恋人の条件 昨日の夜から降り始めた雨は朝になっても止む様子を見せず、暗黒神ラプソーンを討伐するための一行は小さな村の宿屋で足止めを食うこととなった。宿屋と教会、最小限の商店しかない村に酒場やカジノといった娯楽施設があるはずもなく、徐々に強まる雨脚に外へ出る気さえも奪われる。 エイトは朝から武器の手入れをしたり道具袋の整理をしたりと、懸命に暇つぶしを見つけていたがそろそろネタもつきそうで、かといって同室のゼシカに遊んでもらおうにも彼女は今爪の手入れの真っ最中。以前そのときに話しかけて物凄い目つきで睨まれた。それ以来、女性の身だしなみを整える作業の間は声をかけないようにしている。 暇で仕方ないエイトとは違い、ゼシカのほうは何やらいろいろとしたいことがあるようだ。爪をいじる前は「この間立ち寄った宿屋の女将さんにちょっと教えてもらったのよ」と刺繍をしていた。山奥の村とはいえ彼女は由緒正しい家柄のお嬢さまだ。教養やマナーはある程度教え込まれていたようだが、旅を始めた当初は針仕事や料理といった家事はほとんどできなかった。ゼシカの家にはメイドがいたから、それらは彼女たちの仕事だったのだろう。 しかし今では簡単な料理ならできるし、針も使える。掃除洗濯も見よう見まねで覚えたらしく、もういつでも嫁にいけるくらいだ。 いい女だもんなぁ。それなりの男じゃないと、絶対許さねぇし。 部屋に備え付けてあった本棚から適当に選んだ本を膝に置き、エイトはぼんやりとゼシカを見ながらそう思った。そういえばこの間ククールも「オレよりいい男じゃないと許さない」と言っていた気がする。 ゼシカ、相手見つけるの大変そう。 そんなことを考えながら同情を含んだ視線を向けていると、それに気づいたのか、ゼシカがこちらを向いて首を傾げた。 「どうかしたの?」 ふわり、と浮かべられた笑みを、素直に可愛いな、と思った。普段の態度からどうしても彼女はキツイ顔立ちだと思われがちだが、笑えばこんなにも幼く可愛らしい。いつもこんな風に笑っていればいいのに、と思う反面、こういう笑顔は知る人間だけが知っていればいいとも思う。 「いや、ゼシカの恋人になる奴は大変そうだな、って思ってた」 爪の手入れがあらかた終わったのか、ふぅと両手に息を吹きかけてゼシカは体をエイトの方へ向けた。「どういう意味?」と眉を上げたので、誤解を与える言い方だったな、とエイトは慌てて言葉を付け加える。 「だってさ、俺とククールとヤンガスに気に入られないと駄目なんだぜ?」 かなりきついだろこの条件は、と続けられた言葉に、ゼシカは目を丸くして驚いた後小さく吹き出した。 「どうして私の相手をあんたたちが見定めるのよ」とくすくす笑う。 「どうしてって、ヘンなのがゼシカと一緒にいるの、ヤダもん、俺」 軽く頬を膨らませて告げられた言葉は真っ直ぐで、ゼシカはますます笑いが止まらなくなる。聞く人間が聞けばまるで告白をしているようだが、エイトに限ってそれはない。ゼシカも彼をそのような対象として考えたことはない。言うなればそれはもう、家族のような愛情。 笑みを浮かべたまま立ち上がると、ゼシカはエイトが座るベッドへと移動した。磨かれた爪が柔らかく光る小さな手を伸ばして彼が持つ本を取り上げる。そしてそのまま伸ばされていた足の上へと横になった。 ふふ、と笑って見上げると、「寝心地悪くない?」とエイトが覗き込んでくる。それに「大丈夫」と答えて、ゼシカは口を開いた。 「あのね、私ね、今までずっと恋人にするならサーベルト兄さんみたいな人がいいなって思ってたの」 彼女の、兄に対する愛情は本物で、どれだけ深いものかエイトはよく知っている。兄自身に恋愛感情を抱いていたわけではないだろうが、やはり彼女にとってとても大きな存在だったのだろう。 うん、とエイトが頷くと、ゼシカは「でも今はそれだけじゃ駄目」と言葉を続けた。 「今は恋人にするなら、サーベルト兄さんみたいに勇敢で、ヤンガスみたいに心が広くて、ククールみたいに優しくて、エイトみたいに真っ直ぐな人がいいわ」 腿の上に寝転がる彼女へシーツをかけていた手を止め、エイトは少しだけ呆れたような顔をする。 「それって、かなり条件厳しくね?」 俺が真っ直ぐかどうかは置いとくけど、とエイトは言う。 「厳しいわね、とても。もしかしたらそんな人、見つからないかもしれないわ」 「……ずっとゼシカが一人っていうのもヤダな」 真剣な顔をしてそんな言葉を呟いたエイトへ、ゼシカは「あんたたちの所為よ」と笑った。 「あんたたちに出会わなかったら、そこそこの人で満足できたかもしれないのに」 責任取ってよね、と続けられた言葉に、エイトはにっこりと笑って彼女の額へキスを落とした。 「喜んで」 ブラウザバックでお戻りください。 2006.11.10
恋人ではないです。 エイトにとってゼシカは姉であり妹。 ゼシカにとってもエイトは弟であり兄。 |