冬の風物詩


「モツ鍋、水炊き、ちゃんこ、寄せ鍋」

 肌を撫でる風が冬を感じさせる、ある晴れた日。何やら呪文のような小さな呟きと共に街道を移動する、変わった旅人たちの姿が見受けられた。
 まず目に付くのはかなり良い血筋を持っているだろうと思わせる、優美な白馬。その御者席に座る小さな緑色の魔物。彼を守るように付き従うのは背が低く、恰幅は良いが人相の悪い男。その隣を大きな胸を揺らしながらつり目の少女が歩く。そして白馬が引く荷台の後ろには派手な騎士団服を見事に着こなす、銀髪の青年。

「キムチ鍋、すきやき、石狩鍋、しゃぶしゃぶ」

 しかし、鍋料理を列挙するその呟きは彼らの口から発せられているものではない。音源はからからと小気味良い音を立てて道を行く馬車の荷台の中である。

「おら、いい加減にしろ」

 既に呆れを通り越し、諦めの色を滲ませた銀髪の男、ククールが腰に佩いていたサーベルの鞘で荷台の中を突く。

「かに鍋、牡蠣鍋、チゲ鍋……」
「うるせぇ」

 止まらない呪文にカチンときたククールが、思わず荷台を蹴りつける。すると前方で小さく白馬、ミーティア姫の鳴く声がし、「ちょっとククール!」とこちらを咎める少女の声。

「蹴るならエイトだけにして頂戴」

 尤もなゼシカの言葉に、ククールは素直に「悪ぃ、そうする」と答えておいた。

「おい、エイト。お前仮にもパーティリーダだろうが。役割くらい果たせ」

 そう言いながら再び荷台の中を鞘で突いた。
 その鞘の先にいるのがこの風変わりなメンバをまとめるリーダ、エイトである。しかし、何も知らぬ人間へ今の姿を見せたところで決して彼がリーダであるとは思わないだろう。言ったところで信じてもらえないだろう。
 何せ彼は今、広いとはいえない荷台の中で膝を抱えて拗ねている真っ最中なのである。
 ククールの言葉に、エイトはようやく「魔物出たら戦ってるだろ」と鍋料理以外の言葉を口にした。

「戦闘さえすりゃ良いってもんじゃねぇだろうが」

 しかもその戦闘の仕方がジゴスパーク連発という、なんとも大雑把極まりない。
 こちらに向けられた小さな背中をぐりぐりと鞘で突きながら言うが、エイトはククールの方を見ようともせずに「だって」と呟く。

「冬の楽しみの九割を奪われたんだ。これが拗ねないでいられるか」

 どうやらいつものポーズではなく、本気で拗ねているらしい。膝を抱える腕に力を込めて、エイトは更に小さくなる。
 そんな大げさな、とククールは大きく溜息をついた。

 そもそもの発端は昨日に遡る。どこでどんな思考が働いたのかは分からないが、食事の係りであったエイトが嬉々として用意したものが、よく味の染みこんだおでんであった。最近風が冷たくなってきているので、体を温めることの出来る食事は正直ありがたい。エイトも気が利くではないか、と喜んだのもつかの間。
 次にメンバたちの目に飛び込んできたのは、火にかけられた錬金釜。
 その中で美味しそうに煮詰められていくおでんの具。
 それらを認識するのとゼシカの拳が飛んだのはほぼ同時。

 貴重なアイテムを作り出すことのできる錬金釜をまさかおでん鍋に使うとは、苦労してそれを修理したトロデ王も想像していなかっただろう。
 作ってしまったものは仕方がない、とおでんは皆で美味しく食べた後、エイトは地面の上に正座させられて延々とゼシカから説教を受けていた。曰く、錬金釜はお料理に使うものじゃないの、他のお料理用の鍋にしなさい、と。
 至極まともで、普通ならばわざわざ言って聞かせるまでもないことなのだが、如何せん相手はエイトである。十を説明するのに百を語っても理解してもらえたかどうか不安が残る。

「そんなに鍋が食いたけりゃ他の鍋で作ればいいだろ」

 何で錬金釜にこだわるんだよ、という言葉に、顔を上げたエイトが荷台から飛び降りてきた。とんとん、とヤリの先で地面を叩いて、「馬鹿かお前は」と口を開く。

「錬金釜だぞ、錬金釜! どう考えてもあの中には入らない大きさの鎧とか、平気で入っちゃう釜だぜ? しかも質量保存とか等価交換とか一切無視!」
「等価交換ってのは別の漫画だし、そもそもその辺りは口にしちゃいけないことだと思うぞ」

 小さなククールのツッコミを無視して、エイトは続ける。

「そんな釜が手元にあるんだ、使ってみたいって思うのが普通だろう!」
「使ってるだろ、思う存分。お前のお気に入りのふしぎなタンバリン、この間作ったばっかりじゃねぇか」

 彼の言葉に「そうじゃなくて!」とエイトは地団太を踏んだ。

「あんな凄い釜でおでんとか寄せ鍋とかしたら、特おでんとか寄せ鍋(改)とか、錬金されるかもしれないじゃん!」

 どうしてみんなはそれを食べてみたいと思わないんだ? とエイトは心底不思議そうな顔をする。そんな彼へククールはもう返す言葉もない。とりあえず、錬金釜を荷台から御者席のトロデ王の隣へ避難させておいて良かった、と胸を撫で下ろすだけだ。王の側ならエイトも下手に手出しはできないだろう。しばらくは彼の手の届かぬところに錬金釜を置いておくしかないな、と思いながら、ようやくククールが口を開く。

「っていうかさ、お前、あの釜に使い古した鎧とか盾とか突っ込んでんだぜ? それで料理するって、どうよ」
「ちゃんと洗ったもん」
 バスクリンで。

 続けられた言葉に思わず最大威力のバギクロスを放ったククールを、責める人間は誰もいないだろう。

「決めた。今後一切お前には錬金釜に触れさせない。断固阻止する。オレの存在全てを賭けて絶対に阻止してやる」

 眉をひそめたエイトを無視してククールは更に続ける。

「ヤンガスは無理だろうけど、ゼシカは協力してくれるだろうな。オレとゼシカを敵に回す勇気があるなら、どうぞご自由に」

 きっぱりと告げられたその台詞に何か返そうとエイトが口を開いたところで、馬車の前方から「エイト、ククールッ!」とゼシカの声が聞こえてきた。どうやら魔物が現れたらしい。
 ヤリを握る手に力を込めてエイトは唇を噛むと、「ククールの馬鹿ぁっ!!」と魔物の群れへと突っ込んでいった。




 どちらか片方だけでも厄介なのに、ゼシカとククールを敵に回すなど恐ろしくて想像もできない。
 しかし錬金釜での鍋をそう簡単に諦めることもできない。
 モツ鍋、水炊き、ちゃんこ、寄せ鍋、キムチ鍋、すきやき、石狩鍋、しゃぶしゃぶ。
 冬の風物詩ともいえる鍋料理たちがエイトを待っている。




「……だからって、どうしてこういうことになるかな」

 呆れたように口を開くのはやはり銀髪の騎士、ククール。隣に立つ少女、ゼシカは既に開いた口が塞がらないらしい。「すげぇでがすよ、兄貴!」とはしゃいでいるヤンガスの側には、えへん、と胸を張るリーダ、エイトの姿。

「どうよ、きっちり寸法測って、まったく同じものを作ってみました! 錬金釜1/1スケールモデル。名付けて『錬金鍋』!」

 馬車の荷台には良く似た装飾の釜が二つ。片方が今まで使ってきた、トロデーンの国宝錬金釜。もう片方がエイトが作ったという錬金釜のダミー、錬金鍋。

「ほぅ、随分と器用じゃの。良くできておるわ」

 ぺしぺしと鍋を叩きながらトロデ王が感心したように言う。確かに王の言葉通り、その鍋は錬金釜に瓜二つで、一瞥しただけでは簡単に区別できそうにないほどだった。

「いや、苦労したよ。宝石とか本物使うわけには行かないから、似たようなの探してさ」

 聞くも涙語るも涙の苦労話を聞き流しながら、「そういえば最近夜、大人しかったよな」「どうしてこういう熱意をもっと別の方向へむけないのかしら」とククールとゼシカが囁きあう。

「錬金鍋の裏には『良い子のエイトくん印』彫ってあるから、間違えないように!」

 そう言って片方の釜をひっくり返すと、確かにそこには数字の「8」が掘り込んであるのが見て取れた。

「早速これで今日は鍋パーティーだ!」
「兄貴、アッシ、キムチ鍋がいいでがす。辛いやつ!」
「それは良いのぅ。鍋に合う酒も用意せんとな」

 うきうきと『良い子のエイトくん印』が彫ってある錬金鍋を手に、食事の支度へと取り掛かったエイトの背を見やったあと、取り残されたククールとゼシカは顔を見合わせて溜息をつく。

「あんな複雑なものを寸分違わず再現できるあたり、もしかしてエイトって物凄く頭がいいのかもしれないわね」
「でも、結局できるものは普通の鍋で作ったものと同じだよなぁ……」

 ククールの呟きに、ゼシカは静かに頷きを返した。




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2006.11.08
















無駄なことに心血を注ぐ。