Trick or treat?


 夕闇の迫る時間帯、通りに面する家々の軒先に下げられたランプに灯がともる。オレンジ色の炎に彩られた道を、何やら妙な格好をした子供達がわらわらと駆けていた。

「祭りか何かでもあるのか?」

 たった今雑貨屋で買ってもらったばかりの棒付き飴を咥えながら、エイトが首を傾げる。それに「ああ、今日はハロウィンだから」と隣に立つククールが答えた。

「ハロウィン?」

 ほら、とククールは防具屋の店先を指差した。そこにはカボチャを顔の形にくりぬいたランプが飾ってある。

「ああいうのを飾るんだよ。秋の収穫を祝って悪霊を払う祭りだったかな」

 見かけによらず博識な彼はすらすらとそう説明をした。

「あとは子供がお化けの格好をして近所を回る。『Trick or treat!』ってな」

 あれは魔女の格好だろうか。黒いとんがりぼうしにマントを靡かせた女の子が、恐らく彼女の兄だろう、包帯を顔にぐるぐると巻きつけた男の子に手を引かれ二人の前を通り過ぎていく。狼のマスクを被った子供や、こめかみに大きな螺子の頭を貼り付けて、顔に傷跡を書き込んでいる子もいる。
 コンコン、と扉をノックし、現れた家人へ「Trick or treat!」と元気な声を張り上げる。もちろん訪ねて来られた方も分かっているので「まぁ怖い、悪戯はよして頂戴ね」と笑いながらクッキーやマドレーヌ、キャンディを渡していた。「Trick or treat」は「お菓子をくれないと悪戯するぞ」という意味の言葉らしい。「脅迫じゃん」とエイトが呟くと、「まあ確かに」とククールは苦笑を浮かべた。

「うわ、いいなぁ。あれ俺にもくれないかな」

 指を咥えてお菓子を見つめるエイトへククールは呆れたように「止めとけ」と言う。

「確かにお前は童顔だが、あの中には入れないだろ」

 ちっとも怖そうに見えないお化けの仮装をして家々を回っているのは、大きくても十二、三くらいの子供ばかりなのだ。普段子ども扱いされることの多いエイトではあるが、さすがに彼らに混じる気にはならない。
 ちぇっ、と本当に悔しそうに唇を尖らせたエイトへ、「とりあえずそれで我慢しとけ」と棒の付いたキャンディを指差しておいた。

 たとえ自分達に直接関係のないことだとしても、お祭りの雰囲気は人を浮き足立たせる。何となく先ほどよりも軽い足取りで宿屋へ戻っている途中、先ほど見かけた小さな魔女が視界に入った。手をつないでいたはずの兄は近くにはいない。
 魔女はエイトとククールの姿を目にとめると、笑顔で走り寄ってきた。

「Trick or treat!」

 まさか自分達へその言葉が向けられるとは思っておらず、エイトが驚いている間に、どこぞより現れたミイラ男姿の兄が「こらっ!」と妹をしかりつける。

「旅の人に言っちゃ駄目だって言っただろ! これは村の中の人だけなの!」

 コツン、と頭を殴られて、小さな魔女は大きな目に涙を浮かべた。
 まずい、泣きそうだ。
 彼女の表情の変化に、エイトは慌てて持ってた紙袋の中を探る。

「あー、怒らない、泣かない! ほら、お菓子だろ? これでいい?」

 食後のおやつにでもしよう、と買っておいた飴玉を取り出して、魔女の小さな手へ握らせる。

「しっかり者のにーちゃんにもな」

 顔にまいた包帯が取れかかっているミイラ男へも同じように飴玉を手渡した。その隣で、「じゃあオレも」とククールはクッキーを取り出している。

「ほら、口開けて」

 もともとは人にあげるためではなく、保存用にしようと思って買ったものなので袋や包み紙などない。仕方ないのでその場で食べてもらうことにする。魔女とミイラ男の兄妹の口へクッキーを放り込んでククールは満足そうに笑った。

「ありがと、旅のにーちゃんたち!」
「ばいばい!」

 にっこりと笑ってそう走り去っていく二人へ「おう、頑張ってお菓子いっぱい貰えよー」とエイトは手を振った。

「でもいいよな、子供ってさ」

 ガリッと食べかけていた飴を齧りながらエイトはしみじみと言う。

「子供ってだけでいっぱいお菓子もらえてさ」
「お前も貰えてるだろう」
 主にオレから。

 そう言うククールへエイトは確かに、と笑った。そして「じゃあ、何かくれる?」と視線を向けてくる。

「Trick or treat!」

 お菓子くれないと悪戯しちゃうぞ。

 にしし、と笑みを浮かべてそう言うエイトへ、ククールは小さく肩を竦めて顔を近づけた。
 軽く触れる程度に重ねられた唇に、エイトは首を傾げて問いかける。

「今のはお菓子? それとも悪戯?」

 語尾に重なるようにもう一度、今度は深く口付けてから、ククールは「エイトはどっちだと思う?」と笑みを浮かべた。




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2007.10.26
















悪戯をするのはエイトであってククールではないだろう、と。
エイトが仮装して大暴れする姿はすぐに想像できたので、
あえて別の方向へ走らせてみた。