そんな休息日 命の危険がある旅を生きながらえる秘訣は、ある程度頻繁に休息日を設けることである。人間、毎日緊張を持続できるわけがない。一度気分をリセットさせ新たに次の日から旅が出来るよう、丸一日休息日を取ることも必要なのだ。 その日もそんな休日のうちの一日だった。 「……どうすんだ、そんなもん」 町へ遊びに出かけていたエイトがなにやら大荷物を抱えて返ってきた。基本的に旅の途中で稼いだ金はすべてゼシカが管理している。ヤンガスやククールはそれぞれの娯楽のために自分の財布を持ち、たまに一人で魔物狩りもしているが、金を使うことを知らないエイトは一銭も持っていないのが常だ。だから何かを買ってくる、ということは極めて珍しい。見ると背中には槍を背負っている。どうやら近辺で魔物狩りをしてわざわざ金を作ったらしい。 そうまでして購入してきたものが武器や防具、あるいは駄菓子やおもちゃならば理解できたのだが。 「言っとくがエイト、小麦粉やらタマゴはそのままじゃ食えないぞ」 牛乳なら飲めるだろうけど。 そう言ったククールへ「知ってるよ、そんなことは!」とエイトが眉を跳ね上げる。 「バターに砂糖に生クリーム? あとはキウイ? お前ケーキでも作る気?」 がさがさと袋から取り出されるものを手にとって眺め、机の上に戻しながら尋ねるとエイトはにっこり笑って頷いた。 「……お前、ケーキ作れるの?」 混ぜて焼くだけとはいえ、確かきちんとした手順があり量もしっかり決まっていたはず。そんな複雑な工程をエイト(の頭脳)がこなせるとは思えなかった。 するとエイトはきょとんとした顔で「何言ってんだ?」と首を傾げる。 「お前が作るんだよ」 生クリームのケーキ。 さらりと当たり前のようにそういわれ、「へえ、オレってケーキ作れるのか」と呟いた後、「って、オレが!?」とエイトへ視線を向けた。 「うん、お前が」 俺にできるわけないじゃん、と何故か誇らしげに胸を張って言う。 「いや、何でオレが?」 「俺がケーキ食いたいから」 最後に取り出したものはお菓子のレシピ本。机の上で開かれたそのページはスポンジケーキの作り方が丁寧に説明されていた。 ここまで準備しているなら自分でやればいいだろうに。そう思うが言ったところで「何で?」と問い返されるのは目に見えている。ここはとりあえず「嫌だ」と端的に拒否の言葉を発するに留めておいた。 「えー、いいじゃん、作ってよ」 「ヤダ。つか、何でオレがそんな面倒くさいことしなきゃならないんだ?」 「そう簡単においしいものは食べられないんだよ」 面倒くさいのも仕方ないだろう? とまるで子供に言い聞かせるように言われ、ぷつり、とククールの中で何かが切れる。 「とにかく嫌だ。食いたいなら自分で作れ」 「だから俺には無理だから頼んでんじゃん」 ぷくぅ、と頬を膨らませて言った後、「それとも何?」とエイトは目を細める。 「ここまで丁寧に材料をそろえてあって、丁寧なレシピもあるのにククールは作ることも出来ないって言うんだ?」 ふぅん、と馬鹿にするかのような目つきのエイトをククールは鼻で笑った。 「そんな安い挑発に誰が乗るか」 食いたきゃてめーでやれ、ばか。 広げられたレシピを乱暴に閉じ、ククールは先ほどまで読んでいた本を広げる。今日の休みはゆっくりと読書して過ごす予定なのだ。エイトに振り回されたくない。 そう思いながらもこの程度で諦めるはずがない、と急に静かになった彼が気になってちらり、と視線を向けると、エイトはその大きな目に涙を溜めてククールを見ていた。 泣くのを懸命に堪えているのだろう、ときおり「うー」と小さくうめく声が聞こえる。 「…………ッ」 ごしごしと目を擦っているが、またすぐにじわり、と涙が浮かんできた。ちらりと机の上の材料を見て閉じられた料理本を見て、ククールを見る。 「ケーキ……」 「あーっ! もうっ! 分かった、分かったよ! 作ればいいんだろ、作ればっ!」 上目遣いのまま呟かれた言葉にククールが折れた。折角開いた本を閉じてベッドへ放り投げると、そう叫んで立ち上がる。 「おら、厨房貸してくれるように宿の女将に頼んで来い」 そう言ってエイトを追い出しながらククールは律儀にスポンジケーキのレシピへ目を通し始めた。 「挑発には乗らないくせに泣き落としには乗るんだよなぁ」 不思議そうに言いながら、エイトは宿の受付へと足を向ける。その顔には笑みが浮かび足取りはほとんどスキップに近い。オプションで鼻歌まで付ける彼から、先ほどの涙の影など欠片も窺えなかった。 すんなりと借りることの出来た厨房で、白いエプロンを付けたククールがレシピ片手にケーキ作りに奮闘している。几帳面な彼はほんの少しのずれも許さない。きっちりと小麦粉を計り、ボウルから零さないようにふるいにかける。側では手伝い、と張り切るエイトがかしゃかしゃと一心に生クリームを泡立てていた。 騒ぎを聞きつけたゼシカが厨房に顔を出し、「どうせなら豪華にしましょう!」と追加の果物を買いに出かける。戻ってきたときには色とりどりの果物と一緒にヤンガスも連れてきており、いつものメンバが厨房に揃うこととなった。 「もっと甘い方が良い?」 「私はこれくらいが好きだけど。ヤンガスはどう?」 それぞれにエイトが作った生クリームをすくっては舐めて感想を言う。 「それ、デコレーション用なんだから全部食うなよ」 そう注意をしながらもククールは作業の手を休めない。出来上がった生地を型に流し込み、軽く叩いて空気を抜く。あとはゆっくりとオーブンで焼くだけだ。 「膨らまなくても知らないからな」 何せ初めて作るのだ。そう簡単に成功するとは思えない。 「待ってる間って暇だよなぁ」 「あ、じゃあクッキーでも作る? 簡単にできるのが載ってるわよ」 生地も冷まさなくて良いし焼き時間も短いし、とゼシカがレシピ本を開いて提案する。 「作るっ!」 目をきらきらさせてその提案に乗ったのはエイト。ヤンガスは「焼けた頃に呼んで欲しいでげすよ」と一足先に厨房を後にし、ククールはケーキの焼き加減を気にしながらもゼシカたちに付き合ってクッキーの生地作りに加わった。 思いのほか上手くふんわりと焼きあがったスポンジ生地をオーブンから取り出し、代わりにトレイに並べられたクッキーを焼く。ゼシカは可愛らしくハートや星の形を、ククールはシンプルに丸や四角を作っていたが、エイトは粘土遊びでもする感覚なのか、トロデ王やミーティア姫をはじめ仲間の顔を一生懸命作っていた。 冷やしておいた生クリームを塗り、果物をはさんでスポンジを重ねる。ケーキの上部分にも果物を並べて飾っている間にククールがヤンガスを呼んで戻ってきた。 「陛下や姫殿下にも召し上がって頂きたい」 そう言うエイトのため、出来上がったものをバスケットに詰めて村の外でのどかなピクニックが始まる。 「でもエイト、何で急にケーキが食べたいなんて思ったの?」 ミーティア姫用に小さくケーキを切り分けながらゼシカがそう尋ねるが、パーティリーダはにっこり笑って「なんとなく!」と答える。 そもそもエイトの行動に意味を求めても無駄なのだ。そのことを再認識したゼシカは「あ、そう」と苦笑を浮かべた。 「でも楽しくていいだろ?」 満足げにそう笑う彼の言葉を否定するメンバはいなかった。 命の危険がある旅を生きながらえる秘訣は、ある程度頻繁に休息日を設けることである。 その休息日に気の合う仲間とゆっくりとお茶を飲んでお菓子を食べることができれば最高だ。 ブラウザバックでお戻りください。 2007.12.01
四日ほど遅れましたがDQ8発売(たぶん)三周年記念。 記念日といえばご馳走食べさせとけばいい、と思ってるんじゃないのか、小具之介は。 ええまあ、当然のように裏に続きますけどね。 |