猫の牙


「なぁ、ククール、今ヒマ?」

 昼を少し過ぎたあたり、エイトたちは小さな町の宿屋にいた。ここのところハードな行程が続いていたため、今日は早めに休み、明日もまる一日休息日といういことにしたのである。
 奮発して一人一部屋。馬車もある宿屋にしたのでミーティア姫も安全で、その中に隠れているトロデ王も魔物に襲われる心配なく昼間から酒を飲んでいる。ヤンガスは温泉があることを聞いて嬉々として入りに行ったし、ゼシカはひとりでショッピングを楽しんでいるだろう。
 ククールは町でナンパでもするのかと思えば、意外にも部屋で静かに本を読んでいた。己の体力のなさを自覚した行動なのか、単に面倒くさかっただけなのか。
 窮屈な騎士団服と防具を脱ぎ捨て、ラフな服装で壁に背を預けるようにベッドに腰掛けている。返事も待たずに扉を開けたエイトを軽く睨んでから、「用件による」と答えた。
 するとエイトは「これ」と背後に持っていたものを前へ突き出す。

「木刀?」
「そう、ここの親父さんが健康のためにちょっとやってんだってさ」

 借りてきた、とエイトは笑顔で言った。

「で、これがどうかした?」
「うん、あのさ、ちょっと稽古に付き合ってほしいな、と」

 両手に一本ずつ持った木刀を見ればおのずと想像がつく。そうだろうな、と思っていたためとくに驚きはしなかったが、そこでククールははたと思い至る。

「お前、剣、使えるの?」

 ククールが見たことのあるエイトの戦闘スタイルは常に槍を武器とする。小さな体よりも長いそれを、まるで手足のように操って魔物を倒していく姿は圧巻だ。黄色い上着の裾がひらり、と靡くその様子はまるで舞を舞っているかのようだと、ひそかに思っていたりする。

「まあ一応兵士ですから」

 ククールの言葉に気を悪くした様子もなく、エイトは苦笑を浮かべてそう答えた。

「ここのとこ全然剣触ってないしさ、もともとあまり腕もないからちょっと真似事でもしとこうかな、と」

 駄目? と小首を傾げて聞いてくる。抱きしめているものが木刀でなければ可愛いのに、とククールはため息を吐いた。そして「OK、いいぜ」と了解の意を伝える。

「マジで? やった!」
「どうせ暇してたしな」

 せっかくの休息日だ、どうせならあまり動きたくないが明日も丸一日休みがある。それにエイトと手合わせができる、というのにも純粋に興味があった。

 といていた髪を軽くまとめ、どうせ遠くに行くわけでもない、とそのままの格好で外へ向かう。場所に当てのあるらしいエイトのあとを追うと、彼は宿屋裏手の広場へとククールを案内した。草もそれほど生えておらず足を取られそうな石もない。
 ほいよ、と投げ渡された木刀を受け取り、軽く距離を取る。腕や肩を回して体を慣らしてから互いに構え。いつものように左手だけで剣を構えるククールに対し、エイトは両手で持ち体の真ん中で構えた。

「先に言っとくけど、俺、剣の腕はほんと下の下だから。手加減しろよ」

 エイトの言葉はどこまで信用できるか分からない。ただ、旅が始まってからずっと槍を使っていた人間と、剣を使っていた人間とで腕に差が出るのは当然で。

「分かった、じゃあ、お前から打ち込んで来いよ」

 とりあえずエイトの腕が分からないことにはこちらも力の出しようがない。全力で行くべきかどうかを見るために、ククールは笑ってそう言った。
 その言葉に「OK」と笑ったと同時にエイトは地面を蹴る。彼が素早いのは普段の戦闘を見ていてもよく分かる。大体ククールとほぼ同じ程度の素早さだ。武器が槍より軽いことと、使い慣れていないものであることを考慮し速さ的には普段と変わらないだろう。

「兵士って剣以外の訓練もするの?」

 エイトはなんのひねりもなく正面から突っ込んで来、右下から木刀を振り上げる。ククールは構えを崩さぬままとん、と一歩下がって避け、続けて繰り出された左下からの攻撃を受け止めた。するり、と流すように木刀を滑らせて切っ先を自分からそらす。真正面からの鍔迫り合いならば力が物を言いククールに勝ち目はないが、こういう動きのある状況ではそれほど力がなくとも相手の攻撃をそらすことが出来る。自分の力ではなく相手の力を利用してやればいいだけだ。

「っと、よっ!」

 エイトは手の中で木刀の向きを変え、瞬間的に力をそらせて跳ね除ける。そのままもう一度突っ込んでくるかと思ったが、一度引いて距離を取った。これが木刀ではなく真剣で行っている殺し合いならそれが妥当だ。彼自身が言うように下の下とまではいかずとも、エイトの剣の腕は一般兵士並だろう。突出して強いわけではないようで、鍛えてきたククールには及ばない。敵わない相手ならばそのまま逃走の機会を窺う、というのも一つの手だろうが、あいにくとこれは実践ではない。

「一通りの訓練はするよ。弓矢もね。ただ、支給されるのは剣だけだし!」

 ぐ、と木刀を握る手に力を込めて、再びエイトが向かってくる。「はっ」と小さく掛け声を出して振り下ろされた木刀を、ククールは真正面から受けとめた。カツン、と乾いた音がして木刀同士がぶつかり、同時に互いに後ろへ飛んだ。

「だから剣の稽古?」
「そう、戻ったとき腕が落ちてたら困るだろ」

 空いた距離を、今度はククールから詰める。
 エイトは真横から繰り出された攻撃を木刀の腹で受け、そのまま上へと跳ね上げる。がら空きとなった懐へチャンス、とばかりに剣を叩き込もうとするも、ククールはその場でターンしてそれを綺麗に避けた。
 ふわり、と銀髪が流れるように舞う。

「こういうときまでカッコ良いのがムカつく!」

 そう言いながら突き出された切っ先をかわして、ククールは「そりゃ良い男はいつでも良い男だからな」と返す。

「でもオレ、エイトが戦ってる姿、好きだぜ?」

 踏み込んで思い切り右下から切り上げる。エイトは上体をそらせて無理にそれを避けたが、髪の毛一本分ほど避け切れなかったらしく、チッと小さく髪の毛が叩かれる音がした。

「そりゃ光栄!」

 無理やりに避けたものだからバランスが崩れ、そのまま後ろへ倒れこみそうだったところを、更に力をかけて背後の地面へと手を付く。とん、と腕の力だけで体を持ち上げて飛びのき、エイトはバック転でその場から離れた。着地後に更に二度ほど後ろへ飛びのいて力を分散させ、ざっと手を突いて止まったときには完全にエイトの体勢は元に戻っている。

「猫みてぇ」

 くつり、と笑ってククールはそう感想を漏らした。
 軽やかに地面を蹴って、しなやかに攻撃を繰り出す。小柄な彼だからこそできる技も多く、自分の特性をよく理解しているようだ。

「なんだったらこのまま喉笛に噛み付いてやるよ」

 ククールの言葉を耳に止めたエイトは、不敵に笑って木刀を繰り出す。左手で木刀を構えてそれを受け止め、ククールはその力の軽さに眉を潜めた。連続で攻撃がくる、と頭で理解する前に体が動く。

「猫だって、ちゃんと牙、持ってるの知ってるか?」

 可愛いだけの動物ではないのだ、と言外に含めながら、右左とエイトは休まずに攻撃を繰り出す。それをすべて受け止め、流しながらククールはふ、と笑った。

「知ってる知ってる。たまに噛まれたりするからな」

 特に夜に、と低く言えば、エイトは赤くなって大げさに眉を顰めた。

「うっせ、黙れエロ僧侶!」

 そう叫んで大きく木刀を振り上げる。接近しての攻撃の応酬だったため、飛びのいて避けるだけの時間もない。仕方ない、と腹をくくってククールは初めて右手を木刀へそえた。

「黙るのはお前の方。それと、」

 今までの牽制のような攻撃とは比べ物にならないほどの力に、ククールも本気で木刀を支える。やはり正面からの力比べだと分が悪い。だが、これはそういった勝負ではないのだ。
 一瞬だけ力を抜いて重なり合っていた木刀の間に隙間を作る。こうなると力をかけていたエイトの方にも隙が出来る。そこを逃さず柄に近い部分を下から叩くと、綺麗にエイトの手から木刀が跳ね飛ばされた。
 エイトが声を上げるまもなく、更に間合いを詰めて木刀の刃部分をエイトの喉元へ平行に押し当てる。


「今回噛み付かれるのも、お前」


 武器を奪われ、動きを封じられたエイトは近づいてくるククールを避ける術がなく、噛み付くかのようなキスをただ受け入れるしかなかった。



「……つか、俺、喉笛に噛み付く、って言ったんだけど」

 重なっていた唇がようやく解放されると、頬を赤くしたエイトは恨みがましげにククールを睨みつけてそう悪態をつく。そんな彼の言葉にククールはくつり、と喉を鳴らして笑った。


「お望みならば喉にも、喉以外にもゆっくりじっくり噛み付いてやるよ」




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2007.10.08




















剣で打ち合ってるところが書きたかっただけ。
エイトが槍を持った場合はエイトに軍配が。
魔法使用可なら大体は引き分けだけど、たまにエイトがぶちきれて大魔法を放ち、
あっさりそれを避けたククールが勝つこともある。