チョコレートと炭酸と 雑貨屋のカウンタには売れ残ったのか、仕入れをミスったのか、時々「ご自由にお取りください」というポップとともになにやら小物が置かれていることがある。大抵それは子供用の小さな玩具だったり、飴やチョコレートといったお菓子なのだが、たまたま立ち寄ったその町の雑貨屋で目にしたものはそういったものとは趣きを異にしたものだった。 取り立てて好き、というわけではなかったが、昔関係の合った中にこれが好きだった女がいた。彼女の豊満なバストと柔らかな抱き心地を思いだしながら、ククールはそれを一つ、ポケットの中へ忍ばせる。 それっきりすっかり忘れていたそれを思い出したのは、宿へ戻り、汗を流そうと浴室へ向かったときだ。ズボンを脱ごうとしたところで不意にポケットに違和感を覚え、手をつっこんで思い出す。丁度良いから、とククールはそれを使うことにした。 「あれ? お前風呂行ったんじゃねえの?」 上半身裸のまま脱衣所から姿を現したククールへ、エイトが首を傾げて尋ねる。確か彼は「先にシャワー使うぞ」とそう言って風呂場へ向かったはずだったのだが。 壁へ背を預ける形でベッドに足を伸ばすエイトへククールは「気が変わった」と口を開く。 「シャワーで済ませるつもりだったんだけどさ。雑貨屋で貰ったもの、思い出して」 何を、と目だけで問いかけてくるエイトへ、「まあもうちょっと待って」と笑みを返す。 しばらくした後、風呂場を覗いていたククールが「エイト」と彼を呼んだ。 ぴょんとベッドから飛び降りて風呂場へ向かったエイトが目にしたものは、真っ白い泡が大量に浮かんだ泡風呂。 「バブルバス用の入浴剤。見かけたら懐かしくなっちゃってさ」 ククールがそう言うが、エイトの耳には届いていない。彼は目をキラキラと輝かせてその泡風呂を見つめるのに大忙しだった。おそらくバブルバスを見るのが初めてなのだろう。初めて見るものに興味を示すのは子供の特徴だ。 蛇口を閉めてお湯を止めたククールの背中へ、「俺も! 俺も入りたい!」といいう予想通りの言葉が飛んできた。 「んー、良いけど、先は譲らねぇよ?」 ククールだって久しぶりなのだ、ゆっくりと泡風呂を満喫したい。そう言うとエイトはしょぼんとした顔で「泡、消える?」と尋ねてきた。全てが消える、というわけではないが、それでも今よりは少なくなってしまうだろう。そう答えると、エイトは更に残念そうな顔をした。 いくら自分より年下とはいえ、彼だって既にきちんとした大人だ。おそらく、たぶん。そうでなければ一国の近衛兵など任されるはずがない。どれだけ普段が子供っぽかろうと、一人の大人なのだ。 それでもこんな顔をされると非常に弱い。どんなわがままでも聞いてしまいたくなる。 はあ、と溜息をついて、エイトを一瞥。真っ白い泡の浮かんだバスタブを一瞥。 もう一度溜息をついて、「一緒に入る?」と提案してみた。まさかそれに彼が「アヒル、取ってくる!」と飛びついてくるとは思いもせずに。冗談でした、など今更言えるはずもない。 向かい合うように、あまり広いとはいえない浴槽のそれぞれの淵へ背を預ける。さすがに足を完全に伸ばすことは出来ないため、白い泡の間から二人の膝がひょっこりとのぞいていた。足の長さに差があるので、はみ出ている面積は明らかにククールの方が広い。 「ホントに泡だ! 面白れぇ!!」 わはは、と笑いながらエイトは上機嫌で泡を掬っている。そんなエイトへ苦笑を浮かべながら、ククールは浴槽の側へ用意していたグラスを手に取った。もともとゆっくりと泡風呂を楽しむことが目的だったので、湯は温めに設定してある。 何やら物欲しげな視線を寄越してきたエイトへ、「零すなよ」ともう一つ用意していたグラスを手渡した。 「俺、こんな風呂、初めて入った」 ちびちびと飲みながら、エイトは感心したようにそう声を漏らす。それにククールは「だろうな。オレは昔はよく入ってたけど」と答えた。 「女と?」 エイトの問いににやりと笑って答えると、彼は「だと思った」と呟く。 もともとククールはこういったところに娯楽性を見出さない人間だ。外からはどのように見えるか分からないが、彼は基本的に手が掛かることを厭う。几帳面だからエイトよりも入浴にかける時間は長いが、それでも汗と汚れを落とせればそれでいいと考える方であろう。そんな彼が自分からこういうものに手を出してみるなど、あまり考えられなかった。今回が例外だろう。 程よく冷えた炭酸を口に含みながらそう考えていると、「な、エイト」と名を呼ぶ声。面を上げると、目の前の男はグラスを持ったまま笑みを浮かべ、自分の前のスペースを指差した。 「ここ、来いよ。この体勢だとお互い足が伸ばせなくて辛いだろ?」 つまり、ククールに抱きかかえられるような体勢になれ、と彼はそう言っているのである。 「俺様、男の子です」 「知ってる、いいじゃん、お前小さいし」 自分を女と勘違いしているのではないかと思えるような言葉に、思わず睨みつけてそう言うも悪びれもない言葉が返ってくる。 確かにこの体勢が少々辛いのは事実。泡風呂が思ったよりも気持ちよく、もうしばらく堪能していたいと思っているのも事実。 だからといって素直に彼の腕の中におさまるのもなんだか癪に触るし、そもそも恥ずかしい。 悩みながらちらり、と正面を伺うと、グラスへつけた口元をふ、と緩ませて彼は言った。 「それにエイト抱きしめてるの、オレ、好きなんだよ」 他意も裏もなさそうな笑顔とその言葉に、エイトは心の中で両手を挙げた。気分的には完璧な敗北者だ。 手に持ったグラスの中身を零さないように体勢を入れ替えて、ククールの胸へ背を預ける。するり、と湯の中で彼の手が腰に回され抱きつかれた。 「たまにはこういう時間もいいだろ?」 言いながら、飲み物と一緒に用意していたチョコレートの欠片をエイトの口元へと寄せる。エイトは彼の言葉には答えず、無言のままぱくり、とそれに食らい付いた。 ブラウザバックでお戻りください。 2006.09.01
あまい。 |