城下町模様 サザンビーク国城下町。大陸に名を馳せる国だけあり、その城下町は賑やかで活気付いている。こんなことがトロデ王の耳に入れば雷どころではすまないだろうから決して口にすることはないが、呪われる前のトロデーンとははっきり言ってかなり差があると思う。もちろんどちらもきちんとした独立国であるし、それぞれに歴史もある由緒正しい国だ。トロデーンがサザンビークに劣るとは決して思わないが、それでもこの賑やかさには適わない。やはり、大陸の違いだろうか。 バザー開催中ということもあり、人通りの多い道をぼんやりと眺めながらエイトは一人、そんなことを考えていた。いつも行動を共にする仲間たちは今それぞれ買い物に出かけている。もともと四人で来ていたのだが、「いい? 知らない人についていっちゃだめよ?」「物も貰うなよ」という言葉を置いてゼシカとククールが雑貨屋へ。しばらくして「兄貴、ここ、動いちゃ駄目でげすからね」とヤンガスが武器を見に行ってしまった。 別に今日はエイト自身欲しいものもなく、仲間に買い物に付き合うつもりだったのだが、こうして置いていかれるなら宿で待っていたほうが良かったのかもしれない。そう思いながら、去り際にククールに手渡された大きな渦巻きキャンディへ噛り付く。 大体、「知らない人から物を貰うな、付いていくな、ここを動くな」という忠告もどうかと思う。町へ一緒に出かけ、一人にされる際に必ず言われる三か条だが、彼らは一体自分を何だと思っているのか。 「一人で宿に帰りつくくらいの頭はあるのになぁ」 そういうことを心配しているわけではない、ということが分からないあたり、やはり仲間たちの忠告は必要なのかもしれない。 待て、と言われたのだからそのうち戻ってくるのだろう。ここで待たない必要性も見つけられないため、エイトは大人しく小さな広場のベンチに腰掛けて仲間たちが戻ってくるのを待っていた。 暇だなぁ……、飴、なくなる前に帰ってくるかなぁ。 どうやらククールは、エイトは飴が好きだ、と認識しているらしい。本当に自分が好きかどうなのかは分からなかったが、わざわざ否定する理由も見つからないため渡される飴を大人しく受け取っている。確かに飴を渡されるとひとまず食べることに集中するので、そういった意味ではククールの行動は成功しているといえるだろう。 ぺろり、と白と水色の渦巻きが描かれたそれを舐め、エイトは再び道行く人々の観察を始めた。それ以外にすることがないのだ。 うっわ、すっげーカッコのねーちゃん。でもスタイルはゼシカの方がいいなぁ。まああの子に勝てる女はいないだろうけど。踊り子かな、あの服は。あの人、背筋が伸びてるなぁ、何か武術やってそう。うーん、駄目だ、ククールを見慣れちゃってるから、どの男もあまり良く見えねぇ。あ、あの犬、ヤンガスそっくり! 太った女性に連れられて必死に歩く犬を見て、エイトは心の中だけで大爆笑しておいた。やっぱり、ヤンガス、少し痩せた方がいいよなぁ、と考えたところでふと、ある女性が目に留まる。 ミーティア姫によく似てる……。 真っ白い膝丈のワンピースに、艶やかな黒髪。前髪を上げてヘアバンドで止めれば、記憶にあるミーティア姫によく似た姿になるだろう。そう思うとなんとなく彼女から目を離すことが出来なくなった。 姫殿下の方が色は白いけど、それはあの方は外出ないしな。やっぱり姫みたいに上品なのかな。あれで凄い男勝りだったら面白いなあぁ。ゼシカみたいに。 外見だけで人は判断できない。実際に話してみて、印象を覆されることのなんと多いことか。斯く言うエイトも「お前、喋らなければ可愛いのに」とよく(ククールから)言われるほうであった。 空、見てる……時間を気にしてる、のかな。誰かと待ち合わせ、とか。 彼女は広場にある木の下に立ったまま、誰かを待っているように見える。空を見上げてはきょろきょろと辺りを見回していた。 彼氏かな。天気いいし、デート日和って感じ? これで彼氏がすっごい不細工だったら笑えるなぁ。 そこまで考えてふと、思い出したくもないこの国の某王子の顔が頭をよぎりかけ、エイトは慌てて頭を振った。あれを見ているとどうも苛々してくる。そんな対象をわざわざ思い出すことも、視界に入れることも、気にする必要もないわけで、エイトはそういったものは極力無視するよう、心がけていた。 お、なんか野郎が近づいてきたぞ……顔は……悪くねぇが、軽そうだな、頭の中が。 その男もエイトにだけは言われたくないだろうことを考えながら、飴をがじ、と齧った。甘い香りをいっぱいに吸い込んで、観察を続ける。するとすぐに、何やら様子がおかしいことに気が付いた。 ……ククールなら、もっと巧くナンパするぞ。 がじ、ともう一度飴に齧り付いて、エイトは思う。不本意ながら彼のナンパ術はこの目でしかと確認している。二人で買出しに出かけたはずなのに、途中でククールがうまいこと女性を誘ってしまったため、結局一人で帰るはめになったことは数え切れない。彼はまず笑みを浮かべて女性を黙らせる。その隙に二枚あるのだろう舌をフル回転させ、言葉巧みに誘うのだ。以前彼は胸を張って言っていた、「OKを貰うまで決して女性には触れない。警戒心を抱かせるし、馴れ馴れしい男は嫌われる。彼女が頷いてからさりげなく背中を押すようにリード。」分かった? と尋ねられたが、正直分かったところでこの先役に立つことはない。しかし彼の言葉を信じるのなら、ワンピースの女性の肩へ手を置くあの男は始めから間違えているということだ。 男の手は肩から女性の腕へと移っている。 おいおいおいおい、嫌がってんじゃんよ、彼女。周り、誰か気づけよ! 助けてやれよ! 明らかに物騒な雰囲気になり始めた二人へ、エイトは軽く慌てて周囲を見回す。しかし、やはりああいった男に関わりたいと思うやつはいないのか、皆心配そうな視線を向けるものの間に割ってはいる人間はいない。 この旅に出て、というより、仲間が増えるにつれエイトは言われ続けてきたことがある。それはもう口がすっぱくなるほど何度も何度も、説教のたびに聞かされ、耳に出来たタコでタコ焼きでも作ってご馳走してやろうかと思うほど言い続けられた。 曰く、 「人に迷惑をかけるな、余計なことに首をつっこむな」 どうやら自分は人に迷惑をかけ、余計なことに首をつっこむ性格をしているらしい。生い立ちのせいでエイトには知らないこと、分からないことがたくさんある。それらを克服するために初めて見るものや面白そうなものには積極的に近づくよう努力しているのだが、それが仲間たちにとっては迷惑でしかないという。そんなことを言われても面白そうなものは面白そうだし、首をつっこみたいときだってあるのだ。 「つか、この場合は首をつっこんで然るべき」と、エイトは下げていたカバンの中から守りのルビーを取り出した。 「届け、愛のメッセージ」 呟いて、ぶん、とそれを放り投げる。格闘スキルは上げていないのであまり威力はないが、ルビーはスコン、と綺麗に男の後頭部へとヒットした。ククール辺りがその光景を見ていたら「当たり所が悪かったら死ぬだろ!」と怒り、ゼシカ辺りが見ていたら「何もったいないことしてるの!」と怒るだろう。 そう思い、エイトはさっと青ざめる。 やばい! なくしたら殺される! どうして投げる前にそれに気づけないのか。エイトは渦巻きキャンディを左手に、慌ててルビーを探すため、後頭部を抑えて蹲っている男と唖然と彼を見下ろしている女性の下へと駆け寄った。二人へ一切視線を向けずに地面を見回すエイトへ、「もしかして、これ?」と女性がルビーを差し出す。どうやら拾い上げてくれていたらしい。 しかしぱぁ、と表情を明るくしてそれを受け取ろうとエイトが手を伸ばした瞬間。 「てめぇ、何しやがんだっ!」 ようやく衝撃から復活したらしい男が立ち上がり、エイトの胸倉を掴んだ。筋肉があるとはいえ、エイトは同年代の男に比べ幾分小柄で軽い。そんなエイトを締め上げるように男が腕に力を込めたが、睨みつけてくる視線がエイトの顔を捉えると男は厭らしげににやり、と笑みを浮かべた。そしてエイトが咥えたままだったキャンディを取り上げ、投げ捨てる。 「へぇ、よく見りゃ可愛い顔、してんじゃねぇか。なあ、あんたが投げた石で怪我したんだけど、もちろん責任は取ってくれんだよなぁ?」 低くドスの利いた声ではあったが、実際エイトは半分も聞いていなかった。彼は今、無残にも投げ捨てられ、土まみれになってしまった渦巻きキャンディへ想いを馳せるのに忙しかったのだ。 まだ半分以上残ってたのに、と男を睨みつけようとしたところで、不意にエイトの顔が凍りつく。 「ちょっと色気の足りねぇカッコだが、大丈夫、俺は貧乳もいける口でな。良くしてやるぜ?」 顎に手を掛けられ、無理やり上を向かされる。肩に置かれた手に、なるほど、やはりククールの言葉は正しかったと納得した。出会って間もない男にこんなことをされ、不快に思わない女がいないはずがない。 しかし、エイトは内心の苛立ちを一切表に出さず、にっこりと笑みを浮かべた。 その笑顔で口さえ開かなければな、とククールがしみじみと呟いた笑みだ。効果は推して知るべし。 一瞬の隙をついて男の手を払いのけ、顔面へ左手をかける。男が怯んだ好きに拳を鳩尾へ叩き込み、「く」の字に曲がった男へさらに回し蹴り。吹き飛んで地面へ倒れた男の頭へ足を掛け、踏みにじりながらエイトは笑顔のまま言った。 「俺は、お、と、こ、だっ!」 一言ずつ区切るたびに男を踏みつけ、最後にもう一度蹴りを入れる。 「っていうか、俺の飴!」 彼の中での怒りポイントがずれつつあることに、悲しいかな彼自身は一切気づいていなかった。 素人に対し大人気ないほど実力を振るったエイトは、幾分すっきりとした顔で額の汗を拭うと(実際には汗など一切かいてないので拭った振り、である)、くるり、と振り返って木の下で呆然としていた女性の元へと寄った。 こういうときはまず「大丈夫ですか?」等、女性の安否を気遣う言葉を言うのが良いのだろうか。ふと悩んでしまい、口ごもったエイトへ彼女はふわり、と笑みを浮かべた。 笑うと一段と姫殿下に似ていらっしゃる。 思わずその笑みに赤面してしまったエイトへ、彼女はす、と手を差し出した。 「これ、探してたんでしょう?」 彼女が差し出したのは、先ほどエイトが受け取り損ねた守りのルビー。確かに、これをなくしてしまったらゼシカに叱られる。ようやく目的を思い出したエイトは慌ててそれを貰いうけ、「ありがとう」と礼を言った。すると彼女はやはり優しげな笑みを浮かべたまま、「いいえ」と首を振る。 「お礼を言うのは私の方。ありがとう、しつこくて困ってたの」 そう言った彼女は細く、しなやかな指をエイトの頬へ掛けた。 初対面の人間に触られて不快だと思うのはやはり性別が関係しているのだろうか、何故だか彼女に触れられても腹は立たない。性別と性格、かな、とエイトは自分の中で結論付けた。何だかんだいってもエイトだって健全な成年男子である。綺麗な女性に触れられ、気分が悪くなるはずがない。 しかし、この状況でどんな反応をして良いのか分からず、更に困ったように笑みを浮かべたエイトへ、女性は「ふふ、可愛い」と呟いた。 そして続けられた言葉に、彼は先ほど以上に表情を凍らせることになる。 「ね、お礼にお姉さんと遊ばない? あの男よりは楽しませてあげられるわよ?」 やはり人は見た目で判断してはいけないのだ。エイトは深く痛感した。いくら見た目が姫殿下に良く似ているからといって、彼女のようにおしとやかであるとは限らない。 「ええと、もしかしてお姉さん、逆ナン目当てでここに立ってた?」 エイトの言葉に女性はふふふ、と笑うと、「そういう女は嫌い?」と口にする。 「い、いや、別に、嫌い、ではないデス。おねーさん、綺麗だし、お誘いを受けてヒジョーに光栄ですケド……」 予想外の事態に言葉が片言になっている。ここでたじろがず、あっさりと流せたらかっこいいのだろうが、残念ながらエイトにはそういうスキルは搭載されていなかった。焦るエイトに彼女は更に笑みを深くして迫ってくる。 やばい、このままだと食われる……! さすがに女性(しかもミーティア姫似)に対し暴力を振るうわけにもいかず、エイトは多少の危機感を覚える。普段回転していないと散々罵られる脳を最高速で回し、何とか現状の打破を、と考えたところで、不意に聞き覚えのある声が響いた。 「うちの子に手、出さないでもらえるかしら!」 振り返ると、腰に手を当てて眉を吊り上げたゼシカの姿。 天の助け、とばかりにさりげなく女性から逃れると、エイトはゼシカの後ろへ姿を隠した。代わりに、とでもいうかのように、す、っとククールが前に進み出て彼女を誘い始める。 「エイトも! 嫌なら嫌って言いなさいよ! さっきの男を吹っ飛ばした勢いは何処へ行ったの!」 怒鳴られて反射的に「ごめんなさい」と謝るが、ふと疑問に思う。 「っていうか、ゼシカたち、いつから見てたの」 エイトの問いにゼシカは悪びれもせず「最初から」と答え、その向こうでは女性に手酷く振られたククールががっくりと落ち込んでいる姿が見えた。 どうやらあの女性、可愛らしい容姿の少年をひっかけるのが趣味だったらしい。 ブラウザバックでお戻りください。 2006.09.02
人に口説かれるエイトはどんな感じだろう、というコメントを以前頂いたので。 面白そうに眺めているククールの姿が書き込めず残念。 |