フルコース


 旅も終盤に差し掛かり、そろそろ戦いが終わった後の身の振り方を考えなければならなくなった頃。始まった当初に比べると武器の扱いも格段と上手くなり、薬草での回復で十分だった体力も、ベホマやベホマラーといった別の回復方法でないと全快できないほどになった。
 自然と使わなくなった薬草はゼシカがこつこつと錬金釜へぶち込んでいやし草や万能薬へと錬金していたが、それも既に十分な量がある。残った薬草が道具袋の奥底に眠っていたのだが、パーティのメンバは誰もそれについて触れようとしなかった。
 薬草一つ8G。びっくりサタンを一匹倒して、2G釣りがくる。
 つまりは、今更それを無駄遣いしようがしまいが、誰も気にしないということである。

「ってことで、いろいろ作ってみました」

 残念ながら日暮れまでに次の町に辿り着くことができず、今夜の彼らの寝場所は街道から少し外れた位置にあった大木の真下。空が赤く染まり始めた頃、早々に宿を求めることを諦めたエイトは明るいうちに、と野営の準備を始めることを提案した。無理をして進むよりは、と皆それに賛同し、それぞれの仕事に取り掛かる。
 ヤンガスとククールは周辺の安全確認と水汲み。ゼシカがトロデ王と共にミーティア姫の世話をしつつ、薪拾い。残ったエイトが夕飯の準備。

 いつ魔物が現れるか分からない野営はゆっくりと休むことができず、あまり歓迎できることではない。できるだけ町や村の宿を利用するようにしているため、こうしてメンバの誰かが料理をすることも実はそれほど多いことではなかった。斯く言うエイトも久しぶりにナイフを握る。
 何を作ろうか、と悩みながら荷台の食料を確認し、干し肉とジャガイモを引っ張り出した。午前中に道端で出会った野性の牛から快く(とエイトは思っている)分けてもらったミルクもあるので、シチューでも作ろうか、と考える。
 しかしかき集めた材料を並べ、緑色が足りないな、とエイトは眉を寄せた。日持ちのしない野菜類は荷台に常備できず、こういう野営のときはどうしても不足しがちとなる。
 まあ別に一日くらいいいんだけどさ、と思いながらも何かないか、とごそごそと漁っているときに、ふとエイトの目に留まった緑物。
 それが一つ8G、冒険の始めに大活躍した薬草だった。

「薬草サラダでしょ、薬草のソテー。薬草炒めに薬草天ぷら、薬草のおひたし!」

 どうだすげーだろ、と言わんばかりにエイトが胸を張って料理を並べる。確かに凄い、と仲間たちは心の中だけで呟いておいた。
 予定通り干し肉とジャガイモのシチューも作っており、メインはそちらだ。しかしそれに添えるように作られた薬草のフルコース。しかもどれも少量ずつで、けっして六人(馬の姿ではあるがミーティア姫は人の食事を食べることもできるのだ)で食べきれぬわけではない。
 作りすぎだ、と怒ることもできず、薬草を無駄遣いして、と怒ることもできない。後者の言葉を言ったところでエイトからは「どうせ使ってないじゃん」と返ってくることは必至だった。

「兄貴、なんで今日は薬草ばっかりなんでげすか?」

 どうせ尋ねたところで碌な答えは返ってこないだろう、とゼシカとククールが投げ出した質問を、ヤンガスが律儀に口にする。それが彼の良いところで、また悪いところでもあるだろう。
 そんな彼へエイトは良くぞ聞いてくれました、とにっこり笑みを浮かべた。

「いや、どういう調理法が一番回復量が多いかなって」
「それだけのことにこんなに手の込んだことするのね」

 一つの料理を大量に作るのとはわけが違う。それぞれ調理法が違うのだから、作る手間もそれに比例しているはず。それなのにエイトが料理にかけた時間はいつもより少し長いかな、程度だったのだから恐れ入る。
 どうしてこの能力をもっと別のところで発揮しないのか、とゼシカは常々不思議に思っていた。

「あの薬草がこんな美味そうになるなんて、さすが兄貴。でもエイトの兄貴、薬草って料理の仕方で回復する量が変わったりするでげすか?」

 湯気の立つシチューの器を受け取りながら、ヤンガスが素朴な疑問を発した。彼の言葉にゼシカが「それもそうね」と首を傾げる。

「普通は直接食べたり、噛むだけよね」
「酷いときは怪我の部分に当ててたりしてたでげすよね」

 生で食べられないわけではないが、はっきり言ってそれほど美味いわけでもない。連続で薬草を食えと言われたら、「できればホイミかけてください」と言いたくなるくらいである。
 ヤンガスと同じように器を受け取りながら、今まで黙っていたククールが初めて口を開いた。


「ただそれだけで怪我が治ったりしてるんだから、この薬草ってのは普通医者が使う薬と違って、どっちかっていうと魔法に近い方法で回復させてるんだと思うぞ。だからたぶん、どんな調理法でも回復量は変わらない」


 頂きます、と行儀良く両手を合わせて、スプーンを手に取ったククールは己の発言がどんな効果をもたらしたのか気づいていない。掬い上げたシチューへ息を吹きかけ冷まし、一口目を食べたところでようやく周囲が静かなのに気が付いた。
 顔を上げると、にっこりと笑みを浮かべたエイトが見える。


「…………何故ヤリを構える」
「だってどれだけ回復するのか調べるには、体力削っておかないと駄目だろ?」


 笑顔のまま繰り出されたさみだれ突きを、ククールはシチューの器を抱えたまま器用に避けた。

「折角いろいろ作ったのにっ!」

 結論を先に出すなよ! と怒鳴るエイトのヤリを避けながら「少し考えれば分かるだろ」とククールが答える。

「分からないから作ったんだろ! 俺の馬鹿さ具合を馬鹿にすんな!」
「意味わかんねーし、それ! ってか、だったらてめーの体で実験すればいいだろうが」
「痛いからヤダ」
「それをオレにやろうってか、お前は!」

 低次元なやり取りと際どい攻防を繰り広げる二人。

「どうしてあれだけ動いてククールはシチューを零さないでいられるのかしら」
「体の動きの割りに右手が全然動いてないからでげしょう。お、ゼシカの姉ちゃん、これ、美味いでがすよ」
「これ? ……あら、ほんと!」

 ヤンガスとゼシカは、そんな二人を遠目に薬草のフルコースへ舌鼓を打っていた。




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2006.11.08
















小ネタ。
実際どんな風に薬草を使ってるんだろうなぁ。