人は心外な、と怒るが)博識なククールが言うには、それは遠い東の国の風習らしい。ちょうど今の時期に死者の霊が帰ってくるのだという。それを迎え、また快く帰ってもらうために墓を参るのだ、と。

「じゃあ、今日は解散。明日の昼近くに竜神の里に居れば良いから」

 しばらく考えた後、エイトは突然そう宣言した。そしてヤンガスとゼシカへキメラの翼を放り投げる。あまりに急なリーダの言動についていけない仲間三人は、ぽかんとしたままエイトを見る。すると彼はさも当然というかのように、「墓参り、行くんだろ?」と言った。
 彼らにはそれぞれ亡くしてしまった大事な人がいる。行ったこともない土地の風習とはいえ、そんな話を聞いて故人を思い出さないはずがない。

「じゃあ、ちょっと行って来るわね。明日には帰ってくるから」

 そう言って旅立ったゼシカは村へ帰ったのだろう。そこには彼女の最愛の兄が眠っている。

「アッシもパルミドへ行って来るでげすよ」

 折角兄貴がそう言うのだから、とヤンガスも素直に従う。そこにいるらしい彼の大事な人が誰かは分からなかったが、エイトよりも長い時を生きているのだ。仲間やあるいは、両親ということも考えられる。
 最後に残ったククールは一つ苦笑を浮かべると、「お前は一人で大丈夫?」とエイトの頭を撫でた。

「大丈夫大丈夫、変な人にはついていかないし、拾い食いもしないから」

 胸を張って言うエイトにククールは軽く溜息をつく。そういう意味で大丈夫か尋ねたわけではなかったのだが、「とりあえずオレのカバン中にいくつか飴入ってるから、寂しくなったらそれでも食ってろ」と指示を出して彼も旅立っていった。
 行き先は考えずとも分かる。

 一人になったエイトはふぅ、と溜息を付いて辺りを見回した。
 皆、大事な人を亡くしている。墓参りをする風習があると聞いて、ぱっと思いつく存在がいる。それが羨ましいことなのかは分からなかったが、考えても分からない自分よりは随分とましなのではないだろうか。
 そもそも呪いをかけられるまでトロデーンは平和な国だった。エイトがその城に世話になるようになってから、他国との戦などついぞ起こらなかった。つまりは戦死した仲間もいない。身近で死んだ人間はといえば、強いてあげれば同僚の父くらいか。
 そこまで考えて、ふと、思い出す。
 最近までそんな存在が自分にいるなど思ってもいなかったため、咄嗟には出てこなかった。
 そういえばいたのだ、エイトにも両親という存在が。

「……帰るか」

 今までのエイトならばそう言った場合の目的地はトロデーンだ。そしてこれからもトロデーンであり続けるだろう。しかし、今、この瞬間だけはそれは、父と母が眠るあの土地のことだった。




「うんまあ、ある程度予想は出来てたけどね」

 疲れ気味にそう言うエイトへ、抱きついてむせび泣いている男が一人。エイトよりも背は高いがその容姿は良く似ており、少しエイトを成長させた、そんな感じだったが、男の体は透けていた。ついでに浮いていた。

「エイト!! もう、パパ、超嬉しいっ!! まさかエイトから会いに来てくれるなんて!」

 ひとしきりそう感動した後、彼は「で、ククールくんは?」ときょろきょろ辺りを見回す。
 そういえば彼はククールが大のお気に入りだったな、と頭の片隅でぼんやりと思い出していた。

 道具屋の店先に並んでいた花束を一つ買い求め、ルーラで竜神の里へと戻ったエイトはそのまま里へ続く道の脇にあった墓へと向かった。
 里へ連れ戻された恋人を追い、ここで力尽きた男の墓だ。
 正直、ここに眠っているのが己の父であるというのは未だに実感が湧かない。母も一緒に眠っているのだと言われても、それが良いことなのかどうかも分からない。けれど、墓参りをするのだ、といわれて参るべき墓はここしか思いつかなかった。

「っていうかね? 死んでる人間がそう簡単に現れないで欲しいんですけど」

 抱きついてくるエルトリオを押しのけながら、エイトはそう溜息をつく。
 何をどう間違えたのか、以前ここを参ったときにも彼はぽん、と現れた。それこそ、ランプを擦ったら現れる魔神のように。そしてにこやかに話しかけてくるのだ。彼だけではなく、母親であるウィニアも姿を現したのだから始末に終えない。自分の両親(らしい)彼らの、この世の理など一切無視した行為に、常日頃「常識をわきまえろ」と起こられているエイトでさえ軽く眩暈を覚える。

「えー、この世に現れるの、結構難しいんだよ?」

 気を抜くとほら、とエルトリオが笑うと、彼の姿はもやっとした霧のようなものに変わる。スライムがバブルスライムに変化する過程をまざまざと見てしまったようで、ぶっちゃけると気持ちが悪かった。
 助けを求めるように墓石の後ろへ隠れているウィニアへ視線を向けるも、エルトリオ曰く「極度の恥ずかしがり屋」である彼女は、エイトと視線が合うと同時に素早く身を伏せてしまう。どうもその行動を見る限りでは恥ずかしがりというより、エルトリオの問題を自分に振らないで、と言っているようにも見える。
 本当にこの二人、愛し合っていたのか?
 思わず浮かんだ疑問は、とりあえず小さな箱へ閉じ込めて心の奥底へ沈めておいた。
 息子が夫婦の溝を心配しているなど知らないエルトリオは、謎の霧の状態のまま「ね?」と首を傾げた(のだと思う、何しろ相手は霧なのだから)。
 よく分からない状態のものから話しかけられるのも、結構気持ちが悪い。

「ごめん、俺が悪かった」

 早くもとの姿に戻ってもらいたくて、エイトは素直に謝罪を口にする。するとまるで生き物であるかのように霧は一つのところへ集まり、再びエルトリオを形成した。

「ねぇ、エイト。ウィニアさんともお話してあげて?」

 人の姿を取り戻した彼は唐突にそう言う。ちらり、ともう一度墓石の方へ視線を向けると、やはり彼女はぱっと顔を隠してしまった。

「話しかけても大丈夫?」

 前回直接話しかけてエイトは痛い目を見ている。そう何度も同じ失敗を繰り返すほどバカではないつもりだ。
 そう確認してきたエイトへ頷いて、エルトリオは「ウィニアさーん、逃げちゃ駄目だよー。殴ってもだめー」と声をかけた。あまりにも暢気な声に、本当に大丈夫かよ、と思いながらエイトは墓石へと近づいていく。

 話、って言われてもなぁ……

 突然言われても話せることなど思いつかない。父親の場合は言動が破天荒すぎたためツッコミという手段でコミュニケーションが取れたが、母はツッコミを許してくれる隙間させないのだ。
 仕方がないのでエイトはにへら、と笑って、「げ、元気?」と尋ねてみた。死人に元気も何もないだろう、と己の心の中でツッコミ。
 先ほどのエルトリオの言葉のおかげか、ウィニアは叫び声を上げることもなく逃げることもなく、エイトを殴ることもなく墓石の向こうで、こくり、と頷いた。

「ええと、ウィニアさんたち、もう死んじゃってるけど……一緒にいられて、幸せ?」

 幸せ、がどんなものなのか、エイトには分からない。けれど不幸せより幸せの方が良い、ということは分かる。エイトの問いかけに、ウィニアは頬を薄っすらと赤らめて笑みを浮かべ、またこくり、と小さく頷いた。その顔はまるで少女のように可愛らしく、思わずエイトの頬も緩む。

「ウィニアさんって、可愛いね」

 思ったとおりのことを口にすると、スコン、と頭を殴られた。

「ちょっと、エイトくん。人の奥さんを口説かないでくれる?」
「いや、だって、笑ったら可愛い」
「うちの奥さんは笑ってなくても可愛いの!」

 父親と息子がそんな会話を交わしている間、ようやくエイトの言葉の意味を理解したのか、ウィニアはぼん、と顔を真っ赤にすると奇声を上げて地面の中へと引っ込んでしまった。

「……ほら、エイトがそういうこと言うから」
「ええと、とりあえずごめん」

 自分が悪いとはいまいち思えなかったが、ひとまず謝罪を述べて、エイトは持っていた花を墓へと手向ける。こういうときどうすればいいのか、エイトはあまり知らない。教えてくれる人間がいなかったのだ、それも仕方がないだろう。
 花を手向けただけでその場を動こうとしないエイトへ苦笑を浮かべたエルトリオが、「ほら、手、合わせて」と後ろから小突いた。言われるがままにエイトは両手を合わせ、目を伏せる。
 そんな息子の様子を、エルトリオと土の中から再び顔を出したウィニアは目を細めて愛おしそうに見ていた。

「ところでエイト、ククールくんは? ゼシカちゃんやヤンガスくんもいないけど」

 目を開いたエイトへエルトリオが尋ねる。いつも一緒にいる仲間の姿が見えないことに疑問を覚えたのだろう。
 そんな父へエイトは「皆墓参り」と簡潔に答えた。

「何か東の国じゃ、今ぐらいに墓参りする習慣なんだって。だから」

 皆、失ってしまった大事な人へ想いを馳せに、思い出の地へ行っているのだ、と。

「……それでエイトは、ここに来てくれたんだ?」

 いつものハイテンションな声とは違い、どこか落ち着いたゆったりしたその声にエイトは小さく頷いて笑みを浮かべる。

「他に、思いつかなかったから」

 はっきり言ってしまえば両親など記憶の欠片もない。父は己が生まれる前に死んでしまっていたし、母だっておそらくエイトを産んだのち死んだのだろう。そもそもたとえ持っていたとしても、里を追放されるときに全て奪い取られてしまった。
 だけれど、それでも。

「なぁ」

 墓のあるその場所は片側が崖、片側が山肌という酷く険しく、もの寂しい場所にある。けれど、ここに眠っているはずの二人は一切寂しそうな様子を見せない。それはおそらく、二人だからで。
 生きているときに叶わなかった夢が、死してようやく叶ったからで。

「俺もさ、死んだらここに来ていい?」

 剥き出しになっている岩盤を見やりながら呟かれた言葉に、エルトリオとウィニアは顔を見合わせて柔らかな笑みを浮かべる。

「おれとウィニアさん、ようやく一緒になれたんだからしばらく新婚生活を楽しみたいんだよね」

 そう言って、エルトリオは「八十年後くらいならお家に入れたげる」と笑った。




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2006.08.14
















お盆なのと、あとリクエストを頂いたのでパパネタ。
思った以上にしんみりした。
リクエスト、ありがとうございました。